マンション建替決議と建替管理組合の供託?!

マンションの判例,管理組合関連

令和2年(受)第1462号 取立金請求事件
令和4年10月6日 第一小法廷判決
主 文
1 原判決を破棄し、第1審判決を取り消す。
2 被上告人は、上告人に対し、1905万円及びこれに対する平成30年5月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 前項の支払は、供託の方法によりしなければならない。
4 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告代理人吉田正樹、同福田美紀の上告受理申立て理由について1 被上告人は、大阪府吹田市内のマンション(以下「本件マンション」という。)について、マンションの建替え等の円滑化に関する法律(以下「円滑化法」という。)2条1項4号のマンション建替事業を施行する同項5号の施行者であ
る。本件マンションの区分所有者であったBは、被上告人に対し、円滑化法75条1号に基づき、1905万円の補償金(以下「本件補償金」という。)の支払請求権を有していた。
本件は、本件補償金の支払請求権を差し押さえた上告人が、被上告人に対し、1905万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成30年5月15日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金を供託の方法により支払うことを求める取立訴訟である。円滑化法76条3項は、施行者は、先取特権、質権又は抵当権(以下「抵当権等」という。)
の目的物について円滑化法75条所定の補償金を支払うときは、これらの権利者の全てから供託しなくてもよい旨の申出(以下「供託不要の申出」という。)があったときを除き、その補償金を供託しなければならない旨を規定している。被上告人は、本件補償金について、上告人による上記の差押えの後、円滑化法76条3項を供託規則13条2項5号の「供託を義務付け又は許容した法令の条項」(以下「根拠法条」という。)とする供託をしており、上記供託をもって上告人に対抗することの可否が争われている。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1)被上告人は、平成29年3月、本件マンションのマンション建替事業を施行するマンション建替組合として設立された。

(2)Bは、第1審判決別紙物件目録記載の本件マンションの専有部分(以下「本件建物部分」という。)の区分所有権を有していた者であるが、上記事業において、上記区分所有権を失い、かつ、再建されたマンションに関する権利を与えられないものとされたことから、円滑化法75条1号に基づき、被上告人に対し、本件補償金の支払請求権を取得した。
(3)本件建物部分については、抵当権者を近畿信用保証株式会社とする抵当権及び根抵当権者を北おおさか信用金庫とする根抵当権がそれぞれ設定され、その旨の各登記がされていた。
ア 上告人は、大阪地方裁判所に対し、上告人のBに対する連帯保証債務履行請求権のうち2153万円余を請求債権として、本件補償金の支払請求権に対する差押命令の申立てをした。上記申立てに基づき、平成29年10月2日、差押命令が発せられ、その頃、被上告人及びBにそれぞれ送達された。
イ 北おおさか信用金庫は、大阪地方裁判所に対し、本件建物部分についての根抵当権に基づく物上代位権の行使として、本件補償金の支払請求権に対する差押命令の申立てをした。上記申立てに基づき、平成29年10月26日、差押命令が発せられ、その頃、被上告人に送達された。
ウ 近畿信用保証は、大阪地方裁判所に対し、本件建物部分についての抵当権に基づく物上代位権の行使として、本件補償金の支払請求権に対する差押命令の申立てをした。上記申立てに基づき、平成29年11月2日、差押命令が発せられ、その頃、被上告人に送達された。
北おおさか信用金庫及び近畿信用保証は、本件補償金について、被上告人に供託不要の申出をしなかった。被上告人は、平成29年11月14日、本件補償金
について、Bを被供託者とし、円滑化法76条3項を根拠法条とする1905万円
の供託(以下「本件供託」という。)をした。
3 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、上告人の請求を棄却すべきものとした。
円滑化法76条3項の趣旨が補償金に対して物上代位権を行使し得る担保権者を保護することにあることからすると、施行者が同項に基づく供託義務を負う場合には、上記補償金の支払請求権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたとしても、上記施行者が、上記補償金について、民事執行法156条2項のみを根拠法条とする供託をすることはできず、円滑化法76条3項及び民事執行法
156条2項を根拠法条とするいわゆる混合供託をすることもできないと解される。そうすると、上記施行者は、円滑化法76条3項のみを根拠法条とする供託をするほかなく、これをもって差押債権者らに対抗することができることになるから、被上告人は、本件供託をもって上告人に対抗することができる。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)円滑化法76条3項が、施行者が抵当権等の目的物について補償金を支払う場合に原則としてその補償金を供託しなければならないものとする趣旨は、この場合に施行者が補償金を直接上記目的物の所有者等に支払ってしまうと、上記抵当権等を有する債権者(以下「抵当権者等」という。)が、事実上、上記補償金に対して物上代位権を行使することができなくなるおそれがあるので、原則として施行者に上記補償金の供託を義務付けることにより、抵当権者等を保護することにあるものと解される。このような趣旨に照らせば、上記の場合に、施行者は、上記所有者等の債権者によって補償金の支払請求権が差し押さえられたとしても、抵当権者等の全てから供託不要の申出があったときを除き、同項に基づく供託義務を負い、このことは、差押えの競合が生じたとしても異なるものではないというべきである。
その一方で、民事執行法156条2項によれば、1個の金銭債権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じた場合に、第三債務者は、その債権の全額に相当する金銭の供託義務を負うこととされているところ、円滑化法その他の法令において、施行者が円滑化法76条3項に基づく供託義務を負う場合に、民事執行法156条2項に基づく供託義務を負わない旨を定める規定は存しない。
以上によれば、施行者が円滑化法76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合に、上記補償金の支払請求権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたときは、上記施行者は、上記補償金について、同項に基づく供託義務に加えて、民事執行法156条2項に基づく供託義務を負うというべきである。そうすると、上記施行者は、上記補償金について、円滑化法76条3項及び民事執行法1
56条2項を根拠法条とする混合供託をしなければならないと解するのが相当である。このように解しても、抵当権者等は、物上代位権を行使し、差押債権者らに優先して上記混合供託に係る供託金の払渡しを受けることができ、差押債権者らは、その払渡しの後になお残額がある場合に、その残額について配当等を受けることができるにとどまるから、抵当権者等の保護に欠けるところはない。
(2)これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、被上告人は、円滑化法76条3項に基づく本件補償金の供託義務を負うところ、本件補償金の支払請求権に対して、上告人、北おおさか信用金庫及び近畿信用保証の各申立てに基づき、複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたのであるから、被上告人は、本件補償金について、同項及び民事執行法156条2項を根拠法条とする混合供託を
しなければならないというべきである。そうすると、被上告人は、本件供託をもって上告人に対抗することができないことになる。
5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、本件補償金に相当する1905万円及びこれに対する遅延損害金を供託の方法により支払うことを求める上告人の請求は理由があるから、これを棄却した第1審判決を取り消し、上記請求を認容すべき
である。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安浪亮介 裁判官 山口 厚 裁判官 深山卓也 裁判官 岡 正晶 裁判官 堺 徹

私見:差し押さえが競合した場合、訴訟当事者と抱えた事情、背景の差もあるが、円滑化法76条3項に基づく補償金の供託と民事執行法156条2項を根拠法条とする混合供託の義務を負うと理解した。