理事の名誉棄損!
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して100万円及びこれに対する平成29年5月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告と被告らとの間において,原告に生じた費用の2分の1と,被告らに生じた費用の2分の1を原告の負担とし,原告に生じたその余の費用と被告らに生じたその余の費用を被告らの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して200万円及びこれに対する平成29年5月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,マンションの管理組合の理事を務める原告が,同組合の組合員である被告らに対し,原告が同組合の理事会を乗っ取ったなどという虚偽の内容のビラを被告らがマンションの各戸のポストに投函したことにより名誉を毀損され,精神的苦痛を被ったと主張して,不法行為(民法709条及び719条)に基づく損害賠償として,慰謝料200万円及びこれに対する不法行為日より後である平成29年5月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実以外は,各項掲記の証拠又は弁論の全趣旨により認める。)
(1)当事者等
ア 原告は,東京都文京区(以下略)所在のマンション「A」(以下「本件マンション」という。)の管理組合「A管理組合」(以下「本件管理組合」という。)の理事を務めている。
イ 被告らは,本件管理組合の組合員であり,同組合の理事を務めたことがある。
ウ 本件マンションは,延床面積約16,000平方メートル,地上9階・地下2階建て,住宅81戸,事務所25戸,店舗26戸,倉庫9戸その他からなり,入居者及び上記組合員は総計100名以上である。
(2)被告らによる文書の配布
ア 被告らは,平成29年4月21日,被告Y1において「A管理組合理事長」を,被告Y2において「A管理組合副理事長」をそれぞれ名乗り,「東京法務局の通達により,即時理事長印の返還と現理事会の辞任を勧告する。」と題する文書(以下「本件文書」という。)を作成し,同日頃,本件マンションの合計100戸以上の各住戸に配布した。
イ 本件文書には,別紙記載①ないし⑫の記載がある(以下,各記載を「本件記載①」ないし「本件記載⑫」という。)。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1)本件記載①ないし⑫についての名誉毀損の成否
(原告の主張)
ア 本件記載①
本件管理組合の現理事らが適法な選任手続を経ていないにもかかわらず,理事を名乗り理事の職務を行っていること,その旨を東京法務局が通達により明らかにしたこととの事実を前提に,原告及びその他の現理事ら(以下「原告ら」という。)が単なる乗っ取りグループであるとの意見を表明ないし事実を摘示し,原告の社会的評価を低下させた。
イ 本件記載②
町会長を取り込み,総会の承認なしで修繕積立金より不正に支出し,店舗部会の看板取り外しの撮影代として支払ったとの事実を摘示し,原告の社会的評価を低下させた。
ウ 本件記載③
有能な理事を追い出し,議員をも脅し,理事長に濡れ衣を着せ,高齢者からは友人を引き渡し,住みなれた人を引っ越しさせ,数人の方々には名誉毀損を重ねてきたとの事実を摘示し,原告の社会的評価を低下させた。
エ 本件記載④
原告は,非組合員で役員の資格がないにもかかわらず,病身のB副理事長から無理やり全組合員の財産ともいえる印鑑を取り上げ,B夫婦が返還を求めても,一切応じないとの事実を摘示し,原告の社会的評価を低下させた。
オ 本件記載⑤
原告が,B理事から理事長印を無理矢理取り上げたこと,B理事からこれを返還するよう求められても応じなかったことを前提として論評し,原告の社会的評価を低下させた。
カ 本件記載⑥
原告が,B理事から理事長印を無理矢理取り上げたこと,B理事からこれを返還するよう求められても応じなかったことを前提として意見を表明し,原告の社会的評価を低下させた。
キ 本件記載⑦
原告を含む現理事会は裁判に勝ったことに有頂天になり,やりたい放題,組合員を欺き違法行為を繰り返し組合の財産を使い放題との事実を摘示し,原告の社会的評価を低下させた。
ク 本件記載⑧
現理事らが違法・不当に裁判上の和解を成立させたこと,臨時総会(平成26年3月20日)の委任状を隠蔽したこと,臨時総会(平成27年4月24日)で修繕積立金の支出につき違法な決議をしたこと,総会決議に反する支出行為をしたこと,個人所有物の看板を違法に撤去し,取り替えたこと,店舗部会が承認しない者を勝手に理事に選任したこと,組合員の承認のない管理費会計の支出をしたこと,理事会(平成27年11月13日)の議事録に欠席者が署名したこと,上記不当な署名のある議事録を組合員に配布したこと,管理会社が,組合会計に関してまともな管理会社としてあり得ない回答をしたこと,町会長が組合内の意見対立を知りながら,その一方に加担し,不当な金員受領をし,さらに,他方の商売を妨害したこと,店舗部会が掲げた看板を無断で撤去し,取り替えたため,本件マンションの品格が下がり,資産価値が下落したこと,組合員の了解なく監視カメラを設置し組合員らのプライバシーを侵害したこと,B氏(B理事とみられる。)から理事長印を取り上げたこととの事実を前提として意見を表明ないし論評し,原告の社会的評価を低下させた。
ケ 本件記載⑨
原告は「疾しい悪事」である理事長印の恐喝・横領を行ったこととの事実を前提として意見を表明ないし論評し,原告の社会的評価を低下させた。
コ 本件記載⑩
原告は,公にしてくれと言いながら,公にすると自らの行動を棚に上げて名誉毀損だと警察に駆け込み,真実を知った警察は,被害者が逆転していると相手にせず,冷笑をかったとの事実を摘示し,原告の社会的評価を低下させた。
サ 本件記載⑪
原告は,弁護士と密に連絡を取り合い裁判の主導権を握ったことから,自分は力があると錯覚し,何でも思い通りにできると思いこみ,暴走が始まった,気に入らなければ怒鳴り散らし,総会でも名指しで気に入らない理事を批判し,総会議案書を勝手に書き換えて配布し,仲間を扇動して理事会をボイコットし,手がつけられない行動をとったとの事実を摘示し,原告の社会的評価を低下させた。
シ 本件記載⑫
原告が高齢者を死に追いやったという事実を摘示し,原告の社会的評価を低下させた。
(被告らの主張)
ア 本件記載①
原告らは,被告らを本件管理組合から排除した後,建物の区分所有等に関する法律(以下「建物区分所有法」という。)や管理規約に違反してまでも同組合の支配を目指している。本件記載①は,原告の行動が乗っ取りグループの行動パターンと似ていることを区分所有者に伝え,本件管理組合運営の正常化を訴えたものであり,事実であり,違法性もない。
イ 本件記載②
町会長を仲間に入れ,店舗部会の同意なく,同部会所属の各人が負担すべき看板修理代等を,同部会の修繕積立金から違法に支出したことを摘示したもので,事実である。
ウ 本件記載③
有能な理事を追い出し,議員に対し,次回の区議会議員選挙で「足を引っ張る」と脅し,また,理事長から印鑑を強奪したにもかかわらず,濡れ衣を着せ,高齢の区分所有者からは友人を引き離し,永年住み慣れていた本件マンションから引っ越しせざるを得なくしてしまい,その後自殺してしまったことについて,一定の区分所有者の責任であると転嫁した原告らの行動を非難したもので,全て事実である。数人の方には名誉毀損を重ねてきたとの事実を摘示するものである。全て事実であり,執拗な多数派工作で,マンション内の友人関係を傷付けた事実を摘示したものである。
エ 本件記載④
原告は区分所有者でなく,理事である夫の代理にすぎないので,理事長や副理事長になる資格がなかった。しかし,原告が勝手に副理事長を名乗り,B副理事長から本件管理組合の印鑑を強引に取り上げ,B副理事長からの再三の返還要求に応じなかった事実そのものの摘示である。
オ 本件記載⑤
原告が,B理事から理事長印を無理矢理取り上げ,B理事からこれを返還するよう求められても応じなかったことから,被告らが相談していた弁護士の意見をそのまま摘示したものである。
カ 本件記載⑥
原告ら理事が,B理事から理事長印を無理矢理取り上げ,B理事からこれを返還するよう求められても応じないという違法行為を繰り返していることを区分所有者に周知し,本件管理組合の運営の正常化に向けて,区分所有者の理解と協力を求める目的である。
キ 本件記載⑦
被告らが,平成26年開催の総会で原告を理事に選任したことについて,原告は区分所有者の配偶者にすぎないので理事選任決議は無効であると提訴したが,地裁,高裁,いずれでも「Aでは過去にも認められる慣行があるので,理事選任は無効とは言えない」との理由で被告らが敗訴したことから,原告及び区分所有会社の役員でもない社員が副理事長を名乗ったり,理事長代理などと名乗り始めた上に,本件マンションの店舗部会の修繕積立金を同部会の同意もなしに理事会で勝手に違法流用したことを指摘したものである。
ク 本件記載⑧
現理事会が,数々の建物区分所有法及び管理規約に違反する行為を繰り返している事実を区分所有者に周知し,啓蒙を深める目的である。原告らの行為は,建物区分所有法の重要な規定に違反する明らかな違法行為で,それらを弾劾して,区分所有者の理解を得る目的であり,組合の一員としての正当な活動である。その結果,店舗用看板は以前のとおりに戻された。
ケ 本件記載⑨
原告と被告Y2との電話での「印鑑を利用して何をしたいと言うのか」とのありふれたやりとりに過ぎないことを公表しただけのことであり,勝手に曲解したり問題化することは,その背後に何か不法な隠し事があるのではないかとの誤解を生じさせるとの危惧を指摘するもので,日常許される表現の範囲内で,原告の名誉を毀損する危険は全く認められない。
コ 本件記載⑩
原告らが副理事長から印鑑を取り上げたことを被告らが非難したことに対して,原告らが区分所有者の多数に告訴すると広言していたが,実際は,警察に相談したところ,被害者がどちらか疑問であると言われたとの事実を指摘しただけで,事実である。
サ 本件記載⑪
原告が,被告らの提訴した総会決議無効確認の訴えに勝訴し,その後,理事会で自分勝手な行動が増加したとの事実を指摘したもので,事実である。
シ 本件記載⑫
管理組合総会のため,原告らから強引な多数派工作を受けた高齢の区分所有者が,被告Y2と原告との板挟みになり,そのことを苦にして高齢の区分所有者が自殺した。その高齢者は,自殺する前に,原告らと被告Y2に対して,原告らが行った多数派工作のために迷惑をかけられたので,被告Y2に迷惑をかけることになり自殺したいと訴えていたところ,その高齢者が自殺したことから,原告らが行った強引な多数派工作が自殺の要因の1つになった可能性があるとの被告らの疑問を述べたものである。また,このようなことが二度とあってはならないとの警告であり,その推測は合理性があり,許される妥当な意見表明である。
(2)真実性・真実相当性の抗弁の成否
(被告らの主張)
本件記載①ないし⑫は,いずれも管理組合の運営を正常化するために必要なことについて組合員の理解を得る目的で作成,交付したものであり,専ら公共の利害に関する目的で行われた。
ア 本件記載①
副理事長である被告Y2の辞任届が不受理になり,未だその地位にあることから,理事会に出席したところ,原告が率先して「出て行け,帰れ」と大声で騒ぎ立て,被告Y2を会場から排除し,店舗部会推薦の理事候補者である被告両名を排除した。そして,原告らは恣意的に次期理事候補を用意し,平成26年6月27日開催の総会で違法に選任し,以後,原告を中心とする後任理事が本件管理組合を運営することになった。しかし,被告両名を排除した理事選任手続は,従前からの慣例(理事を住宅,店舗,事務所の三部会の推薦者を選任するとの欠くことのできない創立以来の慣例で、原告らが理事会の多数派を占めた時以前も以後も,店舗部会などの部会の呼称は広く使用されていた。)の無視や,規約改正などの特別決議についての定員数の無視,建物区分所有法及び管理規約に違反するなどの原告らによる法律を無視した本件管理組合の運営手法は,企業のいわゆる乗っ取りグループの手法に酷似する。したがって,原告らの本件管理組合運営の不当性を一般区分所有者に訴え,同組合運営の正常化を目指したものであり,事実に基づくもので,違法でもない。「法の元締の通達により明らかとなった」との表現は,原告が本件管理組合の管理,運営を巡り,被告らと争う中で,原告らが被告らの行動について「人権侵害である。」と救済を求めて申し立てた上で,原告らがそのことを区分所有者に宣伝していたが,法務局から同申立が事実とは認め難いとして却下となった事実を述べたものであり,それらの事実経過から,本件表現に違法性はない。
イ 本件記載②
店舗部会の看板は,同部会の決議により設置が決定され,本件マンション開設直後から設置されてきたものであり,その設置及び維持に係る費用は各店舗がそれぞれ負担し,修繕維持されてきたものであることは,公知の事実である。ところが,原告らが本件管理組合の運営の多数派を占めることになった途端,事情を知らない上に,店舗部会に無関係な町会長を引き込み,店舗部会の各人が個人負担で設置した各店舗名が表示されていた従前の集合看板を店舗部会と協議もせずに一方的に取り外すとともに,意味不明の「プレド」と大きく書かれた看板に取り替えた。そのための工事費用は,工事を希望する各店舗部分所有者の個人負担で行うべきであることが当然であるのに,店舗部会の同意なく,店舗部会全員で積み立ててきた修繕積立金からの支出を全体集会で承認し支出した行為の不適切かつその違法性を区分所有者に知らせたものであり,いずれも事実である。
ウ 本件記載③
被告両名は,本件マンションの理事として建物区分所有法及び管理規約を遵守し,区分所有者全体のために誠心誠意尽くしてきたが,平成26年以降偶数年に改選期を迎える総会(平成28,30年)の度に,店舗部会推薦の理事候補である両名を勝手に推薦候補から外し,管理規約39条に違反し本件管理組合の運営から排除し,地元区の区議会議員で,本件マンションの運営について折々に好意的に協力してくれた区議会議員に対し,「本件マンションの原告らを中心とする理事会に協力してくれないのであれば,次回の選挙では協力は一切しない」などと露骨に圧力をかけた。高齢の区分所有者に対しては,管理組合総会での多数派工作を強力に働きかけ,区分所有者同士の間での交友関係にまで影響を与え,その結果,高齢の当該区分所有者は,原告らと被告らとの勢力争いについて事情を知らず,原告らの説得に応じて白紙委任したことについて悔み,渋々転居を余儀無くされたもので,全て事実であり,本件管理組合の運営の適正化を目指したものである。原告らは,本件管理組合の印鑑をB理事から強奪したことを否定し,同理事から印鑑を任意に預かったと虚構を言い募り,責任を回避しようとしたものであり,全ては事実であり,公益目的から出たものである。
エ 本件記載④
全て事実である。本件管理組合の代表者印を取り上げられたB理事は,原告らに対し,再三その返還を迫ったが,原告らはこれを無視し,返還しなかった。
オ 本件記載⑤
被告らは,本件マンションの管理運営を巡っての原告らとの争いについて相談していた弁護士に対し,原告らがB理事から本件管理組合の印鑑を奪い,返還しない行為について相談したところ,同弁護士から「原告らの行為は恐喝若しくは横領に該る」との回答を得たもので,弁護士の意見をそのまま伝えたものであり,同弁護士の見解には合理性もあるから,被告らの指摘は正当である。
カ 本件記載⑥
違法性がない。原告を中心とする理事らの行動は,建物区分所有法及び管理規約に明らかに違反するものが数え切れない程であり,そのような違法を繰り返す原告らを本件管理組合の運営から排除することが,本件マンションの区分所有者全員にとってベストである旨を区分所有者に訴えた正当な目的を目指す行動である。
キ 本件記載⑦
被告らを排除し,原告らを理事に選任した総会手続が違法で無効であるとの被告らが原告となって提起した訴訟は敗訴したが,原告らは,そもそも各店舗区分所有者が個人負担すべきであるのに,店舗部会の看板取替工事を同部会の同意なく行い,かつ,その費用を同部会の修繕積立金から支払っている違法性を区分所有者に告知し,その回復を目指すもので,正当な目的であり,許される範囲内の行動で,適法である。
ク 本件記載⑧
摘示されたことは全て事実であり,区分所有者に対し,そのことを周知し,放置することの危険を理解してもらうための啓蒙目的である。
ケ 本件記載⑨
対立する当事者間で相手を批判するために多く用いられる見解表現であり,原告の社会的評価を毀損する危険は全くなく,格別問題視する内容ではない。
コ 本件記載⑩
原告は,区分所有者に対し,被告らを警察に告訴すると広言していたが,警察で「どちらが被害者か解らない。」といわれ,相手にされなかったことが区分所有者の一部に漏れ伝わったことから,それらの事実を指摘するとともに,原告らの行動を抑制させる目的で述べたものである。
サ 本件記載⑪
総会決議無効確認訴訟の第一審で勝訴して以降,原告が摘示の如き事実を行ったことは公知の事実である。
シ 本件記載⑫
原告から総会での多数派工作を受けた高齢の区分所有者(被告Y2の母親の友人)が,その息子に原告支持を勧めたことについて,その高齢の区分所有者が,それから自殺までの間,原告と被告らの双方に対する気配りに苦慮,困惑し,悩み続けていたことを知人に度々打ち明けていたことが死亡後明らかとなり,その苦慮が自殺の一因となった可能性を暗示するとの被告らの合理的な推測内容を述べたものであり,違法ではない。
(原告の主張)
被告らは,原告との別件訴訟に敗訴した腹いせや,原告に対する日頃からの悪意を晴らそうとして,原告を公衆の前で誹謗中傷する目的で本件文書の配布に及んだものであるから,被告らの行為は何ら公益を図る目的がない。
ア 本件記載①
被告Y2は,理事を辞任したにもかかわらず理事会に出席して一方的な演説を続けたことから,辟易とした出席理事らが被告Y2の発言を制止し,被告Y2に帰宅を促した。原告を始めとするその後の理事の選任手続に何ら問題はなく,選任された理事らが本件管理組合を運営することとなったのは当然のことである。従前からの慣例の無視,特別決議の定足数の無視,法令・規約への違反などない。「乗っ取りグループ」という呼称がお門違いの汚名であることは明らかである。
イ 本件記載②
店舗看板の設置を望んだテナントが,事情を知らない町会長に働きかけたというが,これが仮に事実だったとしても,被告らは,原告に全く関係ない非難をしているにすぎない。また,本件管理組合の理事会は,規約と総会決議に則り適正な会計を行っており,不適切とか違法とかそしられるような支出行為はしていない。事実に反する不当な誹謗中傷である。
ウ 本件記載③
被告両名は,自ら理事ないし理事長の辞任を申し出て本件管理組合の理事から退いたものであるし,その後,理事に選任されなかったのは飽くまで組合総会の民意に基づくに過ぎない。原告が被告両名を理事から排除したなど,とんでもない虚偽主張である。区議会議員に露骨に圧力をかけたというのも,ある高齢区分所有者に強力な働きかけをし,同人に転居を余儀なくさせたなどという主張も完全な虚偽主張である。
エ 本件記載④
虚偽主張である。被告Y1は,平成25年10月18日,自ら理事長を辞任すると申し出て,組合代表者印をB新理事長に引き継いだ。被告Y1は,代表者印を取り返した上,同年11月26日の理事会で改めて同理事長に返還した。同日付の理事会で代表者印は原告の夫が預かることと決議され,当面これを同人が預かっていたというにすぎない。B理事長が再三その返還を迫ったなどいう事実もない。
オ 本件記載⑤
前提事実が完全な誤りである。被告らは,真実性のない虚偽事実を弁護士に伝え,弁護士からこれに対する論評を聞き出し,その論評をそのまま公表したことになる。これを原告の行状に対する正当な弁護士見解であるかのよう読者の誤解を不当に増幅させる,極めて悪質な態様の名誉毀損である。
カ 本件記載⑥
仮に本件意見の前提事実が被告らの主張するとおりだとしても,原告や原告を含む組合理事らには何ら法令・規約違反の言動はなく,前提事実は完全な虚偽である。
キ 本件記載⑦
被告らの主張は事実でない。修繕積立金の違法な流用はない。
ク 本件記載⑧
前提事実は全て虚偽である。
ケ 本件記載⑨
文脈からすれば,前提事実が本件管理組合の理事長印の恐喝・横領行為を指すことは明らかだが,これは虚偽である。真実でない事実を前提として「心に疾しさがある」「悪事は曝け出される」などと意見・論評することは不当な人身攻撃にほかならない。仮に真実を前提とするものであっても,許される表現の域を超えている。
コ 本件記載⑩
原告は,被告らの主張するような「広言」をした事実はない。被告らは原告が警察から「冷笑をかった。」と揶揄している。区分所有者の一部に何らか情報が漏れ伝わったことを摘示しているのではない。被告らは摘示内容の不当なすり替えをしている。
サ 本件記載⑪
摘示の事実はいずれも虚偽である。
シ 本件記載⑫
「自殺の一因となった可能性を暗示する」レベルの表現内容でないことは明らかである。被告らは,原告が「取り返しのつかない要因を作ってしまった。」とまで言い切っている。仮に高齢者が気配りに苦慮していたとしても,そのことと自殺の因果関係について,「一因」とか「可能性」とか論ずること自体,何らの根拠もなく,あまりに無責任である。なお,原告は「多数派工作」なるものをしたことはない。
(3)損害の有無及びその額
(原告の主張)
本件記載①ないし⑫により原告が被った精神的苦痛を慰謝するに足る金額は200万円を下らない。
(被告らの主張)
争う。
(4)消滅時効
(被告らの主張)
本件文書のうち,平成25年12月13日付け「役員の辞任勧告及び印鑑返却」と題する文書については,被害者が誰であったとしても,同文書を根拠とする損害賠償請求権は時効によって消滅した。
(原告の主張)
争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加え,各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)平成28年6月24日改正前の本件マンションの管理組合規約(以下「旧管理規約」という。)では,管理組合の組織・運営・業務並びに集会等については,管理組合規程(以下「管理組合規程」という。)によって定めるものとされ,管理組合規程では,管理組合の理事の選任について,集会の決議により選任し,その内訳として,住宅部分所有者から8名,事務所部分所有者3名,店舗部分所有者から5名の理事を選出することとされていた。本件マンションにおいては,管理規約上の存在ではないものの,店舗部分の所有者からなる店舗部会,事務所部分の区分所有者からなる事務所部会及び住居部分の区分所有者から住宅部会の3つの部会が存在し,事実上,上記3部会から理事候補の推薦が行われていたことがあった。
また,かつては,3部会ごとに副理事長候補1名ずつ,合計3名を推薦し,副理事長として3名が選任されていた。(甲6,7,乙1,8,19,20)
(2)旧管理組合規約上,本件マンションの修繕積立金については,店舗,事務所及び住宅等の区別なく全体として修繕積立金が各区分所有者から集められることになっていたが,事実上,その一部については,店舗部会,事務所部会,住宅部会ごとの修繕積立金として扱われていた。なお,平成28年6月24日改正後の本件マンションの管理組合規約では,全体共用部分及び付属施設の管理に要する経費に使用される全体管理費等の他に,一部共用部分の管理に要する経費として,非住宅一部管理,店舗一部管理,事務所一部管理費,住宅一部管理費が徴収されている。また,修繕積立金についても,全区分所有者によって積み立てられる全体修繕積立金の他に,店舗部分の区分所有者が積み立てる店舗一部積立金,事務所部分の区分所有者が積み立てる事務所一部積立金,住宅部分の区分所有者が積み立てる住宅一部積立金並びに店舗部分,事務所部分,倉庫部分及び駐車場部分の区分所有者が積み立てる非住宅一部修繕金が集められ,これらの一部積立金は,それぞれの共用部分の計画修繕等の特別の管理に要する経費に使用されることとされている。(甲6,7,乙4,16,弁論の全趣旨)
(3)被告らは,店舗部会のメンバーであり,被告Y1は,店舗部会選出の理事を長期間務め,遅くとも平成24年12月21日以降,辞任する平成25年10月18日までは本件管理組合の理事長を務めていた。被告Y2は,店舗部会選出の理事を数期務め,店舗部会選出の副理事長を務めた。(乙15,弁論の全趣旨)
(4)本件マンションでは,2階の事務所部分専用の共用部分の修理工事代金である約4000万円について,本件マンション全体の積立金から支出すべきか,事務所一部修繕積立金から支出すべきか,区分所有者の間で意見が対立していた。同問題については,本件管理組合と事務所部分の区分所有者であるC株式会社等との間で不当利得返還請求訴訟(東京地方裁判所平成22年(ワ)第12123号事件,同平成23年(ワ)第9884号事件)に発展した。同訴訟において和解が検討されることになったが,本件管理組合の組合員の中で,和解についての意見が対立した。
被告Y2は,上記支出が総会の正式承認を得ていないので,承認前に和解することは違法であり,それを正当化することとなる和解に反対であり,和解を強行するのであれば,理事としての責任を全うできないとの理由で理事の辞任を申し出た。しかし,同申出は本件管理組合の理事会(以下「理事会」という。)で受理されなかった。
上記訴訟は,平成24年11月19日,東京高等裁判所で和解した(東京高等裁判所平成24年(ネ)第4469号事件)。(乙15,被告Y2本人,弁論の全趣旨)
(5)被告Y2は,平成25年5月24日,本件管理組合理事長被告Y1宛にファックスにより理事辞任の理由についてと題する書面を送付した(同書面は「平成24年6月24日」付けの文書であるが,ファックスの受理日や内容から,上記日付は誤記であると認める。)。同書面には,平成24年秋の理事会に多数の理事が集団で欠席するなど,理事失格の者がおり,理事長もこれを容認してしまっていること,店舗部会の領域に貼られた議員のポスターをはがすように求めた住宅部会の理事がおり,同理事が暴走していることなどが記載されていた。理事会は,平成25年5月24日,被告Y2の本件管理組合の理事辞任届を受理する決議をし,同月31日の理事会においても,同決議を確認した。(甲8,乙15ないし17)
なお,被告Y2が,平成25年5月31日の理事会に出席しようとしたところ,同人に対して帰宅を促すため大きな声を発した理事がいた。(争いがない)
(6)被告Y1は,平成25年10月18日,本件管理組合の理事長を辞職した。同人は,平成26年6月27日,本件管理組合の通常集会で同組合の理事を解任された。(甲9,10,乙5)
(7)理事会は,平成25年11月26日,当時のB理事長が辞任届を提出したことを踏まえ,これを受け入れる旨の決議をするとともに,副理事長であったC株式会社の担当者であるDと原告の夫が,管理組合規程26条(副理事長は,理事長を補佐し,理事長に事故のあるとき又は理事長が欠けたときは,その職務を代行する。)に従い,理事長の職務を代行することとし,原告の夫が本件管理組合の理事長印を保管することを決議した。その際の理事会には,原告の夫ではなく,原告が代理出席していた。(甲2ないし5,7,原告本人)
(8)原告は,平成26年3月20日,本件管理組合の理事に就任した。(争いがない)
(9)被告らは,本件管理組合で行われた原告外15名を同組合の理事に選任する集会決議を不服とし,原告,E,C株式会社及び本件管理組合を被告として,東京地方裁判所に対し,訴えを提起した(東京地方裁判所平成26年(ワ)第20570号)。被告らは,同訴訟において,平成26年3月20日になされた原告,被告Y1,E,C株式会社ほか合計19名の管理組合第34期(平成25年4月1日から平成26年3月31日まで)役員選任その他を内容とする本件管理組合の集会決議及び同年6月27日になされた被告Y1を管理組合第34期役員から解任し,かつ,原告,E,C株式会社ほか合計19名の管理組合第35期(平成26年4月1日から平成27年3月31日まで)役員選任を内容とする本件管理組合の集会決議の無効確認を求め,さらに,被告らが本件管理組合の理事であること,原告,E,C株式会社が本件管理組合の理事ではないことの確認を求めた。
東京地方裁判所は,平成27年6月25日,原告らの請求のうち,原告,E,C株式会社に対する訴えをいずれも却下し,その余の請求をいずれも棄却した。
被告らは,同判決につき,東京高等裁判所に控訴したが(東京高等裁判所平成27年(ネ)第4316号),同裁判所は,同年12月17日,控訴をいずれも棄却し,同判決が確定した。(甲2ないし4)
(10)本件管理組合の理事会は,平成27年4月24日に開催された臨時集会において,店舗部分のリニューアルとして,地下店舗用の看板の設置や,既存の袖看板の撤去等を内容とする工事を実施することを提案し,同集会で賛成多数で可決された。その後,袖看板の撤去工事は実施されたが,店舗部会に所属する区分所有者から,各店舗の所有者の負担で設置した袖看板を勝手に外すことは許されないとの抗議があり,本件組合の理事会は,袖看板を従来のものに復旧した。(甲14,15,乙25ないし27)
(11)平成30年,被告Y2名で作成されたご連絡という文書が理事会に提出された。同文書においては,来るべき本件管理組合の定時集会において店舗部会の役員候補として被告らを含む5名の区分所有者及び監事候補1名の区分所有者を選任するよう求めるものであった。(乙12)
2 争点(1)(本件記載①ないし⑫についての名誉毀損の成否)について
(1)本件記載①
本件記載①は,本件管理組合の現理事らが適法な選任手続を経ていないにもかかわらず,理事を名乗り理事の職務を行っていること,その旨を東京法務局が通達により明らかにしたことという事実を基礎に,それらの事実を踏まえて乗っ取りグループであるとの意見を述べたもので,意見の表明に当たる。そして,一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば,原告を含む本件管理組合の現在の理事会が乗っ取りグループであるとの意見ないし論評を行うものであって,原告らが正当な手続を経ずにマンション管理組合の重要な機関の一部を支配する集団であるとの消極的な評価を伴うものであるから,本件記載①は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
(2)本件記載②
本件記載②は,原告が町会長を取り込んで不正支出をし,店舗部会の看板取外しの撮影代として支払ったこととの事実を摘示するものである。
そして,一般の読者の普通の注意と読み方からすれば,上記事実を摘示することにより,原告が不正な手段をも使う人物であるとの消極的な印象を与えるものであるから,本件記載②は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
(3)本件記載③
本件記載③は,原告が理事の追い出し等を行ってきたとの事実を摘示するものである。
そして,一般の読者の普通の注意と読み方からすれば,上記事実を摘示することにより,原告が脅しや名誉毀損などの違法な行為をも行う人物であるとの消極的な印象を与えるものであるから,本件記載③は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
(4)本件記載④
本件記載④は,原告が非組合員で本件管理組合の理事等の役員となる資格を有しないことなどの事実を摘示するものである。
そして,一般の読者の普通の注意と読み方からすれば,上記事実を摘示することにより,原告が正当な理由もなく資格がなければできないことを無理やり行う人物であるとの消極的な印象を与えるものであるから,本件記載④は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
(5)本件記載⑤
本件記載⑤は原告がB理事から理事長印を無理矢理取り上げたこと,同理事から返還するよう求められても応じなかったことなどといった本件記載③に書かれた事実を基礎に,それらの事実をどう解釈するかについての弁護士の見解に仮託して自らの意見を述べたもので,意見ないし論評の表明に当たる。
そして,一般の読者の普通の注意と読み方からすれば,法律の専門家である弁護士が原告の行為について恐喝や横領といった犯罪に該当するとの見解を引用して意見ないし論評を行うものであり,原告が犯罪行為を行ったとの消極的な印象を与えるものであるから,本件記載⑤は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
(6)本件記載⑥
本件記載⑥は,原告がB理事から理事長印を無理矢理取り上げたこと,同理事から返還するよう求められても応じなかったことという事実を基礎に,悪質理事として辞任させなければならないとの意見を述べたもので,意見の表明に当たる。
そして,一般の読者の普通の注意と読み方からすれば,原告が悪質でありその地位に不適当であるとの意見の表明を行うものであり,原告がその地位にふさわしくない悪い人物であるとの消極的な印象を与えるものであるから,本件記載⑥は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
(7)本件記載⑦
本件記載⑦は,原告を含む本件管理組合の現在の理事会が,裁判に勝ったことによって本件管理組合の財産を使い放題にしていることとの事実を摘示するものである。
そして,一般の読者の普通の注意と読み方からすれば,上記事実を摘示することにより,原告が違法な行為を繰り返す集団の一員であるとの消極的な印象を与えるものであるから,本件記載⑦は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
(8)本件記載⑧
本件記載⑧は,原告を含む本件管理組合の理事会が数々の建物区分所有法及び管理規約に違反する行為を繰り返しているという事実を基礎に,辞任は免れないとの意見を述べたもので,意見ないし論評の表明に当たる。
そして,一般の読者の普通の注意と読み方からすれば,理事会が数々の悪質な行為を行っており,その地位に不適当であるとの意見の表明を行うものであり,原告についてもその地位にふさわしくない悪い人物であるとの消極的な印象を与えるものであるから,本件記載⑧は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
(9)本件記載⑨
本件記載⑨は,直接には,被告Y2が原告との電話でのやり取りについて,原告が詰問であると述べたとの事実を基礎に,詰問と述べたことに対する意見を述べたものであるが,原告の心に疾しさがあり,悪事が曝け出されるとの意見の前提には,その前後の文脈(本件記載⑤及び本件記載⑩)からすると,原告がB副理事長から無理やり印鑑を取り上げ,返還を求めても応じないとの事実も基礎としているものと認められ,いずれにしろ意見ないし論評の表明に当たる。
そして,一般の読者の普通の注意と読み方からすれば,原告が疾しい悪事を行っているとの意見の表明を行うものであり,原告が悪い人物であるとの消極的な印象を与えるものであるから,本件記載⑨は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
(10)本件記載⑩
本件記載⑩のうち,その前段は,原告がB副理事長から印鑑を取り上げ,返還の求めにも応じないとの事実を基礎として,恐喝や横領に当たるとの意見を表明するものであり,後段は,原告が警察に相談したことについて,警察から冷笑をかったことなどの事実を摘示するものである。
そして,一般の読者の普通の注意と読み方からすれば,上記事実を摘示することにより,原告が自ら犯罪に該当する行為を行ったにもかかわらず,自己の行為を正当化しようとしたとの消極的な印象を与えるものであるから,本件記載⑩は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
(11)本件記載⑪
本件記載⑪は,原告が様々な自分勝手な行動を行っているとの事実を摘示するものである。
そして,一般の読者の普通の注意と読み方からすれば,上記事実を摘示することにより,原告が自分勝手な人物であるとの消極的な印象を与えるものであるから,本件記載⑪は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
(12)本件記載⑫
本件記載⑫は,原告が本件マンションに住む高齢者を苦しめ,取り返しのつかない要因を作ったとの事実を摘示するものである。
そして,一般の読者の普通の注意と読み方からすれば,上記事実を摘示することにより,原告が高齢者を死に追いやる原因を作ったとの消極的な印象を与えるものであるから,本件記載⑫は原告の社会的評価を低下させるものといえる。
3 争点(2)(真実性・真実相当性の抗弁の成否)について
(1)本件記載①
前記認定事実(9),(11)のとおり,本件文書配布時点の原告を含む本件管理組合の現理事らが適法な選任手続を経て選任され,理事の地位を有することは,対世効を持つ判決によって確定されており,一方,東京法務局は,原告の平成28年6月8日の人権救済の申立てに対し,調査の結果,人権侵犯の事実があったとまでは判断することができなかった旨の決定をしたにすぎず,人権侵犯の事実がなかったと断定したものではない。
この他,被告らは,本件文書に添付された書面中で,慣例上,店舗部会の理事については店舗部会からの推薦によって選任されるところ,原告を含めた本件管理組合の理事らが慣例に従わずに立候補制で理事を選任したことが本件マンションの管理規約に反すると記載しており,被告らの主張の背景には,このような考え方があるものと解されるが,前記認定事実(1)のとおり,管理組合規程には,3部会に割り当てられた理事の人数が記載されているだけであって,旧管理組合規約および管理組合規程のいずれにも各部会の推薦に従わなければならないとの定めはない。管理組合規程上,集会に理事の選任権があることは明らかであり,仮に被告らの主張するような慣例が存在していたとしても,集会の理事選任権を制約するとは考えられないから,集会で理事として選任された者について,選任手続に瑕疵があり,違法であるということはできない。したがって,原告らが理事選任手続において違法な運営を行ったとはいえない。
以上によれば,被告らが意見の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったということはできないから,本件記載①の違法性は阻却されない。
(2)本件記載②
前記認定事実(10)のとおり,原告を含む現理事は,従来の袖看板の撤去等,店舗部分のリニューアル工事について,臨時集会の承認を得て修繕積立金を支出しており,本件全証拠によっても被告らが主張する事実は認められないから,被告らが摘示した事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとはいえず,また,被告らにおいて当該事実を真実と信じるについて相当の理由の立証もない。
よって,本件記載②について,違法性は阻却されない。
(3)本件記載③
前記認定事実(4)ないし(6)のとおり,被告らは,いずれも自ら理事を辞任したことが認められる。被告Y2が辞任届を提出した当初,本件管理組合の理事会において慰留し,辞任届を受理しなかった経過があるが,その後,被告Y2が辞任届を撤回又は取り下げたとの事実を認めるに足りる証拠はない。一度不受理にした辞任届について,撤回や取下げがない場合に,後日,有効なものとして改めて受理するか否かは,裁量によるものというべきところ,被告Y2は,当時の他の理事らを非難する内容の「理事辞任の理由について」と題する書面を送付しており,その中には辞任届を撤回又は取り下げるといった記載はなかったのであるから,本件管理組合の理事会として,被告Y2の辞任の意思が示されているものとして,従来の辞任届を有効として扱うことが裁量に反し許されないとは認められない。このほか,本件全証拠によっても原告らが多数派工作をしたり,区議会議員を脅したりといった事実は認められない。
したがって,原告が被告らを追い出すなどといった被告らが主張する事実は認められないから,被告らが摘示した事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとはいえず,また,被告らにおいて当該事実を真実と信じるについて相当の理由の立証もない。
よって,本件記載③について,違法性は阻却されない。
(4)本件記載④
前記認定事実(7)のとおり,本件管理組合の臨時理事会は,平成25年11月26日,B理事長の辞任を決議するとともに,副理事長であった原告の夫が,管理組合規程26条に従い,理事長の職務を代行するとともに,本件管理組合の印鑑の保管者として任命された。
したがって,原告が本件管理組合の印鑑をB理事から取り上げたことや同人から再三その返還を迫られながら不当に拒絶したとは認められないから,被告らが摘示した事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとはいえず,また,被告らにおいて当該事実を真実と信じるについて相当の理由の立証もない。
よって,本件記載④について,違法性は阻却されない。
(5)本件記載⑤
上記(4)のとおり,原告が本件管理組合の印鑑をB理事から取り上げたことや同人から再三その返還を迫られながら不当に拒絶したとは認められない。被告らが,弁護士に相談し,その意見をそのまま記載したものであったとしても,その前提事実がないのであるから,被告らが摘示した事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとはいえない。また,被告らにおいて,弁護士に適切に事情を説明していたと認めるに足りる証拠はなく,当該事実を真実と信じるについて相当の理由の立証もない。
よって,本件記載⑤について,違法性は阻却されない。
(6)本件記載⑥
上記(4)のとおり,原告が本件管理組合の印鑑をB理事から取り上げたことや同人から再三その返還を迫られながら不当に拒絶したことは認められないから,被告らが摘示した事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとはいえず,また,被告らにおいて当該事実を真実と信じるについて相当の理由の立証もない。
よって,本件記載⑥について,違法性は阻却されない。
(7)本件記載⑦
原告を含む本件組合の理事らが修繕積立金を違法に流用したと認めるに足りる証拠はないから,被告らが摘示した事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとはいえず,また,被告らにおいて当該事実を真実と信じるについて相当の理由の立証もない。
よって,本件記載⑦について,違法性は阻却されない。
(8)本件記載⑧
上記のとおり,原告を含む本件組合の理事会が,数々の建物区分所有法及び管理規約に違反していたとの事実を認めることはできないから,被告らが摘示した事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとはいえず,また,被告らにおいて当該事実を真実と信じるについて相当の理由の立証もない。
よって,本件記載⑧について,違法性は阻却されない。
(9)本件記載⑨
上記のとおり,原告が違法行為を行ったものと認めるに足りる証拠はなく,本件記載⑨の基礎となる事実について真実とは認めることができない。
したがって,本件記載⑨について,違法性は阻却されない。
(10)本件記載⑩
本件記載⑩前段の原告がB副理事長から印鑑を取り上げたなどとする事実が認められないのは上記のとおりであり,同後段の事実については,本件全証拠によっても認められない。
被告らが摘示した事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとはいえず,また,被告らにおいて当該事実を真実と信じるについて相当の理由の立証もない。
よって,本件記載⑩について,違法性は阻却されない。
(11)本件記載⑪
本件全証拠によっても,被告らが主張するような事実は認められない。
被告らが摘示した事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとはいえず,また,被告らにおいて当該事実を真実と信じるについて相当の理由の立証もない。
よって,本件記載⑪について,違法性は阻却されない。
(12)本件記載⑫
証拠(原告本人,被告Y2本人)によれば,本件マンション内の意見の対立が遠因となり,本件マンション内の高齢者のうちの一人について周囲の接触が少なくなって,当該高齢者が自死したといった事情が存在することは認めることができるものの,本件全証拠によっても,原告の行動がその原因となったと認めることはできない。
被告らが摘示した事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとはいえず,また,被告らにおいて当該事実を真実と信じるについて相当の理由の立証もない。
よって,本件記載⑫について,違法性は阻却されない。
4 争点(3)(損害の有無及びその額)について
本件文書が配布されたことにより,上記のとおり原告の名誉が毀損されたことを認定できるから,原告は精神的苦痛による無形の損害を被ったものというべきである。そして,同損害については,原告が日常的に居住するコミュニティでの社会的評価に相当程度影響を与えるものとなり得ることに加えて,本件文書の配布範囲,本件記載①ないし⑫による原告の名誉毀損の態様及び程度等本件において認められる一切の事情を考慮すると,その賠償としては100万円が相当である。
5 争点(4)(消滅時効)について
証拠(甲1)によれば,本件文書に平成25年12月13日付けの文書が添付されていることが認められるが,本件文書そのものは平成29年4月21日に配布されたのであって(前記前提事実(2)ア),本件訴えが同年7月1日に提起されていることを考慮すると,消滅時効の起算点は本件文書の配布時とすべきであり,原告の被告らに対する本件損害賠償請求権が時効によって消滅したとは認められない。
6 結論
以上によれば,原告の請求は,被告らに対し,連帯して100万円及びこれに対する不法行為の後である平成29年5月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから当該限度で認容し,その余をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
R2/2/6 東京地方裁判所民事第31部
裁判長裁判官 金澤秀樹
裁判官 湯浅雄士
裁判官 若山哲朗
マン管センターデータベースより、引用
私見:マンションという閉鎖的空間では類似の事件やトラブルは後を絶たない。理事会のやり方を快く思っていない組合員が勝手に集合郵便受けに自分の思いを書いたチラシを捲いて理事会を批判したり、戸別訪問をしたり、井戸端会議であることないこを吹聴したりすることもある。国民を代表する国会議員ですら国会で似たような行動を起こすことがあるので一般国民が我が家(マンション)で本件のようなトラブルを起こすのを防ぐのは困難かもしれない。しかし、確かな根拠もないのに相手方の社会的評価を下げるようなことをしてはいけない。もちろん、確かな根拠があっても公の場でそれをやってしまうと犯罪になるケースもあるので注意が必要だ。
本件の場合、被告にやり過ぎた感があると思うのは私だけであろうか?