それは保存行為??

マンションの判例,役員関連,管理組合関連

当事者

原       告 Xビル管理組合理事長 X1
上訴訟代理人弁護士 * 島  *
同         * 田 * 二
同         * 木 * 治
被       告 株式会社Y
上代表者代表取締役 Y1
上訴訟代理人弁護士 * 田 * 夫
被       告 有限会社Y2
上代表者代表取締役 Y3
被       告 Y4
上代表者代表取締役 Y5
上訴訟代理人弁護士 * 沢 * 郎

主 文

一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一 原告の請求
  1 被告らは、別紙物件目録1記載の建物のうち、同2記載の部分につき、別紙記載の工事方法による修復工事をせよ。
  2 被告らは、原告に対し、連帯して、金618万5,000円及び内金100万円に対する昭和58年7月1日から、内金30万円に対する昭和60年12月5日から、内金62万円に対する昭和63年1月11日から、内金20万円に対する平成2年10月22日から、内金62万円に対する平成3年4月2日から、内金44万円に対する平成4年6月24日から、各支払済みに至るまで年5パーセントの割合による各金員を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、区分所有ビルの管理者である原告が、区分所有者である被告らに対し、被告らが配管工事によりビルの内壁を破損するという不法行為をしたとして、その部分の修復及び損害賠償を求める事案である。
一 争いのない事実
1 原告の地位
 別紙物件目録1記載の区分所有建物であるXビルには、建物の区分所有等に関する法律に基づいて区分所有者全員で構成されるXビル管理組合(以下「訴外管理会社」)が置かれているが、原告は、本件管理組合の理事長である。
 本件管理組合規約には、本件管理組合の理事長が本件ビルの管理者となり(規約40条2項)、管理者としての職務に関する訴訟の原告又は被告となる(同条4項)と定められている。
2 被告らの地位
 被告有限会社Y4(以下Y4という。)は、本件ビルの336号室を所有し、被告有限会社Y2(以下Y2という。)は本件ビル407号室を所有し、被告株式会社Y(以下Yという。)は、本件ビルの419号室及び1125室の所有者であるとともに、336号室をY3から賃借し、同室においてサウナ風呂を営業していた。
3 被告らの行為
 Yは、昭和57年5、6月ころ、本件ビルの407号室から336号室に温水を送るために、本件ビルの3階天井部分と4階床下部分とで囲まれる空間を通って給湯管4本を設置する配管工事(以下「本件配管工事」という。)を行った。
 Y4は、Yの行う本件配管工事に協力した。
二 争点
1 訴訟追行権の存否
(一)原告の主張
 原告は、建物の区分所有等に関する法律(昭和58年法律第51号による改正後のもの。なお、以下上改正後のものを「法」又は「新法」、上改正前のものを「旧法」ということがある。)26条及び本件管理組合規約40条に基づき、本件配管工事に際して生じた後記本件壁の修復という保存行為を請求するものであり、原告適格を有する。
(二) 被告Yの主張
 本件のような請求は、法57条に該当する場合にのみ、訴えを提起することができるところ、本件配管工事は旧法下でされたので旧法により処理されるべきであり、新法57条のような規定のない旧法による以上、原告は原告適格を有しない。
2 違法行為の存否
(一) 原告の主張
 Yは、本件配管工事に際し、4本の給湯管を通すために、別紙添付図面1において3階天井裏部分の⑥列のD~E区間として特定されるコンクリート壁(以下「本件壁」という。)を横約100センチメートル、縦約50センチメートルにわたって破損開口し、当該部分の縦方向の鉄筋10ないし12本、横方向の鉄筋6ないし8本、斜め方向の鉄筋6本を切断した。本件壁は耐震壁であるが、被告の上切断行為により、本件壁の耐震力は約50パーセント減殺された。
 Y2は、本件ビルの407号室に所有するボイラー施設をYが利用することを認め、Yの本件配管工事に積極的に協力した。
(二) Y・Y4の主張
 本件壁は元々耐震壁ではなく、またYは、本件配管工事に際し、その当時の本件ビルの管理者として区分所有者から専任されたXビル管理株式会社の承諾を得て、工事を行い、本件ビルの鉄筋を1本も切断していない。
 本件給湯管の設置は営業上必要不可欠であり、他に何らの害を及ぼすものではなく、慣例上許される工事であった。
3 損害の内容
(一) 原告の主張
 原告の被っている損害及び請求の内容は、次のとおりである(なお、第1の請求内容との間に食い違いがあると思われるが、主張をそのまま掲げる。)。
 (1) 本件壁の修復工事(工事代金499万9,620円相当)の請求
 被告らが違法に本件壁を破損したから、被告らは、本件壁を第一の1のとおりに修復する工事(工事代金499万9,620円相当)をしなければならない。
 (2) 譲受債権の支払請求
 訴外管理会社は、被告らを相手として本件訴えと同旨の前訴(東京地裁昭和58年(ワ)第6600号事件及び昭和60年(ワ)第14806号事件)を提起し、その着手金等として弁護士に支払った192万円、建築士に支払った報告書作成料20万円、裁判上の鑑定費用62万5,000円の損害を被っているところ、この損害賠償請求権を平成4年10月12日に原告に譲渡した。そこで、原告は、上請求権を有する。
(3) 本訴提起に伴う弁護士手数料44万円
 原告は、本訴提起に伴い弁護士手数料44万円を支払ったが、上支出は被告らの本件壁の破損によるものであるから、原告は、上損害を被告らに請求する。
(4) 原告が本訴終了時に支払いを約束している弁護士報酬200万円
(二) Yの主張
 損害の内答は不知。ただし、前訴(東京地裁昭和58年(ウ)第6600号事件及び昭和60年(ワ)第14806号事件)は、原告である訴外管理会社が自らその訴えを取り下げたのであり、これについての支出を本件の原告が費用として請求することは不当である。
4 Yの消滅時効の主張
 原告が本件の損害を知ったのは、遅くとも訴外管理会社が前訴を提起した昭和58年6月27日である。本訴はそれから9年経過後の平成4年10月に提起されている。
5 Y・Y4の権利濫用の主張
 本件ビルは、東京都が建築して分譲した区分所有ビルであって、地下1階から地上4階までは営業店舗用である。管理者は、これら店舗の営業を助成し、少なくとも営業ができなくなるようなことはすべきでない。本件ビルについては、これまで本件配管工事と比較にならない程度の構造壁の損壊、改変が行われているのに、訴外管理会社及び原告はこれを黙認ないし是認している。また、本件配管工事により万一本件ビルの耐震力の低下があったとしても、本件給湯管を撤去しなくてもその補修は可能である。原告が本訴を提起したのは、被告らに対する感情的対立に基づく報復である。すなわち、通常の区分所有建物であれば、管理者と区分所有者の対立がそれほど悪化することはないが、本件では、本件ビルの区分所有者がそれぞれ訴外管理会社の株主となり、本件ビルの地下に設けられた駐車場から生じる収益の処分方法をめぐって意見の対立があったのである。
 以上のような点からして、原告の本訴提起は権利の濫用である。
第三 争点に対する判断
一 原告適格について
1 本件壁の修復請求の性質
 原告は、本件管理組合の管理者であり、本件ビルの区分所有者である被告らがした本件配管工事により本件壁に生じた破損(破損の程度はここでは検討外とする。)について、被告らにその修復を請求するものである。そして、本件ビルの3階天井裏部分のコンクリート壁(本件壁)は、区分所有建物の共用部分(法2条4項)に該当するということができる。したがって、原告が被告らに請求する修復行為は、本件ビルの共用部分の保存行為に該当するといわなければならない。
2 法26条1項・4項に基づく管理者の保存請求
 ところで、法26条1項は、管理者は共用部分を保存する権利を有し、義務を負うと定め、同条4項は、管理者は、規約又は集会の決議によりその職務に関し、区分所有者のために、原告又は被告となることができると定めている。
 区分所有建物の共用部分について通常予想されるような保存行為は、これに対する区分所有者相互間の利害の対立がほとんどないから、区分所有者がその有する共用持分に基づいて個人として行うことができるわけである。しかし、このような共用部分の保存行為について、管理者が区分所有者に代わってこれをすることができれば便利であるから、法は、管理者にその権限を認め(上1項)、それが訴訟行為として現れるときについては管理者による訴訟が複数並立しないように、個別の授権を制限し、規約又は集会決議による授権があることを条件にして、その権眼を認めたものである(上4項)。上の訴訟行為の場合については、本来区分所有者が行うことのできる権限をその帰属主体たる区分所有者の団体からの包括的又は事前の授権に基づき帰属主体に代わってするものであるから、いわゆる任意的訴訟担当を法が認めたものと解される。
3 法57条1項・4項に基づく管理者の保存請求
 ところで、区分所有建物の共用部分の保存行為については、その保存に利害の強い区分所有者と弱い区分所有者とに分かれる場合もあり、そのときに利害の弱い区分所有者に保存行為及びそのための訴訟行為をする権限を認めるのは、保存の内容が充分でなくなるおそれがあるので適当でないし、反対に利害の強い区分所有者だけにその保存行為及びそのための訴訟行為をする権限を認めるのは、利害が弱いとはいえ他の区分所有者の利益の保護が図られないので、これも適当でない。そこで、このような場合には、区分所有者全員でのみ保存行為をすることができるとするのが適当である。
 2の行為は通常予想されるような保存行為であり、利害の程度は区分所有者相互にそれほど違いがないので、本来区分所有者が個別にすることもできるのであるが、便宜上管理者に授権して行わせることもできるというものである。これに対し、ここでの行為は、通常予想されない保存行為であり、利害の程度にも区分所有者相互に違いがあるので、区分所有者全員でのみすることができるとするのが適当であるというものである。
 そこで、法は、この点に関し、区分所有者は建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならないとし(法6条1項)、区分所有者が上6条1項に規定する行為をした場合には、他の区分所有者の全員は、区分所有者の共同の利益のため、その行為の結果を除去することを請求することができる(57条1項)が、前項の規定に基づき訴訟を提起するには、集会の決議によらなければならない(同条2項)と規定したものである。区分所有者が全員で訴えを提起する場合においても、事柄が重大であるので、区分所有者全員の意思を確認することが必要とされると共に、全員の意見の一致がなければ訴えを提起することができないということでは現実的でないので、多数決により全員の意思に代替させることができるともされているのである。そして、区分所有者全員(決議に反対者があった場合も含む。)が訴訟当事者になることの他に、管理者は、集会の決議がある場合には、上の他の区分所有者全員のために、訴訟を提起することができるとされた(同条3項)。訴えを提起する場合に、さらに集会の決議を要件にして区分所有者全員のための管理者に対する任意的訴訟担当が認められたものである。
 2における集会決議が区分所有者の個別の権利を制約するものであるのに対し、ここでの集会決議は個別の権利の行使に伴う制限を緩和するものである。また、ここでは規約による包括的な授権が許されないのは、当該保存行為が通常予想されないものであり、それが生じた時点で区分所有者に判断させる必要があり、包括的な授権になじまないからである。
4 本件壁の修復の請求
 本件壁の修復の請求は、性質上上3の保存行為の請求に該当するということができる。したがって、法26条と規約に基づいて行うという原告の請求は、本件を新法事案として考えた場合でも、法所定のものではなく、許されないといわざるを得ない(なお、新法26条の元の規定である旧法18条においては、管理者が区分所有者の個別の授権で訴訟行為をすることができるとの新法26条4項に相当する規定がなく、旧法下では、上の保存行為は原則として区分所有者が行うしかないと解されていた。)。
 なお、原告らの請求を法57条3項に基づく訴訟の提起と考えられないかを検討すると、まず訴えの提起に際し同項の要件である集会の決議を経た形跡がない。のみならず、57条に関しては、旧法5条1項(新法6条1項と同一の規定)を含めて旧法を改正した昭和58年法律第51号の改正法は、附則10条にこの場合の経過措置を設け、「この法律の施行前に区分所有者がした旧法5条1項に規定する行為に対する措置については、なお従前の例による。」とした。旧法による扱いを期待していた者の信頼利益を保護する必要もあるという立場から採られた判断である。そして、新法の施行日は昭和59年1月1日(同附則1条)であり、本件配管工事は旧法下でされたものである。したがって、本件壁の修復請求は、旧法5条1項の義務違反行為に対する措置請求に該当し、旧法が適用されることになる。ちなみに、旧法下では、区分所有者が建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない(旧法5条1項=新法6条1項)という義務に違反した場合には、格別の規定はなく、被害を受ける各区分所有者が個々に差止めを求めることができると解されていた。したがって、本件については、法57条3項又は旧法を根拠にして、管理者が訴えを提起することもできないといわなければならない。
5 損害賠償請求と譲受債権の支払請求
 原告は、本件壁の修復工事の他に損害賠償請求と譲受債権の支払請求をしている。このうち、損害賠償請求は、本件壁の修復工事を請求するために必要となる金銭の支出につき損害賠償を請求するということであり、区分所有者全員について生じる性質のものということができるから、本件壁の修復工事請求と同性質にとらえるべきである。したがって、管理者である原告はこの請求をする原告適格を有しない。
 次に譲受債権の内容は、訴外管理会社が本件壁の修復工事請求のために支出した金銭につき被告らに対して有するという損害賠償請求権である。ところで、仮に訴外管理会社がこのような損害賠償請求権を有していたとしても、原告がこれを譲受けて被告らに請求することが原告において本件壁の修復請求するのに必要なこととはいえないし、既に訴外管理会社が被ったという損害が原告の損害となるわけでもない。したがって、原告による上債権の譲受け及び上譲受債権の請求は、法57条1項の「行為の結果を除去し、」に該当せず、同条3項に基づく訴えとしてすることは許されないといわざるを得ない。
 ちなみに、訴外管理会社は、旧法下の昭和58年6月27日に本件ビルの管理者として、被告Y4及び被告Y2を相手に本件と同旨の訴えを提起し(当庁昭和58年(ワ)第6600号)、次いで昭和60年12月5日に被告Yに対し本件と同旨の訴えを提起し(当庁昭和60年(ワ)第14806号)、この両訴訟が併合されたこと、その後平成4年10月16日に本訴が提起され、上昭和58年(ワ)第6600号に併合されたが、これに引き続き、上昭和58年(ワ)第6600号と昭和60年(ワ)第14806号だけが取り下げられ、本訴だけが維持されていることは、記録上明らかである。
二 よって、原告の訴えは、いずれもその余の点について触れるまでもなく、原告適格を欠くものとして許されないから、これらを却下することとして、訴訟費用の負担につき、民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。
       H6/2/14 東京地裁(裁判官 **民雄)

私見:本件は、争点の中身が審議されたというよりも原告適格を欠くものとして却下されており、争点の勝敗で決着がついたわけではない。中身が複雑で過去に提起された訴訟もあることから私見を述べる上での材料に乏しいが配筋切断とそれに伴う耐震壁の強度減少が事実とすれば何らかの対応は講じておきたい。