マンションに暴力団はいらない!

マンションの判例,管理組合関連

主 文
1 原告は,被告が有する別紙物件目録記載の区分所有権及び敷地利用権について競売を申し立てることができる。
2 被告は,原告に対し,42万円及びこれに対する平成23年6月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 主位的請求
主文1項と同旨
2 予備的請求
被告による別紙物件目録記載の建物専有部分の使用を本判決確定の日から5年間禁止する。
3 主文2,3項と同旨
第2 事案の概要
本件は,別紙物件目録の「(一棟の建物の表示)」欄記載の建物(以下「本件マンション」という。)の管理組合法人である原告が,本件マンションの区分所有者である被告がその専有部分を,自己を組長とする暴力団の組事務所として使用するという建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしたものであるところ,このような行為による区分所有者の共同生活上の障害は著しいとして,①主位的に,建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)59条に基づき,被告の区分所有権及び敷地利用権(以下「区分所有権等」という。)の競売を請求し,②予備的に,区分所有法58条に基づき,本判決確定の日から5年間被告による専有部分の使用の禁止を請求し,併せて,③f管理組合法人規約(以下「本件規約」という。)に基づき弁護士費用42万円及び遅延損害金の支払を求めている事案である。

1 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,主に括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。
(1) 当事者
ア 原告
原告は,本件マンションの区分所有者(区分所有者数103名)全員で構成するマンション管理組合法人である(本件規約6条1項。甲1,2,6,弁論の全趣旨)。
イ 被告
被告は,別紙物件目録記載のとおりの区分所有権等を有する本件マンションの区分所有者である(甲1)。被告は,いわゆる暴力団である七代目合田一家A組(以下「A組」という。)の組長であるところ,A組は,暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴力団対策法」という。)3条に基づく指定暴力団七代目合田一家の傘下組織である(甲8の1及び2,弁論の全趣旨)。
(2) 福岡県暴力団排除条例
ア 制定経緯
福岡県は,暴力団が県民の生活や社会経済活動に介入し,暴力及びこれを背景とした資金獲得活動によって県民等に多大な脅威を与えている同県の現状に鑑み,同県からの暴力団の排除(以下「暴力団の排除」という。)
に関し,基本理念を定め,並びに県及び県民等の役割を明らかにするとともに,暴力団の排除に関する基本的施策,青少年の健全な育成を図るための措置,暴力団員等に対する利益の供与の禁止等を定めることにより,暴
力団の排除を推進し,もって県民の安全で平穏な生活を確保し,及び同県における社会経済活動の健全な発展に寄与することを目的として,「福岡県暴力団排除条例」(以下「暴力団排除条例」という。)を制定し,同条
3例は平成22年4月1日から施行された(甲4)。
イ 基本理念(3条)
暴力団の排除は,県民等が,暴力団が社会に悪影響を与える存在であることを認識した上で,暴力団の利用,暴力団への協力及び暴力団との交際をしないことを基本として,県,市町村及び県民等が相互に連携し,及び
協力して推進されなければならない。
ウ 暴力団事務所の開設及び運営の禁止及び罰則暴力団排除条例には,青少年の健全な育成を図るための措置として,以下の規定がある。
(ア) 暴力団事務所の開設及び運営の禁止(13条)
a 暴力団事務所は,次に掲げる施設の敷地の周囲200メートルの区域内においては,これを開設し,又は運営してはならない(1項)。
(a) 学校教育法(昭和22年法律第26号)1条に規定する学校(大学を除く。)又は同法124条に規定する専修学校(高等課程を置くものに限る。)(1号)
(b) 2号~4号省略
(c) 社会教育法(昭和24年法律第207号)20条に規定する公民館(5号)
(d) 6~9号省略
b 暴力団排除条例13条1項の規定は,この条例の施行の際現に運営されている暴力団事務所及びこの条例の施行後に開設された暴力団事務所であってその開設後に同項各号に掲げるいずれかの施設が設置されたことにより同項に規定する区域内において運営されることとなったものについては,適用しない。ただし,ある暴力団のものとして運営されていたこれらの暴力団事務所が,他の暴力団のものとして開設され,又は運営された場合は,この限りでない。(2項)

(イ) 罰則(25条)
a 次の各号のいずれかに該当する者は,1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する(1項)。
(a) 暴力団排除条例13条の規定に違反して暴力団事務所を開設し,又は運営した者(1号)
(b) 2号及び3号省略
b 2項省略
(3) 本件規約
原告の成立の日である平成19年5月7日に発効(本件規約附則1条)した本件規約には,専有部分等の用途に関する以下の規定がある(甲2,乙2)。
ア 専有部分等の用途(12条)
(ア) 区分所有者及び占有者はその専有部分を専ら住戸として使用するものとし,他の用途に供してはならない(1項)。
(イ) 区分所有者は,自ら暴力団(「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」2条2号(3号の誤記と思われる。)に定める指定暴力団及び4号に定める指定暴力団連合をいう。以下同じとする。)の構成員
になり,又はその専有部分を暴力団事務所に使用してはならない(2項)。
(ウ) 区分所有者は,その専有部分に暴力団の構成員若しくは親交者を居住させ,又は反復して出入りさせてはならない(3項)。
(エ) 専有部分に暴力団の構成員若しくは親交者が居住し,又は反復して出入りするときは,他の区分所有者は,総会の決議に基づき,当該専有部分の区分所有者又は占有者に対し,その専有部分の全面使用禁止若しくは区分所有権の競売請求又は占有者に対する引渡し請求を行うことができる(4項)。
(オ) 5項省略
(カ) 12条4項の法的手続に要する費用(弁護士費用を含む)は,当該専有部分の区分所有者又は占有者が負担しなければならない(6項)。
イ 理事長(39条)
(ア) 1項省略
(イ) 理事長は,区分所有法49条4項に定める管理組合法人を代表する理事として,その旨登記するものとする(2項)。
(ウ) 3項~5項省略
ウ 理事長の勧告及び指示等(68条)
(ア) 1項及び2項省略
(イ) 区分所有者若しくはその同居人又は専有部分の貸与を受けた者若しくはその同居人(以下「区分所有者等」という。)がこの規約若しくは使用細則等に違反したときは,理事長は理事会の議決を経て,管理組合法人を代表して次の措置を講ずることができる(3項)。
a 行為の差止め,排除又は原状回復のための必要な措置の請求に関し,訴訟その他法的措置を追行すること(1号)。
b 2号省略
(ウ) 3項の訴えを提起する場合,理事長は,請求の相手方に対し,違約金としての弁護士費用及び差止め等の諸費用を請求することができる(4項)。
(エ) 5項及び6項省略
(4) 本件に至る経緯等
ア 被告は,平成22年2月25日,別紙物件目録記載のとおりの区分所有権等を取得し(甲1),同年3月頃,被告が区分所有権等を有する本件マンションのg号室(以下「本件専有部分」という。)の各種ライフライン
契約を締結した上,同年5月頃,本件専有部分をA組の新組事務所とする旨の移転通知を他の暴力団組織宛に発し,後記(5)ア記載の仮処分命令の執行に至るまで,本件専有部分をA組の組事務所として使用していた(甲8の1及び2,弁論の全趣旨)。
イ A組の構成員は,平成23年1月12日,脅迫罪の容疑で逮捕され,翌日,本件専有部分は家宅捜索を受けた(甲8の1及び2,弁論の全趣旨)。
ウ 原告は,平成23年3月10日,第27期理事会を開催して本件規約12条,区分所有法58条,同法59条に基づき,被告に対し,本件専有部分について仮処分命令の申立て,使用禁止の請求及び競売の請求をする訴えを提起する方針を決定し(甲11及び2,弁論の全趣旨),同年4月13日付けで,被告に対する本件専有部分の使用禁止及び競売を請求する訴えを提起することなどを議案として記載した集会(通常総会)の招集通知を発した上(甲22,弁論の全趣旨),同月24日,第27回通常総会を開催し,これらの訴え等を提起することを区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数で議決した(甲6)。
エ 原告は,上記ウの総会開催日に先立つ平成23年4月15日,被告に対し,「催告書」と題する書面を送付し,弁明する機会を与えた(甲7の1及び2)が,被告は,弁明せずに同総会を欠席した(甲6,弁論の全趣旨)。
(5) 本件訴えの提起等
ア 原告は,平成23年4月26日,福岡地方裁判所に対し,本件専有部分について被告を債務者とする仮処分命令の申立てをし,同裁判所は,同年5月9日,本件専有部分をA組の事務所等として使用することを禁ずる仮
処分命令(甲18,弁論の全趣旨。以下「本件仮処分命令」という。)をした。
イ 原告は,平成23年5月25日,当裁判所に対し,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 区分所有法6条1項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しいといえるか(争点1)
(原告の主張)
ア 本件マンションの敷地から暴力団排除条例13条1項1号該当施設である小学校の敷地までの直線距離は197メートルであり,本件専有部分の中心部から同項5号該当施設である公民館の建物までの直線距離は198
メートルである。本件マンションには,約20名の青少年が現に居住している。
したがって,被告が本件専有部分において暴力団事務所を開設することは,暴力団排除条例(同種の暴力団排除条例は平成23年10月1日,47都道府県で施行されるに至った。)に定める犯罪を構成し,本件マンションの他の区分所有者らの平穏な共同生活に対する著しい侵害である。
イ 暴力団の構成員である被告が本件専有部分を区分所有すること自体が本件規約12条2項に違反する。被告は,隠密裏に本件専有部分内を暴力団事務所用に改造し,今日まで本件専有部分の区分所有を継続している。そ
して,被告は,暴力団であるA組の組長の立場を辞する考えを全く有していない。
ウ 平成23年4月,福岡県では,暴力団排除条例が施行されて1年が経過し,この間,福岡県警察は暴力団の資金源の封じ込めに力を入れてきた。
しかし,住民の生命を脅かす拳銃や爆発物等を使用した襲撃事件は後を絶たない状況にある。また,近時,福岡県や佐賀県では,指定暴力団の道仁会と九州誠道会をめぐる抗争が続いており,平成23年4月8日,暴力団
対策法15条に基づき,道仁会及び九州誠道会の拠点12事務所の使用を制限する命令が出された。上記抗争事件の一つとして,平成23年4月24日夜には,本件マンションの約200メートル西方にある他のマンショ
ン敷地内で暴力団組員に対する殺人事件が発生した。
エ A組の構成員は,平成23年1月12日,脅迫罪容疑で逮捕され,また,本件専有部分においては,同年2月中旬以降,同年4月下旬の本件仮処分命令の申立てに至るまで,多くの暴力団員風の人物の出入りが認められて
いる。
オ 以上からすれば,本件において,被告が本件専有部分を暴力団事務所として使用すること自体によって,本件マンションの住民らに,その生命・身体に危害が及ぶことがあるかもしれないとの耐え難い不安を持ちつつ生
活することを余儀なくさせ,本件マンションの住民らが平穏に生活することを害する状態が生じており,また,本件マンションの新入居希望者がなく,区分所有権の資産価値が著しく減じるはずであるから,区分所有法6
条1項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しい状態が生じているというべきである。
(被告の主張)
原告の請求は,区分所有法6条1項に規定されている本件マンションの使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為といわれても仕方がないといえる具体的な事実の摘示もない一方的なものであり,明らかに不当である。
(2) 区分所有権等の競売請求以外の方法によっては区分所有者の共同生活上の障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるといえるか(争点2)
(原告の主張)
本件専有部分の相当期間の使用禁止が実現したとしても,被告が暴力団であるA組の組長であり,本件専有部分の区分所有者が被告である限りは,本件専有部分が再び暴力団事務所として使用される可能性は高いと予想され,このままでは区分所有者の平穏な共同生活の維持を図ることは困難である。
被告は,本件仮処分命令後,本件専有部分を取得価格の680万円を大きく超える価格で他へ売却するとして,本件専有部分の区分所有を続けている。
しかし,本件専有部分は,本件規約に違反して暴力団事務所として改造されており,今後居住用建物への再改造が必要になることから,現状のまま高価で他に売却することはできず,本件専有部分について競売の許可を得て,競売手続によって本件専有部分の区分所有者を変えるほかない。
(被告の主張)
否認ないし争う。
(3) 区分所有法57条1項に規定する請求によっては区分所有者の共同生活上の障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるといえるか(争点3)
(原告の主張)
本件において,仮に,区分所有権等の競売請求以外の方法によっては区分所有者の共同生活上の障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるとはいえないとしても,区分所有法57条1項に基づいて単に本件専有部分を暴力団事務所として使用するための出入りの停止を求めるだけでは区分所有者の平穏な共同生活の維持を図ることが困難な状況にあるから,区分所有法58条に基づく被告による本件専有部分の使用の禁止が認められるべきであり,使用禁止の期間は5年間が相当というべきである。
(被告の主張)
否認ないし争う。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
前記前提事実,証拠(括弧内に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件マンションの周辺環境等
本件マンションは,約100世帯前後が生活する居住専用マンションである(本件規約12条1項。甲1,2,6)ところ,その敷地周辺約200メートルの範囲内には,小学校,公民館,商業施設,住宅などが存在しており本件マンションの住民には,相当数の青少年が含まれている(甲3,19の1及び2,23,乙1,弁論の全趣旨)。
(2) 福岡県等における暴力団の関係する刑事事件等
福岡県や佐賀県では,指定暴力団道仁会と指定暴力団九州誠道会(以下「誠道会」という。)との間で抗争が続き,暴力団事務所や暴力団構成員を狙った発砲事件や爆発物事件が多発しているところ,その中には,一般市民が巻き込まれた殺人事件等もあり,平成23年4月24日夜には,本件マンションの近隣のマンション敷地内において,同マンションに居住する誠道会系の暴力団組員に対する殺人事件が発生した(甲12~15,弁論の全趣旨)。
(3) A組の構成,本件専有部分の使用状況等
ア 被告を組長とするA組は,暴力団対策法3条に基づく指定暴力団七代目合田一家の傘下組織であるところ,七代目合田一家は,平成22年末現在,山口県下関市に主たる事務所を設置し,約160名の構成員を有している。
福岡県警察は,A組の構成員による抗争事件については把握していないが,同構成員は,平成21年9月19日,傷害事件で,同23年1月12日,脅迫事件で検挙されており,本件専有部分は,上記脅迫事件を被疑事実とする捜索等の対象となった。(甲8の1及び2,弁論の全趣旨)

イ 被告は,平成22年5月頃から,本件専有部分を正式に暴力団事務所として使用し始め,その頃前後から,A組の構成員又はその周辺者を本件専有部分に出入りさせるようになった(甲9の1及び2,弁論の全趣旨)。
ウ 被告は,本件仮処分命令が執行されてから,本件口頭弁論終結の日である平成23年12月15日に至るまでは,本件仮処分命令に従い,本件専有部分を暴力団事務所として使用していなかった(弁論の全趣旨)。
(4) 本件マンションの住民らの状況等
原告は,平成23年10月25日から同年11月11日までの間,本件マンションの多数の住民らを対象として,被告が本件専有部分を暴力団事務所として使用していたことに関するアンケートを実施したところ,そのアンケート回答書には,本件マンションの通路やエレベーター等の共用部分において,被告の関係者と出くわして恐怖を感じた経験,自分や家族等が被告の関係者と出くわすのではないか,何かトラブルに巻き込まれるのではないか,暴力団の抗争に巻き込まれ生命等に危害が及ぶのではないかと日常的に不安を感じている上,本件マンション内で安心して子供を遊ばせることができないなど日常生活に具体的な支障が生じている状況,区分所有権等の資産価値が低下するのではないかという懸念等が記載されている(甲23,弁論の全趣旨)。
2 争点に対する判断
(1) 争点1(区分所有法6条1項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しいといえるか)について
ア 区分所有法6条1項に規定する行為のうち,「その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為」(以下「共同利益背反行為」という。)とは,「建物の保存」に侵害を及ぼさないような場合でも,
区分所有者の生活上の利益を含む建物の管理・使用全般にわたる共同の利益に反する行為をいうところ,本件において,被告の共同利益背反行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しいといえるかについて,以下検
討する。
イ 前記認定事実(1)及び弁論の全趣旨によれば,本件マンションは,住宅地の一角に所在する居住専用マンションであり,青少年を含む約100世帯前後の住民が日常生活を送っているところ,前記認定事実(3)ア,イ及び弁論の全趣旨によれば,被告は,隣県に本拠地を有する相当規模の指定暴力団である七代目合田一家の傘下組織であり,現に暴力団として活動しているA組の組長であって,本件専有部分を,本件規約に反し暴力団事務所として使用し,A組の構成員又はその周辺者を本件専有部分に出入りさせていた上,本件専有部分は,A組の構成員が嫌疑をかけられた刑事事件
に関して捜索等の対象となっている。また,前記認定事実(1)によれば,被告が本件専有部分を暴力団事務所として使用することは,暴力団排除条例に規定する犯罪行為に該当するとはいえないとしても,これに準ずる行
為であるといえる。
さらに,前記認定事実(2)によれば,福岡県及び同県近郊においては,暴力団同士の抗争事件と見られる暴力団事務所や暴力団構成員を狙った発砲事件や爆発物事件が多発し,その中には暴力団とは無関係の一般市民が巻
き込まれた事件もある上,本件マンションの近隣のマンション敷地内においても,現実に暴力団構成員に対する殺人事件が発生しているのであって,前記前提事実(2),証拠(甲12)及び弁論の全趣旨によれば,福岡県にお
いては,暴力団が県民の生活や社会経済活動に介入し,暴力及びこれを背景とした資金獲得活動によって県民等に多大な脅威を与えているとの認識の下,暴力団排除条例が制定され,一定の要件の下,暴力団事務所の設置
に対して罰則が定められるなどの施策が定められ,暴力団排除のための諸活動が実施されつつある状況にあると認められることも併せ考慮すると,本件において,被告が本件専有部分を暴力団事務所として使用することに
よって,本件マンション内又はその敷地内で暴力団同士の抗争事件が発生するなどの事態が生じ,本件マンションの住民らの生命・身体に危害が及ぶ現実的な可能性があるものというべきである。
そして,前記認定事実(4)によれば,被告が本件専有部分を暴力団事務所として使用することによって,本件マンションの多数の住民らは,生命・身体・財産に対する侵害の危険に対する不安・恐怖を感じながら日常生活
を送ることを強いられている状況にあったことが認められ,上記本件マンションの住民らの不安・恐怖は,単に抽象的で心理的な不安感にとどまる
ものとは到底いえず,本件マンションの住民らを萎縮させ,日常生活に具体的な支障を生じさせるに足りるものと認めるのが相当である。
ウ したがって,上記のような事情の認められる本件においては,被告,A組の構成員及び七代目合田一家の関係者(以下「被告ら」という。)と本件マンションの住民らとの間の具体的な紛争や,被告らが関与した,他の
暴力団等との抗争事件等が既に発生しているといった事情を認めるに足りる証拠はないことを考慮しても,被告が本件専有部分を暴力団事務所として使用することは,区分所有者の生活上の利益を含む建物の管理・使用全
般にわたる共同の利益に反する行為であり,これによる区分所有者の共同生活上の障害が著しい程度に至っているものと認められる。


(2) 争点2(区分所有権等の競売請求以外の方法によっては区分所有者の共同生活上の障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるといえるか)について
ア 原告は,本件においては,被告の共同利益背反行為による区分所有者の共同生活上の障害(以下,単に「共同生活上の障害」という。)が著しく,区分所有権等の競売請求以外の方法によってはその障害を除去して共用部
分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるから,区分所有法59条に基づく被告の区分所有権等の競売請求が認められるべきであると主張するので,以下検討する。
イ 区分所有法57条1項に規定する請求について
前記認定判断のとおり,本件においては,共同生活上の障害が著しく,このような共同生活上の障害が生じている理由は,被告が本件専有部分を暴力団事務所として使用していることにあるところ,区分所有法57条1項に基づき,被告が本件専有部分を暴力団事務所として使用することを停止等するために必要な措置を執るのみで,被告による使用自体は許した場合,被告は,A組組長であり,本件専有部分にA組の構成員又はその周辺者を自宅への訪問者と称して出入りさせることが可能となること,本件専有部分には暴力団事務所として使用するための各種備品が置かれていること(甲17)などに照らすと,被告が同条に基づく措置を潜脱して,本件専有部分を事実上暴力団事務所として使用する可能性があるといえる。
したがって,本件においては,区分所有法57条1項に規定する請求によっては共同生活上の障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であると認められる。
ウ 区分所有法58条に規定する請求について
前記認定事実(3)ウによれば,被告は,本件口頭弁論終結の日である平成23年12月15日に至るまで,本件仮処分命令を遵守して,本件専有部分を暴力団事務所として使用していなかったものと認められ,本件専有部
分の区分所有権等を暴力団関係者以外の第三者へ譲渡する意思を表明していること(顕著な事実)からすると,本件訴訟において,区分所有法58条に基づく被告による本件専有部分の使用の禁止の判決がなされた場合,
被告が同判決を遵守し,同判決で定められた期間内に本件専有部分の区分所有権等を第三者へ譲渡するなどして,本件専有部分が暴力団事務所として使用されなくなり,共同生活上の障害が消滅する可能性がないとはいえ
ない。
しかしながら,本件仮処分命令が執行された日から本件口頭弁論終結の日まで,約7か月が経過しているにもかかわらず,被告が本件専有部分の区分所有権等を暴力団と無関係の第三者へ譲渡するなどして,本件におけ
る共同生活上の障害を解消するために,何らかの具体的行動をしていることを裏付けるに足りる証拠はないこと,前記前提事実(3)のとおり,本件マンションにおいては本件規約上専有部分を住戸以外の用途で使用すること
が禁じられているところ,前記イで認定した本件専有部分の内部の状況等からすると,被告が任意に本件専有部分の区分所有権等を譲渡する意思を有しているかは疑問であり,また,被告がこれを有しているとしても,上
記譲渡には困難が伴うことが予想されることを踏まえると,被告が本件専有部分の使用の禁止の判決確定後も本件専有部分の区分所有権等を第三者へ譲渡せず,又は譲渡できず,同判決で定められた期間経過後に再び本件
専有部分を自ら使用する可能性は相当程度高度であるといえる。そして,前記イで認定判断したとおり,被告が本件専有部分を住戸として使用していると称していても,事実上暴力団事務所として使用する可能性があるこ
とも併せ考慮すると,本件においては,区分所有法58条に規定する請求に基づいて,一定期間に限り,被告による本件専有部分の使用を禁止することによっては,共同生活上の障害を除去して共用部分の利用の確保その
他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるといわざるを得ない。
エ したがって,本件においては,区分所有権等の競売請求以外の方法によっては共同生活上の障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であると認められる。
(3) 弁護士費用の請求について
原告は,被告に対し,本件仮処分命令の申立て及び本件訴訟等に要する弁護士費用として42万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年6月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めているが,前記前提事実(3)によれば,これは,本件規約12条6項類推適用に基づく請求であると解されるところ,証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,原告が本件仮処分命令の申立て及び本件訴訟等に要した弁護士費用は42万円であると認められるから,原告の上記請求は理由がある。
第4 結論
以上によれば,原告の請求は,いずれも理由があるから認容することとして,主文のとおり判決する。

平成24年2月9日

福岡地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官 田 中 哲郎
裁判官 増 田 純 平
裁判官 國 井 香 里

   COURTS IN JAPANより、引用

私見:現在、マンション標準管理規約第19条の2では、暴力団排除の規定が設けられており、また、使用目的や共同の利益違反等、あの手この手で暴力団排除の気運が高まっている。判決に至ったプロセスを見るとよくここに暴力団の事務所を開設したな、と怒られるかも知れないがある意味感心する。最初から結論は分かっていたでしょうと言いたくなる。市民を舐め過ぎた結果で当然の判決。