一度決定した罹災証明は有効だよ!!
令和元年7月24日判決言渡
平成30年(行コ)第301号 不当利得返還請求控訴事件(原審・東京地方裁判
所平成27年(行ウ)第98号,同第99号,同第117号)
主 文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第 1 審,第2審を通じて被控訴人の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
10 主文同旨
第2 事案の概要
1 控訴人らは,平成23年3月に発生した東北地方太平洋沖地震(いわゆる東日本大震災)の発生当時,仙台市内の本件マンションに居住していたが,同地震による本件マンションの被害の程度を大規模半壊とするり災証明書に基づき,被控訴人から,被災者生活再建支援法(支援法)の規定による本件各支援金の支給を受けたところ,後に,本件マンションの被害の程度を一部損壊とするり災証明書が発行されたため,被控訴人は,本件各支援金の支給の根拠である本件各原決定を取り消す旨の本件各処分をした。本件は,以上の事実関係のもと,被控訴人が,控訴人らに対して,控訴人らは法律上の原因なく本件各支援金の支給を受けたことになるなどと主張して,不当利得に基づき,本件各支援金に係る利得金(控訴人B及び控訴人Cにつき各150万円,控訴人Eにつき100万円)の返還及びこれらに対する履行の請求の後の日である平成25年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求する事案である。
2 原審は,控訴人らの世帯は大規模半壊世帯に該当するとは認められないところ,本件各処分で本件各原決定を取り消すことに違法はないから,控訴人らは法律上の原因なく本件各支援金相当額の利得を受け,被控訴人には同額の損害が生じたもので,不当利得に当たると判断して,被控訴人の控訴人らに対する各請求をいずれも全部認容した。これに対して,控訴人らが本件控訴を提起した。
3 関係法令等の定め,前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張の要旨は,次のとおり原判決を補正し,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1 関係法令等の定め」,「2 前提事実(争いがない事実及び掲記の証拠により容易に認められる事実)」,「3 争点」及び「4 争点に関する当事者の主張の要旨」に記載のとおりであるから,これらを引用する。
(原判決の補正等)
(1) 前提事実について
ア 原判決3頁21行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「 α区長の発行したり災証明書には,「被害の程度が変更になった場合は,それより前に発行された証明書は,その効力を失います。」との注意書があるものがあったが,控訴人らに交付された本件第2回り災証明書にはいずれもその旨の注意書はなかった。(甲1,甲A1,甲D1,乙1,4,76)」
イ 原判決4頁3行目の「α区は,」の次に「職権により,」を加える。
(2) 争点に関する当事者の主張の要旨について
ア 原判決5頁21行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「 第1次調査票及び第2次調査票では,一切の計測・計算は不要とされ,専門的知識を有さない素人でも判定できるように抜本的に簡素化・抽象化されているものであって,運用指針の内容とは質的に大きく異なるから,両者を同一のものとして判断することはできないし,両者間では結論自体が矛盾する可能性が極めて大きい。支援法2条2号ニにいう大規模半壊世帯との要件は,支援金による生活再建支援の必要性の程度を判断するための指標として規定されているのであって,要件該当性の判断は,損害賠償や損失補償の手続とは大きく性質が異なる。」
イ 原判決6頁8行目末尾に,次のとおり加える。
「支給要件に該当しない場合にはそれを是正するのが原則であって,その原則と異なる処理が必要な場合には,そのことが法律上明記されるのが当然であるところ,支援法にはこのような原則と異なる取扱いをする旨の規定はないから,原則どおり取消しが許される。」 ウ 原判決7頁5行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。「 加えて,支援金の原資となる基金は各都道府県からの拠出金及び国の
補助金によって賄われているところ,支援金が法律の要件を満たさない者に交付され,その返還を求めることができないとなった場合には,支援金制度の必要性・妥当性についての疑問が生じ,各都道府県の議会で支援金のための支出が円滑に承認されることが難しくなる。これは支援金制度を持続すること自体を危うくするものである。」
エ 原判決7頁9行目から22行目までを次のとおり改める。
「(イ) 他方,支給要件を欠くにもかかわらず被災者が受給した支援金は,本来は得られるはずのないものであるから,控訴人らにおいてこれを保持する利益が大きいとはいえない。控訴人らが,本件各支援金の支給を契機として什器備品の購入や住戸の修理費用等の支出をしていたとしても,不要な支出をしたとは考えられず,生活の支障の除去や財産価値の上昇等の経済的利益を享受している。控訴人らについて無用な支出を強いられた形跡はうかがわれないだけでなく,支援金の返還によって当該支出によって享受した経済的利益を超えるような実害が生じる事情もうかがわれないのであるから,本件各原決定を取り消すことによる控訴人らの不利益は大きくない。また,り災証明書には,被害の程度が変更となった場合はそれより前に発行された証明書の効力が失われる旨記載されていたほか,住民説明会を通じて,遅くとも平成24年3月10日までには,本件各原決定が取り消される可能性のあることが明らかになっていた。控訴人らは,それにもかかわらず,本件各原決定によって支援金が支給された直後にこれを費消している。さらに,本件各処分に先立っては,仙台市,α区及び被控訴人の職員により,本件マンションの住民に対し支援金の支給決定の取消しに関する説明会が開催されるとともに,被控訴人は,控訴人らに対し,支援金の分割返還を希望する際には具体的な返還方法について相談に応じる旨を記載した文書も送付した。このように,本件第2回り災証明書に被災の程度の認定が変更される可能性についての注意書があった上に,本件支援金が支給されてから間もなく説明会が開かれているのであるから,本件各処分が支援金制度の実効性を失わせ,支援法に基づく支援金制度そのものに対する信頼を失わせるなどということはあり得ない。」
オ 原判決8頁13行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「 業務規程11条は,被控訴人が支援金給付決定を取り消すことができる場合について,不正受給であった場合等に限定する趣旨であり,職権による支給決定の取消しを禁止している。このように解するのでなければ,なぜわざわざ業務規程が取り消すことができる事由として被災者に帰責性がある場合を規定したのかが理解できない。」
カ 原判決9頁13行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「 さらには,支援金の支給により被災者の生活再建を支援するという支援法の趣旨からすると,行政機関には,支給要件の認定について,簡易迅25 速な調査により決定する義務が課されているもので,被災者からの要請がないにもかかわらず,詳細な調査方法により支援金の支給要件を認定することは,簡易迅速な調査により支給決定を受ける被災者の権利を害するものとして違法というべきである。したがって,本件マンションの住民からの要請がないにもかかわらず行われた本件第3回調査によって判定を一部損壊に変更することは,違法である。」
キ 原判決10頁18行目末尾に,改行の上,次のとおり加え,同19行目の冒頭の「(ウ)」を「(オ)」と改める。
「(ウ) 本件各原決定において,支援金の支給を受けた控訴人らには帰責性はなく,本件各原決定の原因となった本件第2回調査は,調査手法の公平・公正さに欠けるところはなく,内容についても調査当時において適正性の観点から問題にされる点はなかった以上,その調査の結果に基づく被害の判定の程度が建築の専門家による再調査の結果と異なるために事後的に修正されたというだけでは,適正な支給の実施に対する社会一般の信頼が損なわれるおそれや,他の被災者の理解を得ながら適正な支援を行うことができなくなるおそれが生ずると認めるには足らない。被害の実情や実感との齟齬等に起因する不満や不公平感といったものは,現行法制下では当然に生じ得るものとして,これを見越した上で,厳密性や確実性よりも簡易性や迅速性を優先し,制度として簡易迅速に調査し,支援金を支給することとしているものである。
(エ) 出訴期間の経過による不可争的効果の発生を理由として処分による重大な不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には,その瑕疵が必ずしも明白なものでなくても,当該処分は当然無効であると解するのが相当である。控訴人らに対し,支給した支援金の返還義務を課すことは,支援法の趣旨及び目的に反し,支援行政の安定とその円滑な運営にさえ反するもので,控訴人らに本件各処分による重大な不利益を甘受させることは著しく不当である。
また,仮に明白性を要すると解したとしても,本件各処分の違法は明白である。したがって,本件各処分は当然に無効である。」
第3 当裁判所の判断
当裁判所は,原審とは異なり,被控訴人の控訴人らに対する請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は次のとおりである。
5 1 認定事実
次のとおり改めるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1 認定事実」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決11頁2行目冒頭の「(1) 」の次に「支援法,」と加え,同3行目末尾に,改行の上,次のとおり加え,同4行目冒頭の「ア」を「イ」と,10 12頁12行目冒頭の「イ」を「ウ」と改める。
「ア 支援法について
支援法は,平成7年1月の兵庫県南部地震(いわゆる阪神・淡路大震災)に際しての被災者への公的支援が不十分であったとの批判を背景に,いわゆる議員立法によって,平成10年法律第66号として制定された。制定当初の支援法は,自然災害による被災者であって経済的理由等によって自立して生活を再建することが困難なものの自立した生活の開始を支援することを目的としており(平成19年法律第113号による改正前の支援法1条),支援金の支給については,被災世帯に属する者の収入や年齢等により支給額の上限が定められていた(収入要件,年齢要件等)ほか,支援金の使途を一定の経費に限定した上で実際に支出した経費(実費)額を精算支給する実費積み上げ支給方式が採用されていた(平成19年政令第361号による改正前の被災者生活再建支援法施行令)。
支援法は,その後,複数回改正され,同じくいわゆる議員立法により制定された平成19年法律第114号による改正によって,その目的規定が改められ,自然災害による被災者の生活再建を支援し,もって住民の生活の安定と被災地の速やかな復興に資することが目的とされるに至り(1条),支援法による制度は,従前の経済的理由等によって自立して生活を再建するこ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・途中略
判定の事務が遂行されているのは支援法の趣旨にも沿うものであるところ,この意味を没却することにもなる。また,支給を受けた支援金を既に費消した控訴人らにとっては,支援金の支給がなければ負うことがなかった負債を負うことになりかねず,この点において,かえってその生活再建を阻害する 要因となるおそれもあるものである。これらの点を総合すると,本件各処分は,支援法の趣旨及び目的に反し,支援法に基づく被災者に対する支援行政の安定とその円滑な運営の要請に関しても,かえってこれを阻害するおそれがあり,支援金制度自体の趣旨をゆるがせにするものであって,支援金の支給の根幹に関わる重大な瑕疵を有するものというべきである。
そうすると,本件各処分には,出訴期間の経過による不可争的効果の発生を理由として,控訴人らに同処分による重大な不利益を甘受させることが,著しく不当と認められるような例外的な事情があり,当然無効というべきである。
4 まとめ
以上によれば,本件各処分は違法であり,その取消しを待たずに当然無効であるから,本件各原決定は依然としてその効力を有しており,控訴人らは法律上の原因なく利益を受けたものではないから,被控訴人の控訴人らに対する請求は,いずれも理由がないことに帰する。
第4 結論
そうすると,控訴人の被控訴人に対する請求はいずれも理由がないから,いずれも棄却するべきところ,これらをいずれも認容した原判決は失当であり,本件控訴は理由があるから,原判決を取り消した上で,被控訴人の被控訴人らに対する請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第22民事部
COURTS IN JAPANより、引用
私見:粋なはからいの判決だと思う。一度救済措置を出しておいてその後判断が変わったからといって一度飲み込んだものを吐き出せとは酷いと感じる。判決理由中にもあるように行政に求められるものはは迅速な対応、迅速な救済である。