マンション建築で不法行為?!

その他,マンションの判例

【注文主から賃貸用マンションを買い受けた第三者からの建築瑕疵による不法行為に基づく建築業者及び設計兼監理業
者に対する損害賠償請求が一部認められた例】
平成15年2月24日判決言渡 
平成8年(ワ)第385号 損害賠償請求事件
判決
主文
1 被告株式会社K及び被告株式会社Iは,連帯して,原告Eに対し金2916万4412円,原告Fに対し金972万1471円及びこれらに対する平成6年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社Kは,原告Eに対し金2044万2793円,原告Fに対し金681万4265円及びこれらに対する平成6年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告株式会社Iは,原告Eに対し金584万6148円,原告Fに対し金194万8716円及びこれらに対する平成6年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用はこれを50分し,その4を被告株式会社K及び被告株式会社Iの連帯負担,その3を被告株式会社Kの負担,その1を被告株式会社Iの負担とし,その余は原告らの負担とする。
6 この判決1項中被告株式会社Iに関する部分及び3項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,各自,原告Eに対し金3億9375万円,同Fに対し1億3125万円及びこれらに対する平成6年7月1日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
本件は,原告らが,購入した鉄筋コンクリート造9階建の建物(以下「本件建物」という。)にひび割れや設備関係等の瑕があるとして,本件建物の建築工事を施工した被告株式会社Kに対し,不法行為及び注文主から譲り受けたと主張する請負契約上の瑕疵担保責任に基づき,本件建物の設計及び工事監理(以下「施工監理」ともいう。)をした被告株式会社I(以下「被告I」という。)及び本件建物の売買を宅地建物取引業者(以下「宅建業者」という。)として売主の代理をした被告株式会社G(以下「被告G」という。)に対し,不法行為に基づき,本件建物の瑕疵修補費用及び瑕疵に伴う損害の賠償及びこれに対する遅延損害金を請求している事案である。
1 前提事実
(1) 当事者等
 ア 原告らは,平成2年5月23日,訴外Mから別紙1物件目録1記載の本件建物及び同目録2記載の土地(以下「本件土地」という。)を購入する契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,同日,本件建物について中間省略により所有権保存登記を,本件土地については所有権移転登記を経由した者である。なお,各不動産に対する持分割合は,原告Eが持分4分の3,原告Fが持分4分の1となっている(甲1,2,5,争いのない事実)。
 イ 被告Gは,土地建物の売買及び仲介並びに賃貸等を目的とする会社で,宅地建物取引業法に基づく宅建業者である(争いがない。)。
 ウ 被告Iは,建築設計及び企画並びに工事監理を目的とする会社である(争いがない。)。
 エ 被告Kは,土木建築業を目的とする大分県下でも大手の会社である(争いがない。)。
(2) 本件建物の概要
 本件建物は,本件土地上に建築された鉄筋コンクリート造陸屋根9階建の建物であり,9階建部分(以下「A棟」という。)と3階建部分(以下「B棟」という。)を接続した構造となっている。
 A棟は,1階がピロティ型の駐車場となっており,2階ないし9階が各階6戸の賃貸用居室で,各室にバス,トイレ,台所が設置されている。2階の居室は,A棟西側から順に201号室ないし207号室(204号室は欠番)と呼ばれており,3階以上も同様に室番号が付されている。各室の南側はベランダであり,北側に共用廊下がある。A棟西端にはエレベーターが設置されている。
 B棟は,1階が店舗用,2階が事務所用スペースとなっており,3階はやや広い賃貸用住居2戸(北側の308号室及び南側の309号室)となっている(甲1,2,9,13,鑑定人N(以下「N鑑定人」という。)作成の鑑定書(1回目),弁論の全趣旨)。
(3) 本件建物の建築及び譲渡の経緯等
ア Mは,昭和63年8月8日,本件土地を購入し,同年10月19日,被告Gを代理人として,被告Kとの間で本件建物を工事代金3億6100万円(ただし,後に560万円が加算された。)で建築する請負契約を締結した(以下「本件請負契約」という。)。本件請負契約は,昭和56年9月改正の四会連合協定工事請負契約約款(以下「本件請負契約約款」という。)に基づいて締結された(甲2,3,乙イ4,5,争いのない事実,弁論の全趣旨)。
イ 被告Gは,本件請負契約においてMの代理人となり,被告Iは,Mより設計及び工事監理の委託を受けた(乙イ5,争いのない事実)。
ウ 本件建物の建築中,Mが本件建物を売却することになり,被告Gは,Mから依頼を受けた代理業者として,本件土地及び本件建物を一棟売の賃貸物件として売却する旨住宅情報誌に広告を出し,これを見た原告Eは,被告Gに連絡を入れて,本件土地及び本件建物を購入する交渉を始め,平成2年2月ころ現地に行って竣工間際の本件建物を確認するなどして,本件土地及び本件建物の購入を決めた(甲30,被告G代表者,証人O(以下単に「O」という。),原告E)。
エ 同月末日,本件建物は竣工し,同年3月2日,被告Kは,Mに対して,本件建物を引渡し,Mの親族であるP及び被告Iの一級建築士Q立会のもと本件建物の工事完了検査が行われた(甲8,証人O)。
オ 同月26日,原告らは,Mの代理人被告Gとの間で,本件土地及び本件建物を購入する旨の「協定書」を交わして,売買予約契約(以下「本件売買予約契約」という。)を締結した(甲4)。
カ 同年4月25日,本件建物について,大分県別府土木事務所建築主事から検査済証が交付された(甲8)。
キ 同年5月23日,原告らは,Mの代理人被告Gとの間において,本件土地代金1億4999万1000円,本件建物代金4億0000万9000円,同消費税1200万0270円(以上合計5億6200万0270円)で,本件土地及び本件建物をMから購入する旨の本件売買契約を締結し,同日,本件土地及び本件建物並びに関係書類一切の引渡しを受けた(甲5,乙ロ1の1ないし13,乙ロ2,争いのない事実)。
ク 原告らは,本件建物が引渡された後も,しばらくは従来の住居であった大阪府池田市に居住していたが,平成6年2月1日から本件建物に居住し始めた(原告E)。
ケ 原告らは,平成6年6月ころ,被告Kに対し,本件建物に亀裂,水漏れ,排水管のつまり,火災報知器の配線不備等の瑕疵があることを指摘して,建て替えをするか,建物購入資金を返還するよう,申し入れをした(甲14,30,原告E)。
コ 平成8年7月2日,原告らは,被告らに対し,本訴を提起した。
サ なお,原告らは,その後本件売買契約の際などに資金の融資を受けた銀行への返済が困難となり,本件土地及び本件建物に設定されていた抵当権を実行され,平成14年6月17日,本件土地及び本件建物は競売により第三者に売却された(甲45ないし61)。
(4) 本件請負契約約款の内容
  本件請負契約約款23条1項ないし4項は,請負人の瑕疵担保責任について,以下のとおり規定している(甲3,乙イ4)。なお,下記甲は発注者,乙は請負者,丙は監理者を表し,「第22条(1)および(2)の引渡」とは工事完了後の監理者による検査合格後の引渡しを表す。
ア 契約の目的物に施工上の瑕疵があるときは,甲は,乙に対して,相当の期間を定めて,その瑕疵の修補を求め,または修補に代えもしくは修補とともに損害の賠償を求めることができる。ただし,瑕疵が重要でなく,かつ,その修補に過分の費用を要するときは,甲は修補を求めることができない(1項)。
イ 前項による瑕疵担保期間は,第22条(1)および(2)の引渡の日から,木造の建物については1年間,石造・金属造・コンクリート造およびこれらに類する建物,その他土地の工作物もしくは地盤については2年間とする。ただし,その瑕疵が乙の故意または重大な過失によって生じたものであるときは1年を5年とし,2年を10年とする(2項)。
ウ 建築設備の機器・室内装飾・家具などの瑕疵については,引渡の時,丙が検査してただちにその修補または取替を求めなければ,乙はその責を負わない。ただし,かくれた瑕疵については,引渡の日から1年間担保の責を負う(3項)。
エ 甲は,契約の目的物の引渡の時にアの瑕疵があることを知ったときは,遅滞なく書面をもってその旨を乙に通知しなければ,アの規定にかかわらず当該瑕疵の修補または損害賠償を求めることができない。ただし,乙がその瑕疵があることを知っていたときはこの限りでない(4項)。
(5) 本件売買予約契約及び本件売買契約の内容
ア 本件売買予約契約において交わされた「協定書」第7条には,原告ら側の希望により,特約条項として,「建物の修理,補修については甲(M)及び本物件施工の建設会社が責任をもって即応することを売買契約の条件とする。」旨規定された(甲4,原告E)。
イ 本件売買契約において交わされた「不動産売買契約証書」第10条「アフターサービス基準」の1項には,「甲(M)は本件建物のアフターサービス基準は,甲と株式会社Kとの間で昭和63年10月19日付締結の工事請負契約に添付された工事請負契約約款(本件請負契約約款)に基づき,行うものとする。」旨規定されている(甲5)。
2 争点
(1) 被告らの責任の根拠について
ア 被告Gの不法行為責任
(原告らの主張)
 被告Gは,宅建業者であり,本件売買契約において売主であるMの代理人であったから,同被告は,新築完成した建物の売買取引における誠実義務として,買主である原告らに瑕疵のない建物を取得させる注意義務がある。
 また,同被告は,被告Kとの本件請負契約において発注者であるMの代理人であり,かつ被告Iに対する設計及び監理の委託においてもMの代理人であったから,同被告は設計・監理者と工事施工者の両方に対して,設計から施工,監理に至る全ての過程について,注文者として適正な作業が行われるように注文や注意を喚起して,瑕疵のない建物が完成するように監督する権限を有していたところ,被告Gは,被告Iと資本を一部提携し,被告Iの代表取締役であるRが被告Gの取締役を兼任し,被告Iの一級建築士Q及びSも被告Gの社員として業務に携わっていた。そして,両者は,通常建物の企画から完成,販売まで協力して行い,本件建物についてもそのようにされたものであるから,被告Gは,本件建物の設計から施工,監理に至る全ての過程において,設計及び施工作業の内容や監督状況を知り又は知り得る立場にあった。
被告Gは,被告Gの代表取締役H及び取締役R並びに使用していたQ及びSらが,前記注意義務に基づいて適正に権限を行使しなかった過失によって,本件建物に後記の瑕疵・欠陥を生じさせ,そのような瑕疵ある建物を原告らに取得させたものであるから,民法44条,715条により,原告らが蒙った損害を賠償する責任がある。
(被告Gの主張)
宅建業者は,一般に建築に関する専門的知識を有するものではなく,それが要求されるものでもないから,本件建物のように建築基準法に適合したものとして建築確認を受けた設計に基づいて建築され,大分県内で有数の建築業者によって施工され,竣工後建築主事により,建築基準法に適合するものとして検査済証を受けている建物の売買を仲介した場合については,原則として責任を負わないというべきである。
そして,原告らにおいて,被告Gが本件建物の設計,施工において瑕疵があることを知り,又は容易に知り得たことを具体的に立証しない限り被告Gは責任を負わないというべきであり,被告Gが本件請負契約並びに設計及び監理の委託契約におけるMの代理人であったことをもって,設計や施工・監理に至る全ての過程について,注文者として適正な作業が行われるように注意を喚起して,瑕疵のない建物が完成するように監督する権限を有していたなどということはできず,遠方に居住する当事者の契約締結の代理をしただけの被告Gに上記責任が生ずるとする法的根拠はない。
また,被告Gと被告Iとは別法人であって互いに持株関係はなく,会社の目的も異なり,経理も完全に分離していて,法人格を濫用しているような場合でもないのに,業務に関連があったり,役員の一部共通などの事情だけで,宅建業者である被告Gが設計,施工,監理の状況を知り得たとする原告の主張は,全く根拠がない。
さらに,被告Gの代表取締役であるH,取締役であるR,従業員Q及び同Sの具体的注意義務違反について全く主張・立証されておらず,民法44条1項,715条による責任は認められない。仮にR,Q,Sらに設計,監理に関して注意義務違反があったとしても,別法人である被告Gの責任が認められることにはならない。
イ 被告Kの瑕疵担保責任
(原告らの主張)
本件請負契約は,Mと被告Kとの間に締結されたものであるが,原告らは,本件売買契約によりMから本件建物の所有権を取得すると同時に注文主たる地位も譲り受け,被告Kはこれを承諾した。
 なお,本件売買契約の代金の一部がMを経由して被告Kに支払われることによって本件請負契約の報酬が完済された本件において,注文主たる地位の譲渡として実質的に意味があるのは瑕疵担保責任履行請求権のみであり,その譲渡は一般の債権譲渡に準じて債務者の同意は不要であると解することができる。
本件売買予約契約においては,前記前提事実(5)ア記載の事項が,本件売買契約においては,前記前提事実(5)イ記載の事項が定められていたから,これらの約定によって,少なくとも,本件請負契約上の瑕疵担保責任履行請求権は,Mから原告らに譲渡された。
 したがって,原告らは,被告Kに対して,本件建物の瑕疵について直接民法634条の瑕疵担保責任による損害賠償請求をすることができる。
(被告Kの主張)
 原告らは,Mから,本件請負契約の注文者たる地位の譲渡を受けたと主張するが,その証拠は全くない。本件売買予約契約書と本件売買契約書には注文者たる地位の譲渡の文言はなく,原告らが本件請負契約の当事者になるという文言もない。前記前提事実(5)ア及びイの約定は,Mが被告Kに修理・補修させるというもので,被告Kに対する瑕疵担保責任履行請求権を原告らに譲渡するとの文言はないし,趣旨としてもそう解されるべくもない。請負代金も,被告KはMから受領している。被告Gは,Mとの間の本件売買契約を仲介及び代理しているが,契約上の地位の譲渡という認識を全く持っていなかった。被告Kは本件売買契約において一切異議を出していないが,当事者でない請負業者が異議を申し立てる立場にない。補修については,Mが売主として補修を求めてきた場合に,それに理由があればアフターサービスとして対応するのが当然なので異議を出さなかっただけのことであり,異議を出さなかったことをもって注文者の地位の譲渡に同意したとの主張は論理の飛躍である。本件売買契約における特約事項等について被告Kは知らされていない。
ウ 瑕疵担保責任の除斥期間
(被告Kの主張)
本件請負契約約款23条は,瑕疵担保責任の除斥期間について,前提事実(4)記載のとおり規定している。
 そうすると,同条2項においては,契約の目的物の瑕疵担保責任期間は,コンクリート造の建物については引渡しの日から2年間となっており,本件訴訟は明らかにその期間を過ぎている。この期間は,故意又は重過失によって生じた瑕疵については,この期間を10年とするとなっているが,故意または重過失の証明はされていない。
 請負契約における担保責任が短い理由は,長期間を経ると経年変化により瑕疵の判定が困難となるからと説明されているが,本件はまさにその例である。
(原告らの主張)
 被告Kは,大分県下の建設業者としてトップクラスの規模,業績を誇る企業であるから,相応の技術,経験,知識を有して
いる。本件建物の瑕疵は,いずれも建設業者として特別な注意を払わなくても,当然知り又は有すべき初歩的,基本的な法令の知識や技術の適用を怠ったために生じたものである。よって重大な過失というべきである。
 仮に瑕疵が重大な過失によらないものがあるとしても,本件売買契約の交渉過程において,除斥期間の短縮は全く原告らに説明されていないので,除斥期間の短縮について明確な合意は成立していないというべきであり,民法の原則どおり,鉄筋コンクリート造の本件建物については,引渡後10年の除斥期間が適用されるべきである。
エ 被告Kの不法行為責任
 (原告らの主張)
被告Kは,建設業者として「施工技術の確保に努めなければならない」義務があり(建設業法25条の25第1項),社員Oを現場に常駐させて主任技術者(同法26条1項)の職務を担当させたが,主任技術者は,工事を適正に実施するため,施工計画の作成,工程管理,品質管理,その他の技術上の管理及び工事の施工に従事する者の技術上の指導監督の職務を誠実に行わなければならない(同法26条の3第1項)とされており,建設業者及び主任技術者は,設計図書及び建築基準法令並びに公認された技術水準を守るべき義務を有している。
 そして,建築基準法令が,建築物に関する最低の基準を定めて国民の生命・財産を保護して公共の福祉を増進することを目的にしていることに鑑みれば,現代社会における建物は商品として建築・作出され,注文者の以後にも転々譲渡されることがあるから,上記建設業者及び主任技術者の義務は,一般国民に対しても負っていると言うべきである。
 本件建物の瑕疵,欠陥は,被告K及びOの上記注意義務に違反する故意又は過失により生じたものであるから,被告Kは,民法709条及び715条により,第三者である原告らがそれらの瑕疵,欠陥によって蒙った一切の損害を賠償する責任がある。
(被告Kの主張)
 原告らは,被告Kが原告らに対して直接の不法行為責任を負うと主張しているが,被告Kがどの建築基準法令にどのよう
に違反したというのか具体的主張はなく,その不法行為の要件のいずれについても証明されていない。
 被告Kは,建築確認申請時から完成検査時まで,被告Iの監督の下に,監督官庁の検査に合格すべく施工しており,違法性はない。
 そもそも,注文主から売買によって取得した第三者に対し,施工業者が不法行為責任を負うという理論は,不法行為責任の法理を無限定にし,本来担保責任等の契約責任で処理されている領域に不法行為責任を持ち込むことになり,契約責任法理を無にすることになるから,上記第三者が不法行為責任を追及することは許されない。
オ 被告Iの不法行為責任
(原告らの主張)
 被告Iは,Mから本件建物の設計及び工事監理の委託を受け,その業務遂行のため,社員で一級建築士であるSを本件建築の設計者及び工事監理者に任命して建築確認申請をし,同じく社員で一級建築士であるQに具体的な現場の工事監理を担当させたものであるところ,同人らは,建築士法18条1項,2項に定める誠実義務,設計の法令適合義務並びに工事監理の注意喚起義務に違反して本件建物に後記の瑕疵,欠陥を生じさせたものである。よって,被告Iは,民法715条により,原告らが被った損害を賠償する責任がある。
(被告Iの主張)
被告Iは,本件建物についてMの委託に基づき事業計画を立て,設計プランを立てたが,施工図は被告Kが作成したものである。また,被告Iは,Sを工事監理者として建築確認申請を行い,建築基準法に適合したものとして建築確認を受けているのであるから,設計に瑕疵があることの立証責任は原告らにあるというべきところ,原告らは設計のどの部分が具体的に建築基準法令のどの規定に違反しているか明示していないか,いくつかの可能性が掲げられているにすぎないものがほとんどであって,設計に瑕疵があることの主張・立証があったとはいえない。
 被告Iは,Mの委託に基づき本件建物の監理者となったが,事務所所在地が東京都であり,工事現場が大分県別府市であるという距離的制約から,監理の程度も自ずと制約を受け,そのことはM自身が認識し,承諾していたことである。そのような制約の中でも,被告Iはベストを尽くすべく重要な施工に当たっては現場を訪れてKの工事施工状況を監理し,竣工時にも本件建物検査を実施しているのであって,Mとの関係で監理者としての責任を尽くしている。したがって,被告IはMに対して注意義務違反の責任を負うことはないのであるから,Mから本件建物を買い受けた原告らに対して責任を負うこと
になる法的根拠は存在しない。上記のような契約上特別な事情がある場合について,建物の買受人に対して被告Iが施工の瑕疵全般について監理責任を問われることは,一種の無過失責任を認める結果になる。
カ 不法行為責任の消滅時効
(被告らの主張)
 本件建物が竣工し,検査済証が交付されたのは,平成2年4月25日であり,本件売買契約が締結され,本件建物及び関係書類一切が原告らに引き渡されたのが同年5月23日であるから,遅くとも,同日から3年を経過した平成5年5月23日の経過をもって原告らの損害賠償請求権は時効消滅している。
 仮にそうでないとしても,原告Eは平成2年8月には,多数のひび割れが本件建物に入っていることを知ってKのOに連絡しているので,このときに原告らの主張する最も重大な瑕疵を認識し,被告Kに責任があるとして連絡したことになるから,原告らはこの時点で「損害及び加害者」を知ったものと認められる。
 また,平成6年の瑕疵修補請求書によれば,現在も原告らが指摘している多数の「欠陥」について,原告らが平成5年5月までに認識していたことが認められるので,どんなに遅くても,平成5年5月から3年を経過した平成8年5月には不法行為の消滅時効は完成していたと認められるので,被告らはこれを援用する。
 原告らは平成6年6月ころを時効の起算点と主張するが,補修請求の時期のような当事者の都合によって左右される時期を時効の起算点とすることは法的明確性を欠く不当な主張であり,原告らが指摘している多数の欠陥を原告らが認識したと客観的に認められる時期を時効の起算点と判断すべきである。
(原告らの主張)
 原告らは,平成6年6月ころ,書面をもって被告Kに対して,当時までに判明していた各階の亀裂,漏水その他の瑕疵について補修の請求をなしたが,原告らは,このころ本件建物に瑕疵があることを知ったものである。
建物の瑕疵を原因とする不法行為による損害賠償請求において「損害を知る」とは,当該欠陥が建物の安全性や機能などを損傷して財産上の被害を生ずる瑕疵に該当することを知ることを意味するところ,建築の専門家でない原告らは,平成2年8月ころに発見した亀裂については,Oの説明を信じてさして被害発生の心配がいらない不具合程度の認識しか有していなかったものである。
また,「加害者を知る」とは,その瑕疵が施工者又は関係業者の何らかの違法な行為によって生じたものであることを知ることを意味するところ,当時の原告らは,誰のどのような不注意によってそのような不具合が生じたのか知る由もなかった。
 民法が「知る」という主観的な認識によって消滅時効の起算点を定めているのであるから,原告らが網羅的かつ具体的に欠陥を認識して施工者に補修を請求した時点をもって起算点とすべきであり,平成2年8月当時を消滅時効の起算点とする抗弁は的はずれである。
(2) 本件建物の瑕疵の有無及びその原因並びに各瑕疵に対する被告らの責任
ア 本件建物のひび割れ等の瑕疵について
(ア) A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と平行したひび割れ
(原告らの主張)
a A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの床スラブには,廊下の壁際で壁に平行したひび割れ(巾0.2㎜から0.45㎜)が散在している。その多くが0.3㎜を超えており,日本建築学会「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説」(昭和63年版,甲37。以下「構造計算規準解説」という。)の鉄筋の許容応力度から見ても,構造耐力上の問題があり,雨水の浸入をきたすなど建物の耐久性も低下させる明白な瑕疵である。
b 原因は,荷重による曲げモーメントを主要因とする。それは支柱取り外し時期が早すぎたことや,上端筋の下がりによる
支持力不足によって部材(スラブ)が荷重によって下がったために生じたひび割れである。
 その主原因と法令違反は以下のとおりである。
(a) 型枠及び支柱の早期除去については,建築基準法施行令第76条に違反している。
(b) 上端筋の下がり(かぶり厚さが大きい)については,建築基準法施行令第82条に違反している。
(c) 過荷重については,施工中の荷重によるものなので,想定以上の荷重が掛かる場合は,支柱を除去せずに下階の床に荷重を分散するなどして,過荷重とならないように配慮する必要がある。支柱の早期除去が問題であるので,建築基準法施行令第76条に違反している。
c 各被告の責任は,被告Kは瑕疵担保責任及び不法行為責任。被告Gは注文者の代理人として施工監督義務違反及び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは建築士の施工監理義務違反による不法行為責任。
 (被告Kの主張)
 ひび割れについて(特にその幅について)の具体的な基準法令はない。その場合,ひび割れが瑕疵であるか否かは実質的な面から判断せざるを得ないが,ひび割れは常に発生することから,全てのひび割れを瑕疵と認定することはできない。結局,機能的に害悪を発生する可能性のあるひび割れを瑕疵と考える他ないが,本件建物のひび割れは直ちに害悪を発生するというものではないから,瑕疵に該当しない。
 また,原告らは,現在における理想的なマンションを基準として瑕疵の主張をしているが,本件建物は平成2年に中程度以下のマンションとして建てられた低価格のものであって,標準仕様かそれ以下の設計・施工で,建築基準法等の具体的法令を遵守するだけで建築されているものである(以上は,原告らの主張するひび割れの瑕疵全体に対する反論である。)。
 型枠及び支柱の早期除去については,そのようなことはあり得べくもなく何ら立証されていない。上端筋の下がりについては,かぶり厚さが厚すぎることに対する法的な規定はなく,鉄筋の応力も許容応力度内にあり,施工誤差の範囲内であり,若干の瑕疵があるとしても,不法行為責任を問われるほどの違法性はない。過荷重については何ら立証されていない。
(被告G及び被告Iの主張)
 鑑定人T(以下「T鑑定人」という。)作成の鑑定書及びT鑑定人作成の各訴訟代理人の質問に対する回答書(3通)(併せて,以下「T鑑定」という。)では,3つの原因が考えられるとしているが,そのいずれが原因であるかは特定されておらず,責任を特定することはできないという結論である。型枠及び支柱の早期除去は証明されていないし,T鑑定では,かぶり厚さについて,若干の瑕疵があるとの表現にとどめているのであり,このような鑑定の結論から瑕疵を主張することはできない。
 0.3㎜を超えたひび割れがあるから瑕疵であるとは断定できないし,ひび割れの位置や特性から構造上の欠陥が原因であるか否かといった検討もなされてない。
(イ) A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と直交したひび割れ
(原告らの主張)
a A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの床スラブには,建物の長手方向に直交したひび割れの発生が顕著であり,幅0.2㎜から0.35㎜のひび割れが廊下やバルコニーを分断するように散在している。雨水が容易に浸透する状況にあり,コンクリート中の鉄筋が腐食する可能性が高い。これらは,耐久性を脅かすひび割れであり,建築基準法20条違反及び建物が通常有すべき性能を脅かす意味で瑕疵に該当する。
b 原因は,主としてコンクリートの乾燥収縮によるひび割れであるが,乾燥収縮によりひび割れが発生することは常識で分かっていることである。そのため業界では長年の経験をもとにひび割れの防止策が研究,開発されており,その成果として日本建築学会発行の「鉄筋コンクリート造のひび割れ対策(設計・施工)指針・同解説」(甲38,以下「ひび割れ対策指針」という。)があり,ひび割れパターンを設計・施工上の原因ごとに分類し,またその対策方法を解説している。そこでは設計上の対策として,次のことなどを提案している。
(a) 一般事項として構造計画に当たって誘発目地を活用するなど積極的な対策を講ずること
(b) 最大ひび割れ巾制御の目標値は0.3㎜を超えないようにすること
(c) スラブについては1枚の面積が25㎡程度以内にすることが望ましい
(d) 誘発目地の間隔は,3メートル程度以下とすることが望ましい
したがって本件建物のような多数かつ大きなひび割れは,設計上の配慮によって防止することができるのが現在の技術水準である。しかるに,設計者は,30メートルの長さのある1枚のスラブに何ら対策も行わずに,設計し,施工を許したことが結果発生の原因である。鑑定人U(以下「U鑑定人」という。)は,誘発目地を入れる実例は5割くらいというが,建築基準法令及び技術規準を守らない業者の例をもっては正当化の根拠になりえない。
c 各被告の責任は,被告Kは瑕疵担保責任。被告Gは注文者の代理人として設計監督義務違反及び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは建築士の設計・施工監理義務違反による不法行為責任。
(被告Kの主張)
ひび割れ対策指針はひび割れ幅が0.3㎜を超えないことを努力目標値としているが,0.3㎜を瑕疵の基準とは考えていない。
また,最大ひび割れ幅は0.3㎜程度に制御されると解説されるに至ったのは平成11年になってからであり,本件建物建築当時の平成2年にはそのような規準はなかった(以上は,原告らの主張するひび割れの瑕疵全体に対する反論である。)。
(被告G及び被告Iの主張)
 U鑑定人作成の「別府タワービル」の鑑定調査報告書及びU鑑定人に対する鑑定人尋問の結果(併せて,以下「U鑑定」という。)は,廊下及びバルコニーの床スラブが連続する約30メートルの長さであるにもかかわらず,ひび割れ誘発目地などコンクリートの伸縮対策が講じられていないことについて,「設計上の配慮が欠けている」とするのみで,設計に建築基準法令の違反があったとは述べていない。ひび割れ誘発目地を造るという施工は,平成13年当時でも半数程度の建物でしか行われていないから,平成2年当時では,目標に過ぎなかったというべきであり,それを行っていないことが直ちに瑕
疵ということはできない。
 ひび割れの幅によって瑕疵を断定することはできないし,ひび割れの位置や特性などから構造上の欠陥が原因であるか否かの検討もされていない。
(ウ) A棟1階駐車場ピロティ梁のひび割れ
(原告らの主張)
a 梁の外側のみならず,内側,底部分に0.2㎜から0.3㎜の多数のひび割れがある。雨水の浸透などによる耐久性を低下させるおそれがあるから補修すべき瑕疵である。
b 原因は主としてコンクリートの乾燥収縮によるひび割れであるが,曲げモーメントによるひび割れが多いから,施工の瑕疵を推認させる。
「ひび割れ対策指針」の「5章施工における対策」では,コンクリートの打ち込みから養生まで細部にわたる注意事項が挙げられている。これらの注意事項を守っていれば,ひび割れの発生を最小限に防止することができるのが現在の技術水準である。したがって,被告が工事記録を提出しないので直接の不順守項目は明らかでないが,公認の技術規準に反する
施工上の不注意及び建築士の施工監理の不注意によってひび割れを防止できなかったことを推認させる。
c 各被告の責任は,被告Kの瑕疵担保責任及び不法行為責任。被告Gは注文者の代理人として施工監督義務違反及び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは建築士の施工監理義務違反による不法行為責任。
(被告Kの主張)
 乾燥収縮ひび割れは必然的に発生するもので,瑕疵には該当しない。被告Kは瑕疵担保期間を過ぎた2年目以後も補修箇所があれば調査補修を実施しており,建物管理会社及び入居者とのトラブルは原告らが入居する平成6年2月1日まではなく,建物は健全に維持されていた。原告らが建物を維持するためにメンテナンスを実施した形跡が見当たらない。
(被告G及び被告Iの主張)
 ひび割れ幅によって瑕疵を断定することはできないし,ひび割れの位置や特性などから構造上の欠陥が原因であるか否かといった検討もなされていない。
 被告Kが,「ひび割れ対策指針」を遵守していなかったか否かについて何らの立証もされていない。
(エ) A棟1階駐車場ピロティ壁のひび割れ
(原告らの主張)
a 幅0.2㎜以上の幅のひび割れが多数発生している。梁の場合と同じく雨水の浸透などによる耐久性を低下させるおそれがある瑕疵である。
b 原因はコンクリートの乾燥収縮によるひび割れであるが,これも,「ひび割れ対策指針」の施工におけるひび割れ防止対策を守っていない疑いがある。公認の技術規準に反する施工上の不注意及び建築士の施工監理の不注意を推認させる。
c 責任は被告Kの瑕疵担保責任及び不法行為責任。被告Gは注文者の代理人として施工監督義務違反及び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは建築士の施工監理義務違反による不法行為責任。
(被告らの主張)
 A棟1階駐車場ピロティの梁のひび割れに関する主張と同じ。
(オ) A棟居室床スラブのひび割れ及び床スラブのたわみ
(原告らの主張)
a 906,903,201号室に多数かつ床を横断する長大なひび割れが発生している。最大ひび割れ幅が0.5㎜を超えるひび割れもある。戸境壁下張り端部のひび割れは荷重によるもので,その他は乾燥収縮によるものである。201号室は,住宅の品質確保の促進等に関する法律70条に基づいて定められた技術的基準(平成12年建設省告示第1653号)(以下「参考技術基準」という。)の不具合事象レベル3を越え,その他はレベル1ないし2に該当する。「構造計算規準解説」の鉄筋の許容応力度から見ても,構造耐力上の問題があり,建物の耐久性を低下させている瑕疵である。
 たわみは903号室,906号室のたわみ測定結果では,約30㎜のたわみ量であり,1/160~1/170の勾配である。1/250の長期たわみ量をかなりオーバーし,参考技術基準の不具合事象レベル2に属する。「構造計算規準解説」では,構造性能だけでなく床振動など使用性能を満たすため,床スラブの長期たわみ量の実態と苦情との関係についての調査結果に基づき,長期たわみ量をスラブの短辺有効長さの1/250に抑えるよう規定しており,許容たわみ量を20㎜以下とするのが良いと明記されている。
 スラブ厚さの設計との施工誤差に関しても,-5㎜よりもさらに薄い厚さのスラブも測定されている。「日本建築学会建築工事標準仕様書 JASS5 鉄筋コンクリート工事」(甲100,以下「建築工事標準仕様書」という。)に示されている許容値は,-5㎜から+20㎜の範囲内であり,これらの規定にも適合していない。
また,かぶり厚さが通常30㎜のところ平均65㎜もあり,実際のスラブの計算結果からも鉄筋量が不足し,建築基準法施行令82条に違反しており,同施行令36条に違反している(T鑑定)。
以上いずれも建築基準法令及び公認の技術規準に反する明白な瑕疵であり,全室に存在すると推定される。
b 原因は,水を撒きすぎた,支柱を早く除去した,上端筋の下がりなど,技術基準違反,建築基準法施行令76条違反によるほか,設計上も25㎡を超える大きな床を設けるにしては床の厚さ,配筋上の配慮が不足している。このような施工を見逃した建築士の施工監理上の不注意も原因である。
c 各被告の責任は,被告Kの瑕疵担保責任及び不法行為責任。被告Gは注文者の代理人として施工監督義務違反及び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは建築士の設計及び施工監理義務違反による不法行為責任。
(被告Kの主張)
床レベル測定でたわみと判断しているが,コンクリート打設の精度の問題であって,許容範囲内にあり瑕疵には該当しない。
スラブ1枚の面積が25㎡程度以内とすることが望ましいというのはあくまで理想であり,この面積以上のスラブが法令違反となることはないし,構造計算上も問題はない。
 許容たわみ量を20㎜以下とするのがよいとしても,これも目標値であり,約30㎜のたわみが直ちに違法となるものではなく,構造計算上も問題は発生しない。
(被告G及び被告Iの主張)
 U鑑定は,スラブに比較的大きなたわみが認められることから「設計及び施工上の不具合に起因する可能性も高い。」とはしているが,原因の特定には詳細な調査が必要であるとしており,結論を出していない。
T鑑定では,新たに詳細な科学的分析を行うことなく,単に床の傾斜レベルだけを根拠に施工に瑕疵があると判断し,設計にも配筋上の配慮が不足しているなどとしているが,具体性がない。T鑑定人は,補充鑑定(同鑑定人に対する原告らの質問に対する回答書)では設計については瑕疵があると断定できない旨回答しているので設計の瑕疵は認められない。スラブ厚やかぶり厚さの問題について,T鑑定人は,測定箇所が少ないので全体的に建築基準法施行令82条に違反しているとは断定できないと述べている。
 ひび割れの幅や長さによって瑕疵を断定することはできないし,ひび割れの位置や特性などから,構造上の欠陥が原因であるか否かといった検討もされていない。
参考技術基準は欠陥の存在を確定する基準ではないし,構造上の欠陥が原因となっていることを明らかにするものでもない。
(カ) A棟居室内の戸境壁のひび割れ
(原告らの主張)
a A棟居室内の戸境壁のうち,特に9階の戸境壁には0.1㎜から0.6㎜のひび割れが多く認められ,8階以下にも若干のひび割れが認められる。外壁部分には漏水,遮音にも関係する0.6㎜から0.8㎜に達する幅の貫通ひび割れも発生している。
これらのひび割れは,参考技術基準のレベル3に該当し,構造耐力上瑕疵が存する可能性が高い。「ひび割れ対策指針」が定めるひび割れ抑制巾0.3㎜を超えている。また貫通ひび割れにより,建築基準法施行令22条の2(長屋又は共同住宅の界壁の遮音構造)の2の三に示されている,隣戸の音の透過損失を満足することは困難である。よって建築基準法令及び技術規準に反する瑕疵である。
b 原因はコンクリートの乾燥収縮及び温度伸縮によるひび割れであるが,これらも,「ひび割れ対策指針」に定める施工におけるひび割れ対策を守っていないことが発生を防ぎ得なかった原因であると推定される。
c 責任は被告Kの瑕疵担保責任及び不法行為責任。被告Gは注文者の代理人として施工監督義務違反及び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは建築士の施工監理義務違反による不法行為責任。
(被告Kの主張)
 T鑑定が結論で「ひび割れの主要因は収縮によるものであり,9階の八字型ひび割れの主要因は温度応力によるものであるが,いずれも荷重及び外力によるものではない」と述べているのは,コンクリート特有の性質上の問題であり,瑕疵には該当しないという意味である。
(被告G及び被告Iの主張)
 ひび割れの幅によって瑕疵を断定することはできないし,ひび割れの位置や特性などから,構造上の欠陥であるかどうかの検討もされていない。
 隣家の音の透過損失については具体的証拠が示されていない。
 本件建物において,具体的に「ひび割れ対策指針」に定める対策が行われていなかったか否かについて立証されてい
ない。
(キ) A棟外壁(廊下手摺り)のひび割れ
(原告らの主張)
a A棟外壁廊下の手摺りには多数のひび割れがある。錆汁などが流出し,貫通ひび割れも多い。目視でも巾0.3㎜以上のものがあり,雨水の浸透などによる耐久性を低下させるおそれがあるから補修すべき瑕疵である。
b 原因はコンクリートの乾燥収縮によるひび割れであるが,これも,30メートルもの長さのある手摺りに,何ら対策も行わに,設計(設計管理を含む。)し,施工をさせたことは,「ひび割れ対策指針」の設計におけるひび割れ対策を守っていないことが原因である。
c 各被告の責任は,被告Kは瑕疵担保責任。被告Gは注文者の代理人として設計監督義務違反及び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは建築士の設計における設計管理義務違反による不法行為責任。
(被告G及び被告Iの主張)
 私的鑑定もされておらず,ひび割れについて具体的な測定結果が示されていない。
 本件建物において具体的に「ひび割れ対策指針」に定める対策が行われていなかったか否かについて立証されていない。
(ク) A棟外壁(外壁北面及び南面)のひび割れ
(原告らの主張)
a A棟外壁北面及び南面に多数のひび割れがある。開口部角部の斜めひび割れも多い。漏水にも関係する貫通ひび割れも発生している。雨水の直接かかる箇所であるから,浸透して鉄筋を腐食させるおそれがあり,建物の耐久性を低下させる瑕疵である。
b 原因はコンクリートの乾燥収縮によるひび割れであるが,これも,設計に当たって何ら対策も行わず「ひび割れ対策指針」のひび割れ対策を守っていないことも,防止できなかった原因である。
c 各被告の責任は,被告Kは瑕疵担保責任。被告Gは注文者の代理人として設計監督義務違反及び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは設計における建築士の設計管理義務違反による不法行為責任。
(被告G及び被告Iの主張)
 単にひび割れが存在するということのみで瑕疵を断定することはできないし,ひび割れの位置や特性などから構造上の欠陥が原因であるといえるかの検討もされていない。
 本件建物において,具体的に「ひび割れ対策指針」が定める対策が行われていなかったか否かについて立証されていない。
(ケ) A棟屋上の塔屋庇の鉄筋露出
(原告らの主張)
a 鉄筋が露出し腐食している部分は,かぶり厚さが不足している。これは,建築基準法施行令79条の3に違反している施工上の瑕疵である。
b 各被告の責任は,被告Kは瑕疵担保責任及び不法行為責任。被告Gは注文者の代理人として施工監督義務違反及び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは建築士の施工監理義務違反による不法行為責任。
(被告G及び被告Iの主張)
塔屋の庇にすぎず,建物の構造と何ら関係のない部分であって,コンクリート部分がはく落したのを補修すれば済むものである。
(コ) B棟居室床のひび割れ
(原告らの主張)
a B棟居室床に多数の大きなひび割れが認められる。しかも,1㎜を超えるひび割れも多数発生しており,大きなひび割
れは壁際の端部に集中している。「構造計算規準解説」の鉄筋の許容応力度から見ても,構造耐力上の問題があり,建物の耐久性を低下させる瑕疵である。
b 原因は,発生場所と「ひび割れ対策指針」のひび割れパターンから見ても,明らかに荷重によるひび割れ及び乾燥収縮によるひび割れである。A棟居室内の床と同様に水の撒きすぎ,支柱取り外しが早すぎ,過荷重などの施工の不良が推測される。これも,施工に当たって「ひび割れ対策指針」のひび割れ対策を守っていないことが防止できなかった原因である。また,施工を見逃した施工監理上の不注意も原因である。
c 責任は,被告Kは瑕疵担保責任及び不法行為責任。被告Gは注文者の代理人として施工監督義務違反及び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは建築士の施工監理義務違反による不法行為責任。
(被告G及び被告Iの主張)
 ひび割れの幅や長さによって瑕疵を断定することはできないし,ひび割れの位置や特性などから,構造上の欠陥が原因
であるといえるかについては,構造上の欠陥を明らかにするに至っていない。
 本件建物において,具体的に「ひび割れ対策指針」が定める対策が行われていなかったか否かについて立証されていない。
(サ) B棟居室内の壁のひび割れ
(原告らの主張)
a B棟居室内の壁にひび割れが認められる。
b 原因はコンクリートの乾燥収縮によるひび割れであるが,これも,「ひび割れ対策指針」の施工におけるひび割れ対策を守っていないことも防止できなかった原因であると推定される。
c 各被告の責任は,被告Kは瑕疵担保責任及び不法行為責任。被告Gは注文者の代理人として設計監督義務違反及
び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは施工における建築士の施工監理義務違反による不法行為責任。
(被告G及び被告Iの主張)
私的鑑定もされておらず,ひび割れについて具体的な測定結果が示されていない。
 本件建物において,具体的に「ひび割れ対策指針」が定める対策が行われていなかったか否かについて立証されていない。
(シ) B棟外壁東面及び南面のひび割れ
(原告らの主張)
a 多数のひび割れがB棟外壁東面及び南面に認められる。開口部周辺のひび割れも多数発生しており,漏水もしている。建物の耐久性を低下させる瑕疵である。
b 原因はコンクリートの乾燥収縮によるひび割れであるが,これも,設計及び施工において「ひび割れ対策指針」のひび割れ対策を守っていないことも防止できなかった原因である。
c 各被告の責任は,被告Kは瑕疵担保責任及び不法行為責任。被告Gは注文者の代理人として設計監督義務違反及び宅建業者として完全物販売義務違反による不法行為責任。被告Iは設計における建築士の設計管理義務違反及び施
工監理義務違反による不法行為責任。
(被告G及び被告Iの主張)
 B棟についてひび割れの具体的な測定結果は存在せず,漏水の事実も立証されていない。
 本件建物において,具体的に「ひび割れ対策指針」が定める対策が行われていなかったか否かについて立証されていない。
イ 本件建物のひび割れ以外の瑕疵(以下「設備関係の瑕疵」という。)の概要・原因及び瑕疵が設計に起因するものか施工に起因するものか並びに補修方法に関する当事者の主張は,別紙2「設備関係の瑕疵に関する主張一覧表」記載のとおりである。
なお,N鑑定人作成の鑑定書(1回目,2回目)及びN鑑定人に対する鑑定人尋問の結果を,以下,併せて「N鑑定」という。
(3) 損害
(原告らの主張)
 本件建物の瑕疵により,原告らは,次のとおり合計6億1696万4100円の損害を蒙ったので,同内金5億円及び弁護士費用2500万円を本件建物の各共有持分割合に応じて請求する。なお,遅延損害金の起算日については,原告らが平成6年6月ころに被告Kに対して瑕疵修補請求したことから,同年7月1日として請求する。
ア 瑕疵の補修費用
 (ア) ひび割れ等の補修費用
金2億2513万7489円
 別紙3「ひび割れ補修・補強費用請求額一覧表」記載のとおり。なお,補修費用の算定時期は,平成6年6月に原告らが本件建物の瑕疵について補修を請求したので,平成6年を基準とする。
(イ) 設備関係の補修費用
金4078万1597円
別紙4「設備関係の瑕疵補修費用請求額一覧表」記載のとおり。なお,補修費用の算定時期については(ア)に同じ。
イ 営業損害
 (ア) 平成14年6月分までの家賃収入喪失による損害
 金1億1651万7254円
本件建物は,原告らが不動産賃貸業を営む目的で取得したものであり,そのことは被告らも知っていた。しかし,本件建物が完成した当初には賃借人が全室入居していたのに,その後は前記多数の瑕疵のために入居者が退去したり新しい入居者が契約に至らないなどして次第に入居率が低下し,家賃収入が減少した。
平成6年1月分から平成14年6月分までの間,経済変動を考慮した不動産賃貸業における平常入居率を80パーセントとし,平成6年当時の満室時の年間家賃収入4376万2200円(別紙5-1「1年間の家賃収入」参照)の80パーセントを瑕疵がない場合の得べかりし家賃収入として,原告らの確定申告による実際の収入を差し引いた金額は,別紙5-2「減少家賃損害」記載のとおりであるから,これを得べかりし家賃収入の喪失による損害として請求する。
(イ) 将来の逸失利益
金2億1908万7000円
本件建物の法定耐用年数は47年である。そうすると,原告らは,平成14年6月,競落により所有権を喪失したが,本件建物の瑕疵及び同瑕疵による家賃収入の低下がなければ,所有権を保持して将来残り35年間にわたり,賃貸業の純利益に相当する収入を得たはずであり,この将来の逸失利益も,瑕疵の存在と相当因果関係のある損害に該当する。
 上記逸失利益に該当する年間収入は,別紙5-3「純利益計算表」記載のとおり,平成6年当時の満室時の年間家賃収入の80パーセントに当たる3500万9760円から,本件建物に係る平成6年から平成13年の間の年間経費平均額2400万6129円を控除した残金約1100万円となるから,35年間の中間利息を年5パーセントとして新ホフマン式(係数19.917)により控除して計算した2億1908万7000円を本件建物喪失による逸失利益として請求する。
 なお,この将来の逸失利益の損害は,本件建物を失ったことによる損害であり,瑕疵補修費用の損害とは性質を異にするから,補修費用の賠償によって補填されることにはならない。また,将来の予測であるから,仮に確実な証拠に基づく損害額が算定できない場合には,民訴法248条によって相当な損害を認定すべきである。
ウ 調査費用
金344万0760円
本件建物の瑕疵その原因を被告らに損害賠償請求するには,専門家による調査が不可欠であった。したがって,提訴の準備として専門家(V及びW一級建築士)に依頼した調査費用も損害に該当するが,その額は合計344万0760円である。
エ 引越費用
金200万円
本件建物の瑕疵が原因で債務不履行に陥り,競売によって本件建物が第三者に競落され,本件建物から退去しなくてはならなくなったが,その引越費用及び現在居住しているのと同程度の広さの部屋を借りるのに必要な賃借料の出費は200万円が相当である。
オ 慰謝料
金1000万円
原告らは,これまで瑕疵による入居者からの苦情処理,停電・漏電などの修理の対応を余儀なくされ,裁判になってからは調査や弁護士その他専門家との打ち合わせ,建築学の勉強などに労力をさかれ,心身の苦痛を被ったほか,家賃収入の減少によって建物購入資金の返済ができなくなり,ついに本件建物の所有権を喪失した。原告らは生活の本拠及び収入の基盤である財産を失って無一物になり,無念の思いと将来の生活の不安に脅かされており,これらの精神的苦痛を慰謝するには1000万円を下らない。
カ 弁護士費用
金2500万円
(被告Kの主張)
 損害については,全て争う。
 本件マンションについて,原告らが主張する瑕疵とその補修方法は,最高級マンションを基準としているものと考えられ,容易に補修できる軽微な不具合についても最高級マンション並みの補修を要求しているが,本件建物は中程度以下のマンションとして建築されたものである。
 また,本件において原告らは,本件建物完成後メンテナンスを担当する予定だった被告Gとの契約を拒否し,その後監理を請け負ったXとも契約を解消し,本件建物の機能外観は荒れるに任せ,内部では壁を破り,床をはいで,何か不具合はないかと探し回っており,故意に不具合を増大させたのではないかと思われる。そのような状態で,当初満室だった入居者も徐々に減り,入居率が減少しているが,その責任は原告らにあると言わざるを得ない。
(被告G及び被告Iの主張)
原告らの主張する損害額はいずれも争う。
ア 瑕疵の補修費用
 (ア) 鑑定人らが補修の見積をしていないものについては,瑕疵がないか補修見積が不可能だからであって,それらの項目については,補修費用の損害自体が認められないというべきである。鑑定人が積算していない箇所について原告らが独自に行った積算については,恣意的なものであって,何ら証明されたとは認められない。
なお,修理費用の算定時期は,平成2年8月に原告らが多数のひび割れを発見し,被告KのOを呼んでいるので,この時期を基準とすべきである。
 (イ) ひび割れ等の補修費用
   原告らはU鑑定,T鑑定が瑕疵と断定したわけでもないひび割れについて,全てを瑕疵であるかのように主張し,積算に当たっては,何ら客観的に証明されたとは認められない原告らの調査に基づく数量によって積算しているのであって,全く根拠がない。
 (ウ) 設備関係の補修費用
   N鑑定の瑕疵判断は,原因の特定や具体的な建築基準法令違反の指摘を欠くものであり,補修費用の算定自体に意味がない。また,原告らがN鑑定に対して不満な部分について独断で瑕疵を主張して補修費用を算定するところは根拠がない。
イ 営業損害
 (ア) 家賃収入喪失による損害
   本件では,原告らが建物の維持管理経費を惜しんで被告Gとの総合メンテナンス契約を結ばず,自ら建物のメンテナンスを怠った上,建物賃貸仲介業務を行っていたXとの間でもトラブルを起こして平成6年に契約を破棄するなどして,入居者募集業務に支障を来したという事情がある。
   また,いわゆるバブル経済の崩壊と別府市の経済的低迷などが相俟って,別府市全体において高層マンションの入居率は低下しているのであって,営業努力を怠り,宣伝経費を惜しむビルの入居率が低下するのは必然であった。現在でも多数の入居者がいるということは,瑕疵の誇張のために屋内を廃墟状態に放置するようなことなく通常の使用状態に置いていれば,別段退去する必然性もないことを示すものである。
   空室状況の推移を見ても,原告らの主張する瑕疵発生の経緯との対応は明らかでない。
   よって,入居率の低下による営業利益の低下を多数の瑕疵のためなどと主張することは全く根拠がない。
 (イ) 将来の逸失利益
  原告らが負債の返済ができずに本件建物が競売されたことは,上記のとおりメンテナンスの不備,営業努力の懈怠などによるものである。また,競売手続に移行したのは,裁判継続中を理由に三和銀行への支払を長期間懈怠してきたためであり,裁判が長期化したのは,原告らが早期に瑕疵の原因や法令違反を特定するなどの努力を怠ったことによるものであり,専ら原告らに責任がある。
 なお,原告らの主張する計算方法は根拠がない。また,補修費用と逸失利の請求は両立しない。
ウ 調査費用
  本件建物に瑕疵が認められない以上,調査費用も損害として認められない。また,V,W建築士ともに調査費用の内訳が明らかにされておらず,領収証等支払の証拠も提出されていないのであるから,証明されていない。
エ 引越費用
  原告らが引越をしなければならないのは,本件建物が競売されたからであり,競売に至ったのは,原告らのメンテナンスの不備,ビル賃貸業務の懈怠などが原因なのであるから,引越費用は損害とは認められない。
オ 慰謝料
本件建物に瑕疵が認められない以上,慰謝料は認められない。なお,仮に一部の補修費用について不法行為責任が認められた場合には,本件建物が賃貸による営業目的での所有であったことからすれば,補修費用の賠償によって損害は回復され,それ以上に精神的苦痛の賠償を認める必要はないというべきである。
カ 弁護士費用
  主張金額が相当であるとの主張は争う。
キ 損益相殺
 仮に一部でも不法行為による損害賠償が認められるような場合には,本件土地及び本件建物が競売で9010万円で売却され,原告らの債務が同額分弁済されたわけであるから,金9010万円分については予備的に損益相殺を主張する。
第3 争点に対する判断
1 被告らの責任の根拠(争点(1))について
 (1) 被告Gの不法行為責任(争点(1)ア)について
ア 原告らは,本件売買契約においてMを代理した宅建業者として,被告Gには,買主らに瑕疵のない建物を取得させる
注意義務があると主張する。
 そして,確かに,宅建業者は,宅地建物取引業法31条1項により,取引の関係者に対し,信義を旨とし,誠実にその業務を行う義務を負っているほか,同法35条により,宅地建物取引主任者をして同条1項各号に規定されている重要事項の説明をさせなければならず,また,同法47条1号により,重要な事項について故意に事実を告げなかったり不実のことを告げる行為をしてはならないことになっており,これらの義務違反が認められる場合には,宅建業者と直接の委任契約関係にない売買等の相手方に対しても不法行為責任を負うことがあり得る。
 しかしながら,仲介ないし一方当事者の代理をする取引の目的物である建物に瑕疵が存するか否かは,同法35条所定の重要事項には該当しない上,宅建業者は,通常建築士のように建築物の構造や機能,安全性に関する専門的知識を有するものではなく,不動産の流通過程において建物の瑕疵の存否を積極的に検査する義務を負っているともいえないから,建物の瑕疵を知りつつ仲介・代理した場合や,瑕疵を疑うべき特段の事情を知りながら,瑕疵の有無を調査せず,その事実を秘匿して仲介・代理した場合など,相手方に瑕疵による損害が生じることを知りつつ,あるいは知り得たにもかかわらず仲介・代理したといえるような事情がない限り,瑕疵ある建物の売買等を仲介・代理したことについて不法行為責任を負うとはいえないと解すべきである。
イ 以上を前提に,被告Gの不法行為責任の成否を検討するに,前記前提事実及び証拠(甲30,乙ロ3,被告G代表者,原告E)によれば,被告Gは,本件建物の設計及び工事監理を行った被告Iと資本的関連性があり,一部役員の兼務が行われ,業務上の密接な関連性を有し,被告Iの従業員が被告Gの業務にも携わることがあったこと,本件請負契約においてもMの代理人となっていたこと,本件売買契約においては,被告Iの代表者であったRが本件建物の建築現場で原告Eに本件建物に関する説明を行い,後日の本件売買契約において被告Gの担当役員として契約締結行為をしたことが認められ,被告Gは,本件建物の設計・施工の作業内容を知り得る立場にはあったといえる。
そして,後記のとおり,被告Iには,設計及び工事監理上の注意義務違反が認められる点も存するが,被告Gと被告Iの資本的関連性,役員の兼務,業務上の関連性等が,別法人である被告Gと被告Iとを同視しうる程の密接性を有するとまでは認められないし,被告Gの役員として本件売買契約の代理業務を行ったRが,本件建物の瑕疵を本件売買契約当時から知っていた,ないしは,瑕疵を疑うべき事情を知っていたと認めるに足りる証拠はなく,また,被告Gが被告Iの一級建築士であったQ及びSに本件売買契約の仲介業務を行わせたことを認めるに足りる証拠もないことからすれば,単に被告Gが本件建物の設計及び施工作業の内容等を知り得る立場にあったというだけで,被告Gが,本件売買契約において瑕疵のない建物を原告らに取得させる注意義務を負うものとは認められない。
ウ よって,被Gは,原告らに対し,本件建物の瑕疵に関して不法行為責任を負うとはいえず,被告Gに対する原告らの請求は全て理由がない。
(2) 被告Kの瑕疵担保責任(争点(1)イ)について
ア 原告らは,Mから本件請負契約の注文主たる地位の譲渡ないしは瑕疵担保責任履行請求権の譲渡を受けた旨主張し,被告Kはこれを争う。
イ そこで検討するに,前記前提事実,証拠(甲1,4,5,30,乙ロ2ないし4,証人O,原告E,被告G代表者)及び弁論の全趣旨によれば,本件請負契約は,被告KとMとの間で締結され,原告らは,Mと本件売買契約を締結したのみで,直接被告Kと契約を締結してはいないこと,本件建物は,本件売買予約契約が締結される前である平成2年3月2日には被告KからMに引き渡され,その後,同年5月23日の本件売買契約時にMから原告らに引き渡されたこと,Mと原告らとの間の本件売買契約においては,原告らが売買代金を支払ったときに本件建物の所有権が移転するものとされており,本件建物の保存登記は原告らの名義でされているものの,直接被告Kから原告らが本件建物の所有権の移転を受けたとはいえないこと,本件売買契約の代金は,被告Kに支払われたのではなく,Mに支払われ,本件請負契約の報酬は,Mから被告Kに支払われたこと,しかしながら,Mと原告らとの間の本件売買予約契約の際に交わされた「協定書」には,原告らの希望により,特約として,Mのみならず,被告Kも本件建物の修理・補修について責任を持つことを売買契約の条件とする旨の規定が手書きで付け加えられており,本件売買契約の際には,被告Kから引き渡されていた本件建物の竣工図書類(各種工事届出書,建築確認通知書,各種設備検査報告書等)一式がそのままMから原告らに引き渡されたこと,本件建物は,完成前から売りに出されており,原告Eは,被告Kの現場担当者Oや営業担当者Yから将来のオーナーとして接待を受け,本件建物の建築現場の案内を受けたり,購入を勧められたりしていたが,その際,OやYは,本件建物に将来補修の必要が生じたときは被告Kの方で対処する旨言っており,両名は本件売買予約契約にも立ち会ったが,その際も,同契約に上記特約が付け加えられることについて異議を言わなかったこと,本件売買予約契約が締結されたころには,原告Eが被告Kに対してごみ置き場の屋根の取付や一部塗料の塗り替え依頼し,被告Kはこれを承諾して実行したこと,本件
建物の原告らへの引渡後も,被告Kは,原告らから委任を受けたXからの連絡を受けて何度も本件建物の補修に出向いたり,原告Eからの苦情に対して,補修をしており,平成6年6月の申入れに対しても調査を行ったこと及び上記Xからの連絡や原告Eからの苦情は直接被告Kになされており,Mを経由してなされたものでないことが認められ,証人Oの証言,被告G代表者の供述及び乙イ第1号証の供述記載中上記認定に反する部分は,前掲各証拠と対比して信用できず,他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。
ウ そうすると,本件建物の所有権はMを経由して原告らに移転しており,本件建物の引渡しも被告KからMになされた後にMから原告らになされていて,本件請負契約の報酬も原告らから直接被告Kに支払われていないことからすると,本件請負契約の注文主は,本件請負契約の終了まで,終始Mであったというべきであり,その途中で注文主たる地位の移転があったとは認められない。
  しかしながら,本件売買予約契約の際に本件建物の修理・補修について上記のとおり,被告Kも責任を持つ旨規定され,その際,従前から補修は被告Kの方で対処する旨言っていた被告Kの担当者が異議を言わず,本件売買契約の際には本件建物の竣工図書類一切が引き渡され,本件建物引渡後も,被告Kは原告ら側からの直接の連絡・苦情に応じて補修をしたり,調査をしていたことからすると,原告らとMは,本件売買予約契約で予約されていたように,本件売買契約において,黙示的に,原告らがMに対し本件売買契約上の瑕疵担保責任履行請求権を行使できるとともに,原告らが直接被告Kに対して本件請負契約上の瑕疵担保責任履行請求権をも行使できることを約したものと認められ,被告Kも,上記のような対応をしていたことからすると,これを了承していたものと認められる。
 以上によれば,Mの有していた被告Kに対する本件請負契約上の瑕疵担保責任履行請求権は,本件売買契約の特約によって,原告らに譲渡され,被告Kもこれを承諾したものと認められる。
エ よって,被告Kは,原告らに対し,本件建物につき,本件請負契約上の瑕疵担保責任を負うものといえる。
(3) 瑕疵担保責任の除斥期間(争点(1)ウ)について
ア 前記(2)判示のとおり,本件売買契約に伴い,Mの被告Kに対する瑕疵担保責任履行請求権が原告らに譲渡されたものと認められるところ,本件請負契約約款23条には,瑕疵担保責任について前記前提事実(4)記載の各事項が規定されているから,本件建物の建築設備の機器・室内装飾・家具などの瑕疵については,引渡日から1年以内に原告らが権利行使をしたことを主張・立証していない本訴において,被告Kの瑕疵担保責任を問うことはできず,それ以外の本件及び地盤の瑕疵については,2年以内に原告らが権利行使をしたことを主張・立証していないので,被告Kに故意又は重過失がある場合にのみ,本訴で被告Kの瑕疵担保責任を追及することができるものと認められる。
そして,被告Kに上記重過失が認められるか否かは,瑕疵の重大性,瑕疵を防止すべき注意義務の公然性・明白性,建築請負業者としての基本的注意義務か否か,防止措置の容易性,義務違反の程度等を総合考慮して,各瑕疵毎に判断すべきである。
イ なお,原告らは,本件売買契約の交渉過程において,除斥期間の短縮について説明を受けていないので,除斥期間の短縮に関する合意は成立していないとも主張するが,原告らが被告Kに対して主張し得る瑕疵担保責任は,もともと本件請負契約においてMが被告Kに主張することのできた瑕疵担保責任であって,その譲渡を受けた原告らが,Mの有していた以上の権利を被告Kに主張することは原則として許されないというべきであるし,前記前提事実(5)イ及び証拠(甲3)によれば,本件売買契約の際に交わされた「不動産売買契約証書」には,本件建物のアフターサービス基準が本件請負契約約款に基づく旨明記されており,かつ,原告らは,本件請負契約書と共に本件請負契約約款の交付も受けていたこと認められるのであるから,本件売買契約において,瑕疵担保責任の除斥期間が本件請負契約約款に規定された期間によるとの意思表示の合致があったことも認められ,原告らの主張は理由がない。
(4) 被告K及び被告Iの不法行為責任(争点(1)のエ,オ)について
ア 建築請負人並びに設計・工事監理の委任ないし請負契約を締結した受任者又は設計・工事監理請負人は,それらの契約に基づいて,請負人としての瑕疵担保責任や受任者としての債務不履行責任を負うが,同時に,これらの者の行為が一般不法行為の成立要件(違法性・故意又は過失・損害の発生・因果関係)を充たす限り,不法行為に基づく損害賠償請求権が発生し,これは,請負契約ないしは委任契約の目的である建築物に瑕疵があり,これを原因として損害が発生した場合でも同様であると解される。
イ これに対し,被告Kは,注文者から売買によって取得した第三者に対し,施工業者が不法行為責任を負うことは,本来担保責任等の契約責任で処理されている領域に不法行為責任を持ち込むことになるから,上記第三者が不法行為責任を追及することは許されない,と主張するが,瑕疵担保責任等の契約責任は,契約の目的を達成するための制度であるのに対し,不法行為責任は,発生した損害の公平な分担を図る制度で,契約の目的とは無関係であって,両者はもともと制度趣旨が異なる上,瑕疵担保責任は,瑕疵が存在すれば過失の有無を問わない無過失責任であり,違法性を具備する必要もなく(瑕疵の程度や瑕疵発生の原因等によっては,不法行為の違法性を備えない場合がある。),瑕疵によって損
害が発生しなくともその責任を追及できるので,通常は瑕疵を原因として成立する不法行為責任よりもその適用範囲が広く,その権利行使期間は,不法行為の消滅時効期間とは異なり,しかも,本件のように,特約によってこれを短縮したり,「故意又は重大な過失」等の成立要件を付加することもできて,その場合には,瑕疵を原因として成立する不法行為責任よりもその適用範囲が狭くなることが多く,結局,両者は,その適用範囲並びに権利行使期間と消滅時効期間が様々に異なってくるものであるから,両請求権をともに併存させる必要性があり,明文の規定がないにもかかわらず,敢えて,担保責
任等の契約責任で処理されている領域では不法行為責任を追及することはできないと解することは相当でなく,瑕疵を原因とした施工業者の注文主に対する不法行為責任が成立する領域においては,瑕疵担保責任と不法行為責任とが請求権競合するものであり,このことは,設計・施工監理人についても同様であって,請負人としての瑕疵担保責任あるいは受任者としての債務不履行責任と不法行為責任とが請求権競合するものといえる。
そして,不法行為は,その損害発生時に成立することによって,損害賠償請求権が発生するものであるから,注文者が当該建築物を第三者に売り渡す前に瑕疵を原因として損害が発生した場合は,注文者が,その発生した損害についての不法行為に基づく損害賠償請求権を取得することになるが,当該建築物が第三者に売り渡された(ただし,瑕疵があることを前提として売り渡された場合を除く。その場合は,買主に当該瑕疵を原因とした損害は発生しない。)後に瑕疵を原因として損害が発生した場合は,買主である第三者が,その発生した損害についての不法行為に基づく損害賠償請求権を取得することになり,その場合は,施工業者あるいは設計・工事監理人の不法行為に基づく損害賠償債務と売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償債務とは不真正連帯債務の関係に立つといえる。
ウ そうすると,本件の場合,前記前提事実によれば,本件建物は竣工前から原告らが購入することが決まっており,本件建物は平成2年3月2日にMに対し引き渡され,工事完了検査が行われたものの,そのわずか約2か月半後の同年5月23日に,本件建物に瑕疵があることを前提とすることなく(弁論の全趣旨)本件売買契約が締結されて,本件建物が原告らに引き渡されたものであって,上記工事完了検査及びその後原告らに本件建物が引き渡されるまでの間に,本件建物に原告らの主張する瑕疵は発見されておらず,同瑕疵によってMに損害は発生していなかった(弁論の全趣旨)ところ,証拠
(甲14,30,原告E)によれば,原告らが本件建物を買い受けた後の平成6年に,本件建物に瑕疵が発見され,原告らがその補修をすることを余儀なくされる立場に置かれたものであるから,その時点において,本件建物の瑕疵を原因として原告らに損害が発生し,原告らは,同瑕疵発生につき被告らに故意又は過失が存する場合には,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償請求権を取得するに至ったというべきである。
エ なお,以上の説示及び請負人の瑕疵担保責任と不法行為責任との異同について,後記判断において必要な範囲でさらに敷衍すると,請負人の瑕疵担保責任は契約の目的を達成するための制度であるから,民法634条にいう「瑕疵」とは目的物が契約で定められた性質を完全に具有していないことをいい,目的物が建築物である場合は,設計図と異なる施工をしたり,設計で決められた安全率の強度を備えていなかったり,契約で定められた品質よりも低級の材料を使用するなど,明示の契約内容に違反する場合だけでなく,当該建築物が通常備えるべき品質・性能を具有するとの黙示の契約内容に違反する場合,すなわち,建築基準法等の諸法令の定める基準や当時の一般的な技術水準に達しない施工をした
場合や補修を要するひび割れを発生させたような場合も瑕疵に当たるというべきである。そして,瑕疵担保責任は無過失責任であるから,補修を要するひび割れが発生した場合,請負人が,建築基準法等の諸法令の定める基準や当時の一般的な技術水準に達する施工をし,このようなひび割れを発生させることにつき無過失であって不法行為責任は成立しないような場合であったとしても,このようなひび割れを発生させた場合は,やはり当該建築物が通常備えるべき品質・性能を具有していないというべきであるから,瑕疵に当たり,請負人には瑕疵担保責任があることになる。これに対し,不法行為責任は,発生した損害の公平な分担を図る制度で,契約の目的とは無関係であるから,設計で決められた安全率の強度に達しない施工をして瑕疵に当たったとしても,建物の耐久性に支障がない程度の強度であったなら,被害者において補強をすることを余儀なくされるとはいえないので,不法行為上の損害は発生せず,瑕疵担保責任では請求できる補強工事代につき不法行為に基づく損害賠償請求はできないことになる。
(5) 不法行為責任の消滅時効(争点(1)カ)について
ア 建物の瑕疵を原因とする不法行為による損害賠償請求権は,建物の瑕疵が可分である場合には,その可分な各瑕疵毎について,「損害及び加害者」を知ったときから,その瑕疵と相当因果関係を有する損害につき消滅時効が進行すると解するのが相当である。
 そして,瑕疵が可分であるか否かは,単に瑕疵の生じた部位のみを基準とするのではなく,瑕疵原因も加味して考慮すべきであり,同一の原因に基いて生じたと認められる瑕疵現象等は,それぞれ不可分のものとして考えるのが相当であるが,一方で,一部の瑕疵を被害者が知ったときから,建物の瑕疵全てについて消滅時効が進行すると解することはできないというべきである。
イ 次に,建物に瑕疵が生じた場合に,設計・施工・工事監理のいずれか1つ以上に原因があるということは通常人であれば当然に知り得ることであり,証拠(甲3,6)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,本件建物の設計及び工事監理をしたのが被告Iであること及び施工をしたのが被告Kであることを,本件売買契約当初から知っていたと認められるから,具体的に瑕疵の原因がそのどちらの責任であるかまで特定して覚知していなくとも,瑕疵があることさえ覚知すれば,被告I及び被告Kの双方に対して損害賠償請求権を行使し得たといえ,このような場合には,瑕疵を知ったと同時に「加害者」を知ったものと解するのが相当である。
ウ 以上を前提として,被告らの主張する消滅時効の起算点,すなわち,①平成2年5月23日,②平成2年8月,③平成5年5月の各時点につき,本訴で主張されている瑕疵のいずれかを知ったと認められるかどうかを検討する。
まず,①平成2年5月23日は,本件売買契約が締結され,原告らが本件建物及び関係書類一切の引渡しを受けた日であるが,これらの引渡しを受けても直ちに瑕疵を発見し得るものではなく,他に,このころ原告らが本訴で主張している瑕疵のいずれかを知ったと認めるに足りる証拠はない。
次に,②平成2年8月については,証拠(甲14,原告E)によれば,このころ,原告Eは,現在のひび割れの程度ではないが,B棟の2階及び3階の東面外壁に長いもので40センチメートル程度の細いひび割れが生じていることを知り,被告KのOに連絡したところ,Oから,同ひび割れがコンクリート造建物に必然的に発生するクラックであって,心配する必要はないし,補修の必要もない旨言われて,それを信じ,そのままにしておいたことが認められる。そうすると,上記認定事実によれば,原告Eは,上記ひび割れが瑕疵に当たるとの認識を有していなかったものと認められるので,原告らが当時,民法724条の「損害」を知ったとはいえない。
最後に,③平成5年5月については,証拠(甲14,原告E)によれば,原告らは,このころエレベーターの火災報知器の配線異常等やB棟309号室の出窓からの雨水漏れを知ったことが認められるが,その余の瑕疵を原告らがこのときに知ったと認めるに足りる証拠はない。そして,エレベーターの火災報知器の配線異常等やB棟309号室出窓からの雨水の漏れの瑕疵は,本訴で主張されていない。
エ 以上によれば,本訴において原告らが主張している瑕疵に基づく損害賠償請求は,本訴の訴え提起時に消滅時効が完成していたとはいえない。
2 本件建物の瑕疵の有無及びその原因並びに各瑕疵に対する被告らの責任(争点(2))について
 (1) 本件建物のひび割れ等の瑕疵について
ア A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と平行したひび割れ
(ア) 証拠(甲16,U鑑定,T鑑定)によれば,本件建物A棟の2階ないし9階の北側共用廊下の床スラブには,壁際に廊下の長手方向に平行した幅0.2㎜から0.45㎜のひび割れ(以下「平行ひび割れ」という。)が散在しており,特に2階,4階,7階の一部及び8階に平行ひび割れが多く発生していること,A棟の3階及び5階の南側バルコニーの一部にも平行ひび割れが生じていることが認められる。そして,U鑑定及びT鑑定によれば,ひび割れ幅の大きなものについては,空気が入り込んでも建物の耐久性に影響を与えるものであるし,雨水がかかるような建物の外表部に,幅0.2㎜から0.3㎜以上のひび
割れが生じた場合には,ひび割れ部分から雨水が浸入し,コンクリート内部の鉄筋を腐食させるおそれがあると認められるから,風向きによっては雨水の吹き込む可能性が十分にある北側共用廊下及び南側バルコニーに生じた幅0.2㎜以上の平行ひび割れは,補修の必要がある瑕疵に当たる。
 T鑑定によれば,この平行ひび割れは,①型枠及び支柱を早く除去し過ぎたか,②上端筋が所定の位置より下がってしまったためひび割れ幅を大きくしたか,③施工時に充分なコンクリート強度が出る前に支柱を除去し一時的に過荷重をかけたかの3つのうちの1つないし2つ以上が原因となっていることが認められる。上記3つの原因は,ひび割れ現象から推測されるものであるが,約200件のひび割れ調査と約250件の構造設計の経験を有するT鑑定人の経験に照らしてこれらが原因であることは90パーセント以上の確率であると判断されるものである上,U鑑定人も①ないし②の原因によるものであ
るというほぼ同じ判断をしていることに照らして十分信用することができる。
 また,T鑑定によれば,北側共用廊下には,上記②の上端筋の下がりがあり,これによって,設計において予定されていた許容積載荷重値が実際には0.83倍に小さくなっていることが認められ,本件請負契約上合意された内容に反して同廊下の強度不足を生じさせた瑕疵があると認められる。
(イ) U鑑定及びT鑑定によれば,上記②の上端筋の下がりは,設計における構造計算が通常かぶり厚さの最小値又は標準規定値によってなされるのに,A棟北側廊下については16箇所のかぶり厚さ測定結果の平均値が設計図書中に規定されている最少かぶり厚さ(30㎜)より18㎜以上上回っており,全体的に上端筋が下がっているというもので,このように,かぶり厚さが厚すぎてコンクリート中の上端筋の位置が所定の位置より下がった施工がされたことによって,片持部材の先端の垂れ下がりが起こり易くなり,ひび割れ幅を大きくする作用が生じていることが認められるから,平行ひび割れの発生な
いし拡大に上記②の原因が寄与している場合は,施工をした被告Kの過失によって平行ひび割れの発生及び拡大が生じたことになる。なお,被告Kは,かぶり厚さの平均値が許容差(建築工事標準仕様書(甲100)によれば-5㎜から+20㎜)の範囲内である旨主張するが,片持部材が用いられている場所では,かぶり厚さの平均値が許容差の範囲内であっても,かぶり厚さを過大にして,上端筋が所定の位置より下がった施工をすれば,それによって,平行ひび割れが生じたりひび割れ幅が大きくなる作用が生じたりすることは,建築請負業者として当然に予見すべきことであり,これを回避すべき義務も
あったというべきである。
 また,前記原因①は,建築基準法施行令76条に違反する行為であるし,前記原因③は同①に準ずる行為であって,いずれもひび割れ等の瑕疵を生じさせることが明らかな行為であるから,これらが平行ひび割れの原因である場合も,施工上の過失があると認められる。
 A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの平行ひび割れは,前記①ないし③のいずれが原因であるかは特定できないが,そのどれか一つないし二つ以上が原因であり,そのいずれについても被告Kに過失が認められる以上,被告Kは,不法行為責任としてA棟北側共用廊下及び南側バルコニーの平行ひび割れの補修費用を賠償する責任がある。
(ウ) もっとも,北側共用廊下の強度不足は,建築基準法施行令85条が設計における構造計算の際に基準とすべき値として規定している(すなわち,施工段階で多少の施工誤差が生じることを前提として規定されている)許容積載荷重値を結果として2割弱下回らせた程度であり,許容応力度については,全体として同施行令に規定された値を満足させていることが認められ,許容応力度に問題がない以上,原告らが北側共用廊下を補強することを余儀なくされているとまでは認められず,原告らに補強費用相当額の損害までは発生していないというべきである。この点,原告らは,許容応力度を充たしていない階も存するなどと主張するが,この主張は,各階廊下の2点のみのかぶり厚さの平均を基に許容応力度を計算した結果に基づくものであって,廊下の長さが約30メートルあり,その配筋数も通常より多めである(U鑑定,T鑑定)ことからすると,たった2点の測定値を根拠として各階毎の許容応力度を計算することに合理性があるとはいえない。また,現在保たれている許容積載荷重値(原告らの主張によっても,約140㎏/㎡)以上の荷重が廊下全体にわたって生じるような事態は,廊下としての通常の使用をしている限り考え難いから,やはり原告らが北側共用廊下に補強をすることを余儀なくされているとまでは認められない。よって,被告Kは,原告らに対し,強度不足による瑕疵については,不法行為責任を負うものではないといえる。
また,かぶり厚さ過剰の施工をしたことについて,被告Kには過失があるが,その程度は平均値が建築工事標準仕様書において許容差とされている範囲内に止まっていることや,その結果も補強を要するほど重大なものになるに至っていないことに鑑みると,被告Kに重過失があるとまではいえないので,補強費用や強度不足による損害を瑕疵担保責任に基づいて賠償する責任があるとはいえない。
(エ) 次に,被告Iの責任について検討するに,平行ひび割れの瑕疵の原因は,前記①ないし③が原因であるから,被告Iの設計に過失があるとは認められない。また,平行ひび割れの原因が前記②によるものである場合は,被告Iに,配筋が所定の位置に行われなかった施工がされたことを看過した点に注意喚起義務違反(建築士法18条4項)による工事監理上の過失があるというべきであるが,前記原因①及び③は設計図書との整合性が問題となる事項ではなく,これらの施工上の瑕疵が生じることを防ぐためには,コンクリート打設時に現場に常駐して監理しなければならないと考えられるものの,工事監理者が現場に常駐して型枠の撤去時期等まで監視する義務まで負っているとはいえないから,工事監理上の過失を認めることはできず,結局,平行ひび割れの原因が前記②と特定できない以上,平行ひび割れによる損害について被告Iの不法行為責任を問うことはできない。
 また,北側共用廊下の強度不足の瑕疵については,前記のとおり,原告らに不法行為上の損害が発生していないから,被告Iがこの瑕疵に関して不法行為責任があるとはいえない。
(オ) よって,原告らの主張する補修費用のうち,平行ひび割れの補修費用については,被告Kが不法行為責任として賠償すべきであるが,被告Iに賠償義務があるとは認められず,北側共用廊下の強度不足による補強費用等については,原告らの請求は理由がない。
イ A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と直交したひび割れ(ア) 証拠(甲16,U鑑定,T鑑定)によれば,A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの床スラブには,建物の長手方向に直交した長いひび割れ(以下「直交ひび割れ」という。)が廊下等を分断するように多数散在していること,そのひび割れ幅は,北側共用廊下においては0.2㎜から0.35㎜,南側バルコニーにおいては0.2㎜から0.3㎜であること,これら廊下等に直交したひび割れの原因はコンクリートの乾燥収縮が原因であることが認められる。そして,北側共用廊下や南側バルコニーのような場所に幅0.2㎜以上のひび割れが生じた場合にはひび割れ自体の補修を要すべき瑕疵に当たることは,前記ア(ア)認定のとおりである。
(イ) そこで,被告K及び被告Iの責任を検討するに,証拠(甲38,U鑑定)によれば,コンクリートは乾燥するときに収縮を起こすものであり,大きな固まりを造るときに予め対策を採らなければ任意の場所にひび割れが生じることは建築技術者であれば了解しているはずであること,乾燥収縮によるひび割れを防止する方法としては,設計段階でひび割れ誘発目地(3メートル程度以下の間隔で設置される。)を設け,計画的にひび割れを発生させる方法があること,A棟北側共用廊下や同南側バルコニーは,連続する約30メートルもの長さのスラブにひび割れ誘発目地などのコンクリートの収縮対策を設
計段階で講じなかったことによって,2メートルから3メートルおきの任意の場所にひび割れが生じたもので,ひび割れ誘発目地を設けていればこの直交ひび割れは防ぎ得たこと,上記ひび割れ誘発目地の活用は,多くの設計者が遵守している昭和53年に日本建築学会から第1版が発行された「ひび割れ対策指針」に当初から記載されており,同文献の平成2年版にも設計における対策の一般事項として,「ひび割れを計画的に発生させるために誘発目地を活用するなど,積極的な対策を講ずる。」と記載されていること,同「ひび割れ対策指針」では,乾燥収縮対策は設計における基本対策として位置
付けられていることが認められる。
  そうすると,本件建物設計当時の技術水準に照らしても,ひび割れ誘発目地を設けることは一般的に周知されていた技術であり,かつ,ひび割れ誘発目地を設けなければ,建物の構造体表面に雨水等の浸入のおそれのある直交ひび割れを生じさせることは被告Iにおいて容易に予見できたと認められるから,同被告には過失が認められ,不法行為が成立する。
ところで,U鑑定によれば,ひび割れ誘発目地を設けることは,平成13年当時においても半数程度の建物でしか行われていないことが認められ,被告Iは,このことから,本件建物が建築された平成2年当時では,ひび割れ誘発目地を設けることは目標に過ぎず,それを行っていないことが,直ちに瑕疵にはならないと主張するが,前記1(4)で説示したとおり,補修を要するようなひび割れの発生は瑕疵に当たるものであり,ひび割れ誘発目地の設置が本件建物設計当時の一般的な技術水準であった以上,それを行わなかった例が多かったとしても,それを行わなかったことに過失があったというべきであ
る。なお,U鑑定によれば,ひび割れ誘発目地を設ける等の措置を講じなかった場合で,後に補修を要するほどの乾燥ひび割れが生じたときには,施工業者が瑕疵担保責任の履行として補修していることが認められるが,これは,補修を要するほどのひび割れが生じた場合は,設計者が上記のとおりの責任を負うとともに,施工業者も無過失の瑕疵担保責任を負うことから,その履行をしているものに過ぎず,このことをもって被告Iの上記主張を採用することはできない。
(ウ) 次に,上記の乾燥収縮対策に関する本件建物建築当時の状況に照らせば,設計図書でも指示されていなかった乾燥収縮対策をしないまま施工をしたことにつき,被告Kに瑕疵担保責任における故意又は重過失があったとは認められない。
(エ) よって,A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの直交ひび割れの補修費用について,被告Iが不法行為責任として賠償すべきであるが,被告Kに賠償責任があるとは認められない。
ウ A棟1階駐車場ピロティ梁のひび割れ
(ア) 証拠(甲16,U鑑定)によれば,本件建物A棟1階駐車場ピロティの建物の長手方向の梁には,幅0.2㎜から0.3㎜のひび割れが散見され,過去に補修されたものを含めて,幅0.2㎜以上のひび割れは,南側に22本,北側に20本存し,これらのひび割れは裏側まで繋がったものが多かったこと,これらのひび割れは,コンクリートの乾燥収縮が原因であることが認められる。
そして,幅0.2㎜以上のひび割れが補修の必要のある瑕疵に当たることは前記ア(ア)認定のとおりである。
 なお,原告らは,長期荷重による曲げモーメントによるひび割れも多い旨主張するが,U鑑定及びT鑑定によれば,曲げモーメントによる中立軸を超えて圧縮側まで入っている乾燥収縮が原因と考えられるひび割れが多いこと(長期荷重による曲げモーメントによるひび割れであれば,中立軸の引張側にひび割れが生じ,圧縮側に生じない。)及び乾燥ひび割れの30パーセント程度は建物竣工後3年以上経って生じるものであるから,竣工後間もなく補修されたと考えられるひび割れ以外に新たに生じたひび割れがあるからといって,それが荷重及び外力によるひび割れであるとはいえないことが認められるから,原告らの主張は採用できない。
(イ) ところで,前記「ひび割れ対策指針」は,昭和53年に制定されたものであり,日本建築学会から書籍として公刊されているものであるから本件建物建築当時の技術水準をなしていたと認められるところ,証拠(甲38)及び弁論の全趣旨によれば,同「ひび割れ対策指針」においては,有害なひび割れを抑制するための施工における基本対策として,コンクリートの製造,運搬,打込み,養生及び型枠設置等の各段階における遵守事項が詳細に列挙されていることが認められるから,建築工事を施工する者としては,これらを遵守すべき注意義務があったものと認められる。
しかるに,本件建物A棟1階駐車場ピロティ梁には,幅0.2㎜以上の補修を要する有害な乾燥ひび割れが前記のとおり多数生じており,そのひび割れ幅も,U鑑定によれば,0.3㎜以上のものも数本観察されていること及び後記認定のとおり,本件建物には他の箇所においても補修を要する有害な乾燥ひび割れが多数生じていることに照らせば,これらのひび割れは,上記施工における基本対策を遵守したにもかかわらず必然的に発生したものではなく,同基本対策の各事項の少なくとも一つ以上が遵守されていなかったことにより発生したものであることが推認され,これを覆すに足りる他の乾燥ひび割れ発生原因が存することを認めるに足りる証拠はないから,A棟1階駐車場ピロティ梁に生じている乾燥ひび割れは,被告Kの施工上の過失によって生じたものと認められる。よって,被告Kは,A棟1階駐車場ピロティ梁に生じた乾燥ひび割れについて,不法行為責任を負うというべきである。
もっとも,「ひび割れ対策指針」において乾燥ひび割れ防止のための基本対策として掲げられている遵守事項は,設計図書との齟齬に関するものではなく,また,上記遵守事項は,コンクリート打設の全ての段階にわたる詳細なものであることから,これら全てをチェックすることまで一般的に工事監理の業務とされているとは言い難く,被告Kに施工上の過失があったことを看過した点があるとしても,それが被告Iの工事監理上の義務違反になるとはいえないので,被告Iは,上記乾燥ひび割れについて工事監理上の不法行為責任を負うとは認められない。
(ウ) よって,被告Kは,不法行為責任として,A棟1階駐車場ピロティ梁のひび割れの補修費用につき賠償する義務を負うが,被告Iは,同補修費用につき賠償義務を負うとはいえない。
エ A棟1階駐車場ピロティ壁のひび割れ
(ア) 証拠(甲16,35,38)及び弁論の全趣旨によれば,A棟1階駐車場ピロティの壁にも幅0.2㎜以上のひび割れが生じていること,これらは乾燥収縮が原因であると認められる。
(イ) そして,幅0.2㎜以上のひび割れが補修の必要のある瑕疵に当たり,それが,被告Kの施工上の過失によって生じたと認められること,しかしながら,被告Iには工事監理上の義務違反まで認められないことは,前記ウと同様である。
(ウ) よって,被告Kは,不法行為責任として,A棟1階駐車場ピロティ壁のひび割れの補修費用につき賠償する義務を負うが,被告Iは,同補修費用につき賠償義務を負うとはいえない。
オ A棟居室床スラブのひび割れ及び床スラブのたわみ
(ア) 証拠(甲32,U鑑定,T鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,床をはがして調査した本件建物A棟901号室,903号室,906号室,801号室,503号室,406号室,309号室,201号室及び206号室の床スラブには,幅0.1㎜から1.4㎜の多数のひび割れが生じており,903号室及び906号室については,その真下の803号室及び806号室の天井スラブにも0.1㎜から0.4㎜の多数のひび割れが生じていることが認められ,同認定事実によれば,床をはがして調査したこれだけ多数の各階の居室全部にひび割れが発生している以上,他の調査をしていないA棟居室すべてについても同様のひび割れが発生しているものと推認できる。そして,T鑑定によれば,これらのひび割れのうち戸境壁下ばり端部に生じているひび割れは荷重により生じる曲げモーメントによって発生した応力ひび割れであり,その他のひび割れは乾燥収縮ひび割れであること及びこれらのひび割れは耐久性に影響を与えるひび割れであることが認められるので,これらのひび割れは瑕疵に当たる。
  次に,U鑑定及びT鑑定によれば,A棟903号室及び906号室の居室床スラブは,主として壁際から中心部に向かって最大30.5㎜の下がりが計測されていること,A棟507号室でもフローリング上面における計測ではあるが,壁際から中心部に向かって約14㎜の下がりが計測されていることが認められる。なお,T鑑定によれば,これらの下がりについては,居室床スラブのコンクリート打設時から平面でなかったと思われる部分があることから,全て荷重によるたわみであるとはいえないが,上記認定のとおり,戸境壁下ばり端部に応力ひび割れが生じていることからすると,たわみによる下がりを含んでいることは明らかであり,下がりの全てが施工誤差であるとはいえない。
そして,T鑑定によれば,T鑑定人が計測した903号室と906号室の2室のかぶり厚さの平均を基に床スラブの強度を検討すると,鉄筋量が約7.5パーセント不足する結果となり,この2室については許容床荷重も予定より若干小さくなることが認められるが,床荷重による配筋には1.5の安全率があるので,直ちに床が落下するおそれまではないと認められる。
(イ) T鑑定によれば,このA棟居室床スラブの応力ひび割れやたわみは,①床の表面を均す際にコテ引きをよくするために水を撒きすぎた,②板下支柱を早く除去し過ぎた,③上端筋が下がってしまった等が原因であると認められ,施工の瑕疵によって惹起されたものということができるが,上記②の板下支柱の早期除去は施工業者としての基本的注意義務違反に当たるというべきであるから,上記②が原因である場合は被告Kに重過失があるというべきである。しかしながら,上記①
が重過失に当たるとまではいえず,上記③についても,前記ア認定事実及び証拠(U鑑定,T鑑定)によれば,9階で測定された3地点はいずれも許容差の標準値(-5㎜から+20㎜)を越える30㎜から40㎜のかぶり厚さ過大が認められるものの,206号室においては許容差の範囲内のかぶり厚さに止まっており,A棟各階の床スラブが全体的に重過失といえるほどのかぶり厚さ過大が存するかどうかは,測定箇所が少ないため不明であるといわざるを得ない。よって,A棟居室床スラブに応力ひび割れやたわみを生じさせたことにつき,被告Kに重過失がある可能性は存するが,上記いずれの原因に基
づくか特定できない以上,故意又は重過失があるとまでは認められないというべきである。よって,被告Kに対し,床スラブの応力ひび割れやたわみについて瑕疵担保責任を問うことはできない。
しかしながら,A棟居室床スラブに,応力ひび割れやたわみを生じさせた上記①ないし③の行為については,重過失とまではいえないものの,被告Kの施工上の過失に当たるものであるし,乾燥ひび割れの発生についても被告Kに過失が認められることは,前記ウ認定のとおりであり,前記認定のとおり,A棟居室床スラブに発生したひび割れは耐久性に影響を与えるものであるから,被告Kは,A棟居室床スラブのひび割れについて不法行為責任を負うというべきである。
ただし,上記認定のとおり,居室床スラブのたわみは,それによって床が落下するほどの危険性を有するものではなく,したがって,原告らは,その補強を余儀なくされているとはいえないので,補強費用相当額の損害まで発生しているとは認められない。
(ウ) 次に,被告Iの責任について検討するに,証拠(甲38,T鑑定)によれば,前記認定のとおり本件建物建築当時の技
術水準をなしていたと認められる「ひび割れ対策指針」においては,設計における基本対策の一つとして「スラブは特に検討を行う場合以外は,一枚のスラブ面積を25㎡程度以内とすることが望ましい。」とされているのに,A棟居室床スラブにおいては,一枚のスラブが25㎡を超えており,そのような大きさの床を設けるにしては,床の厚さや配筋上の配慮が不足しており,それがたわみや応力ひび割れの発生に寄与していることが認められるから,設計にも被告Iの誠実義務違反(建築士法18条1項)に当たる過失があるというべきであり,被告Iも,民法719条1項に基づき,A棟居室床スラブの応力ひび割れについて,不法行為責任を負うことになる。そして,被告Iが,床の補強費用につき賠償義務を負わないことは,被告Kと同様であり,乾燥ひび割れについては,その発生の原因が前記ウ認定のとおり施工上の過失を原因とするものであるから,設計上の不法行為責任は負わず,また,工事監理上の不法行為責任を負わないことは前記ウ認定のとおりである。
(エ) よって,被告K及び被告Iは,いずれも不法行為責任に基づいて,被告KはA棟居室床スラブのひび割れによって発生した損害について,被告Iは,そのうち応力ひび割れによって発生した損害について賠償する義務を負うものと認められる。
カ A棟居室内の戸境壁のひび割れ
(ア) 証拠(甲35,U鑑定,T鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,壁をはがして調査した本件建物A棟901号室,902号室,903号室,906号室,907号室,807号室,806号室,805号室,205号室の戸境壁に,幅0.1㎜から0.6㎜の斜めひび割れが多く存し,特に最上階である9階の戸境壁においてひび割れが顕著であること,このひび割れの主な原因はコンクリートの乾燥収縮であり,最上階である9階のひび割れについては温度変化の影響も受けているが,荷重及び外力によるものではないことが認められる。そして,上記認定事実によれば,壁をはがして調査したこれだけ多数の各階の居室全部にひび割れが発生しており,殊に,温度変化の影響を受けない2階及び8階の居室にもひび割れが発生していることからすると,他の調査していないA棟居室すべてについても同様のひび割れが発生しており,その程度は,905号室については,他の9階の居室のひび割れと同程度の,2階から8階までの居室については,205号室と同程度のひび割れが発生していると推認できる。
(イ) 証拠(U鑑定,T鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,9階居室の戸境壁のひび割れは,ひび割れ幅が大きいものが多く,また,コンクリートの表裏がつながっている状態となっているため,空気が入り易くコンクリート中性化の危険があること,耐力壁となっている戸境壁もあり,ひび割れが生じたこと自体によって耐久性が低下したり,コンクリート中性化によって更に耐久性が低下する恐れがあること,遮音性・断熱性等壁としての機能低下も考え得ることなどから,壁の構造的耐力性と機能維持のため,樹脂を注入するなどして補修する必要性がある瑕疵であると認められるが,ひび割れの充てん補修さえすれば,これらの構造的・機能的瑕疵は治癒されるものと認められる。
また,証拠(U鑑定,T鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,2階から8階までの居室のひび割れについても,耐久性に影響を与えるひび割れであることが認められる。
(ウ) そうすると,このひび割れの主原因は乾燥収縮であるから,その発生について被告Kに過失が認められるが,被告Iには工事監理上の過失が認められないことは前記ウ認定のとおりである。
(エ) よって,被告Kは,不法行為責任として,A棟居室内の戸境壁のひび割れによって発生した損害につき賠償する義務
を負うが,被告Iは,同損害につき賠償義務を負うとはいえない。
キ A棟外壁(廊下手摺り)のひび割れ
 前記イ認定事実及び証拠(甲16,35)によれば,A棟北側共用廊下の手摺りの内側及び外側に,幅0.2㎜以上の縦に長く伸びた乾燥収縮ひび割れが多数発生していることが認められるが,前記ア(ア)認定のとおり,これらのひび割れは補修を要する瑕疵に当たると認められる。そして,証拠(甲16,35,U鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,A棟北側共用廊下の手摺りは連続する約30メートルもの長さのコンクリート面であるが,ひび割れ誘発目地などのコンクリート収縮対策が設計段階で講じられていなかったことが認められる。
 そうすると,前記イで認定したところによれば,被告Iには,設計において上記対策を講じなかった過失があり,これによって上記乾燥収縮ひび割れが発生したものと認められるから,同被告は,不法行為に基づき,上記ひび割れの補修費用を賠償すべき義務があるが,被告Kには瑕疵担保責任における故意又は重過失があったとは認められないから,同補修費用について賠償義務を負うとはいえない。
ク A棟外壁(外側北面及び南面)のひび割れ
  証拠(甲35)によれば,本件建物A棟907号室の外壁北面及び南面に長さ3㎝から6㎝の幅0.2㎜以上のひび割れが4本存在していることが認められるところ,前記ア(ア)認定のとおり,これらのひび割れは補修を要する瑕疵に当たる。また,証拠(甲16)によれば,A棟外壁にひび割れが散見されることが認められるが,このひび割れが補修を要するひび割れであることを認めるに足りる証拠はなく,他に,上記4本のひび割れ以外にA棟外壁に補修を要するひび割れが発生していることを認めるに足りる証拠はない。
しかしながら,本件建物A棟外壁に上記4本の補修を要するひび割れが発生していたとしても,その内容・程度に照らせば,その発生原因が設計段階でひび割れ誘発目地等のコンクリート収縮対策を講じなかったことにあると認めることはできず,他に,上記原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。
よって,その余の点につき判断するまでもなく,被告Iの不法行為責任及び被告Kの瑕疵担保責任を認めることはできない。
ケ A棟屋上の塔屋庇の鉄筋露出
(ア) 証拠(U鑑定)によれば,A棟屋上の塔屋(エレベーター機械室)の庇の裏面に腐食した鉄筋が露出していること,これは,当該部分の下端鉄筋のかぶり厚さが不足しているため,鉄筋が腐食し,かぶりコンクリート部分がはく落したものであることが認められる。
(イ) 構造計算の際に予定された値を基準として鉄筋のかぶり厚さを適正に確保することは,施工を行う際の基本的な注意
義務である(ただし,建築基準法施行令79条の3は鉄骨のかぶり厚さを規定したものであり,鉄筋のかぶり厚さについて規定したものではないから,同条違反の問題ではない。)から,その注意義務に違反してコンクリートのはく落を生じさせたことは,被告Kの施工上の過失によるものというべきであるから,被告Kは,当該コンクリートはく落について不法行為責任を負うというべきである。
しかしながら,塔屋庇部分の下端鉄筋のコンクリートかぶり厚さをチェックすることまで一般的な工事監理の業務とされているとは言い難いので,被告Kに施工上の過失があったことを看過した点があるとしても,被告Iには,工事監理上の義務違反があったとはいえず,被告Iは,上記コンクリートはく落について,工事監理上の不法行為責任を負うとは認められない。
(ウ) よって,被告Kは,不法行為責任として,A棟屋上の塔屋庇のコンクリートはく落補修費用につき賠償する義務を負うが,被告Iは,同補修費用につき賠償義務を負うとはいえない。
コ B棟居室床のひび割れ
(ア) 証拠(甲35)によれば,B棟308号室及び309号室の床スラブに幅0.2㎜以上のひび割れが多数生じていること,そのひび割れの幅は0.5㎜を越えるものも多く,最大で1.5㎜に達していることが認められる。そして,同認定事実に前記オで認定したところを加えれば,これらのひび割れは,すべて乾燥収縮ひび割れであるか,あるいは,乾燥収縮ひび割れに応力ひび割れが交じっているひび割れであって,補修を要する瑕疵であると認められる。
そうすると,前記オ認定のとおり,被告Kには,これらのひび割れを発生させたことにつき過失があり,不法行為責任を負うというべきである。しかしながら,乾燥収縮ひび割れについて被告Iに工事監理上の不法行為責任が認められないことについては前記ウ認定のとおりである。
次に,B棟居室床について,補強を要するほどの強度不足があることを認めるに足りる証拠はなく,上記ひび割れ中に応力ひび割れが交じっているか否かについても,証拠(甲35)によれば,上記ひび割れ中には,外壁に沿って生じているひび割れの存することが認められるが,U鑑定によれば,応力ひび割れに当たるか否かは,当該スラブのたわみ発生の有無等を含めて検討しなければ確定することはできないことが認められるから,外壁に沿ったひび割れが存することでもって,応力ひび割れが存すると認めることまではできない。そうすると,前記オ(イ)認定の応力ひび割れ発生に関する施工上の過失について被告Iに工事監理上の過失があるか否かを検討するまでもなく,同被告に応力ひび割れに関する工事監理上の不法行為責任を認めることはできないことになる。
(イ) よって,被告Kは,不法行為責任に基づいてB棟居室床のひび割れによって発生した損害を賠償すべきであるが,床の補強費用の賠償義務までは認められず,また,被告Iは,いずれについても賠償義務を負うとはいえない。
サ B棟居室内の壁のひび割れ
  前記カ認定事実及び証拠(甲35)によれば,本件建物B棟の308号室及び309号室の内壁に,長さ70㎝から216㎝の幅0.2㎜以上の乾燥収縮ひび割れが4本発生していることが認められるところ,そのひび割れの内容・程度に照らしてみれば,前記カで認定したところにより,これらのひび割れは耐久性に影響を与えるひび割れであって,瑕疵に当たると認められる。
  そうすると,前記カで認定したとおり,被告Kには,上記乾燥収縮ひび割れを発生させたことに過失が認められるので,不法行為に基づいて上記ひび割れの損害につき賠償する義務を負うが,被告Iには,工事監理上の過失が認められないので,同損害につき賠償する義務を負うとはいえない。
シ B棟外壁東面及び南面のひび割れ
  前記イ認定事実及び証拠(甲16,35,U鑑定)によれば,本件建物B棟外壁の東面及び南面に,幅0.2㎜以上の乾燥収縮ひび割れが多数発生していることが認められるが,前記ア(ア)認定のとおり,これらのひび割れは補修を要する瑕疵に当たると認められる。
  そうすると,前記ウで認定したとおり,被告Kには,上記乾燥収縮ひび割れを発生させたことに過失が認められるので,不法行為に基づいて上記ひび割れの補修費用につき賠償する義務を負うが,被告Iには,工事監理上の過失が認められないので,同補修費用につき賠償する義務を負うとはいえない。
  なお,原告らは,被告Iに設計上の過失があると主張するが,証拠(甲13,35)によれば,本件建物B棟外壁の東面は連続する約10メートルのコンクリート面であり,同南面は2枚の連続する約5メートルのコンクリート面であるが,ひび割れ誘発目地が設置されていないために発生すると考えられる縦に長い乾燥収縮ひび割れは同南面にしか発生していないことが認められ,その他のひび割れがひび割れ誘発目地が設置されていないために発生したものであることを認めるに足りる証拠はない。そして,証拠(甲38)によれば,ひび割れ誘発目地は3メートル程度以下の間隔で設置されることが認められるから,約5メートルのコンクリート面の長さは,同目地が1か所設置されるかされないか程度の長さといえるところ,その程度に短いコンクリート面にもひび割れ誘発目地を設置することが当時の一般的な技術水準であったといえるか疑問があり,そのことを認めるに足りる証拠もないから,結局,被告Iにひび割れ誘発目地を講じなかった過失があったとまで認めることはできず,他に被告Iに設計上の過失があったと認めるに足りる証拠はない。よって,被告Iに,設計上の過失に基づく不法行為責任を認めることはできない。
(2) 本件建物の設備関係の瑕疵(争点(2)イ)について
ア B棟2階及び3階の片持梁(キャンティレバー)の下がり並びに1階店舗及び2階事務所のドア開閉不良について(N鑑定A-1,2,3)
(ア) 証拠(N鑑定,U鑑定及びT鑑定)によれば,N鑑定人が2階事務室の床レベルを計測した結果,片持梁の根本と先端部分に22/1000の勾配(下がり)が計測されたこと,U鑑定人の計測結果においても片持梁の先端部分に14ないし16ミリメートルの下がりが計測されていること,T鑑定人による梁下レベルの計測結果でも,片持梁の先端部分に12.5ミリメートルの勾配が計測されていること並びに片持梁上に設置されているB棟2階事務室ドア及び片持梁の張り出し部分の付け根に存するB棟1階店舗ドアに開閉不良が生じていることが認められる。
 ところで,N鑑定によれば,参考技術基準によれば,床に3/1000以上6/1000未満の勾配の傾斜があれば構造耐力上主要な部分に瑕疵が一定程度存し,6/1000以上の勾配の傾斜が存する場合は構造耐力上主要な部分に瑕疵が存する可能性が高いとされているところ,本件片持梁は2.4メートルと長さが大きいのでたわみを生じやすい上,上記のとおり,片持梁の根本と先端部分を計測した数値がいずれも先端に相当程度の下がりがあることを示していて,上記参考技術基準に該当していることが認められる。これに加えて,片持梁上に設置されている2階事務室ドア及び片持梁の張り出し部
分の付け根に存する1階店舗ドアに開閉不良が生じていることからすれば,本件建物B棟2階の片持梁には,クリープによる長期たわみが生じており,それによって2階事務室ドア及び1階店舗ドアの開閉不良が発生したものと認められる(N鑑定)。
 そうすると,本件建物B棟2階の片持梁にクリープによる長期たわみが生じたり,2階事務室ドア及び1階店舗ドアに開閉不良が生じるということは,建物が通常有すべき品質・性能を欠くものであるから,これらは瑕疵に当たる。
(イ) そして,N鑑定及び弁論の全趣旨によれば,設計において,当該片持梁につき,基礎梁断面計算において杭頭の曲げモーメントの40%の負担先が不明であり,断面算定・曲げひび割れの断面検討・鉛直荷重によるクリープを考慮した長期たわみ量の検討がされておらず,片持梁に生じているクリープによる長期たわみは,これら長さの大きい片持梁の長期たわみに対する断面の検討・対策を行っていないことが原因であると認められる。また,N鑑定によれば,設計における構造計算として上記長期たわみに対する対策を行うべきことは,本件建物のような規模の建築物の構造設計を行う場合,通常これに従って行われるものとされている日本建築学会の「構造計算規準解説」にも指摘されており,本件建物設計当時の一般的な技術水準であったと認められる。
  そうすると,上記瑕疵は,建築士としての誠実義務(建築士法18条1項)に反する設計上の過失によって生じたというべきである。
  しかしながら,クリープによる長期たわみの原因が設計における構造計算にある以上,被告Kの施工に故意又は過失があるとはいえず,また,被告Kの施工に関して故意又は過失があることを認めるに足りる証拠もないから,被告Kに瑕疵担保責任及び不法行為責任を問うことはできない。
なお,本件建物B棟2階の片持梁のクリープによる長期たわみの原因が上記のような設計上の瑕疵によるものである以上,3階の片持梁にも同じ瑕疵があるというべきであり,同片持梁も補強する必要があると認められる。
(ウ) よって,被告Iは,不法行為責任に基づき,B棟2階及び3階の片持梁の補強費用並びにB棟2階事務室ドア及び1階店舗ドアの補修費用を賠償する義務があるが,被告Kは,同補修費用等について賠償義務を負うものとはいえない。
イ A棟各階室のバルコニー手摺りのぐらつきについて(N鑑定A-4 ロ)
(ア) N鑑定によれば,A棟各室のうち,15室のバルコニーに,手摺柱脚部アンカーの施工位置がコンクリートの端に偏り,ひび割れを起こしている箇所があること,一部には鉄筋の腐食による爆裂がみられ,コンクリートの破壊が進んでいることが認められる。また,N鑑定によれば,これらの現象は,バルコニーのコンクリート厚さが150ミリメートルとして設計されていたのを,施工段階でコンクリート厚さが小さくされ,かつ,手摺りの柱脚部アンカー取付位置がコンクリートの端の方にずれた
ことが原因となって,アンカー部分のコンクリートかぶり厚さが足りなくなり,応力を受けてすぐひび割れを起こす状態となったものであり,このまま放置すればひび割れが進行し,手摺りが支持できなくなるおそれのあることが認められる。
(イ) そうすると,A棟各室のバルコニー手摺りのぐらつきは,施工の瑕疵に当たると認められるところ,手摺りのアンカーボルトを固定するに当たって,手摺りの使用や応力に耐える強度が保てるようなコンクリート厚さを確保すべきことは,施工業者としての基本的な注意義務に属するものというべきであるから,その基本的な注意義務に違反した被告Kには過失があると認められる。
また,設計図と異なる施工が行われ,かつ,将来手摺りの安全性に影響を及ぼすような瑕疵のある施工が行われたことは,工事監理に当たった者がアンカーの取付位置を見れば一見して明らかであったと考えられるのに,これを看過したことは,被告Iにとっても注意喚起義務(建築士法18条4項)に反する工事監理上の過失があったというべきである。
(ウ) よって,被告Kは,不法行為責任に基づき,被告Iは工事監理上の不法行為責任に基づき,手摺りの補修費用を賠償する責任がある。
ウ B棟2階事務所床の鉄筋露出について(N鑑定A-10)
(ア) 証拠(N鑑定,U鑑定)によれば,B棟2階事務室床の北西角部に鉄筋が露出しており,露出部には錆が生じていること,当該部分は,建築工事共通仕様書や「構造計算規準解説」などに規定されているコンクリートのかぶり厚さを満たしていないことが認められ,本件建物建築当時の技術水準に照らして施工の瑕疵がある。
 なお,被告Kは,上記鉄筋が余長鉄筋であると主張し,同被告の現場担当者Oの意見書(乙イ6)中には,スラブから出ている鉄筋は,構造的に必要のない余長鉄筋が結束不良となりコンクリートが固まるまでに端部が上に跳ね上がったままになったものにすぎない旨の記載があるが,N鑑定によれば,余長鉄筋を入れることは通常あり得ないことが認められるので,上記意見書の記載は信用できず,他に,被告Kの上記主張事実を認めるに足りる証拠はない。また,仮に,そのような余長鉄筋であったとしても,N鑑定によれば,鉄筋部分がスラブに露出していれば,当該露出部分から錆び始め,コンクリ
ート内部に錆が侵入して爆裂を起こすことが予想されるので,その露出が瑕疵に当たらないということにはならない。
(イ) そうすると,床の鉄筋が露出しないようにコンクリートのかぶり厚さを確保するのは,施工業者として基本的な注意義務に該当するというべきであるから,被告Kは,この瑕疵について過失がある。
また,この瑕疵は,設計で定められたコンクリートのかぶり厚さを充たしていないことが明らかである上,この瑕疵が露見しないで長期間放置された場合には,余長鉄筋であると否とに関わらず,コンクリートに爆裂を生じるなどしてB棟の主要構造部分である床の耐久性に影響を及ぼす重大な結果を招来するおそれがあり,かつ,この瑕疵は一見して明らかなものであるから,被告Gには,注意喚起義務(建築士法18条4項)及び誠実義務(同条1項)に反する工事監理上の過失があるといえる。
(ウ) よって,被告Kは不法行為責任に基づき,被告Iは工事監理上の不法行為責任に基づき,鉄筋露出に関する補修費
用を賠償する責任がある。
エ A・B棟接合部エキスパンションジョイントの接合不良について(N鑑定A-11)
(ア) N鑑定によれば,A棟とB棟の間のエキスパンションジョイントからの漏水があり,これはエキスパンションジョイント廻りのコーキング切れが原因であることが認められる。
 ところで,N鑑定によれば,一般に,コーキングは,施工後長期間経過することによって劣化し,切れなどを生じるものであり,N鑑定人の本件建物の調査は竣工後10年を経過した後に行われたものであって,調査時にはコーキングの耐用年数(7,8年から10年)を経過していたと考えられるが,証拠(N鑑定,甲14,30,原告E)によれば,エキスパンションジョイント廻りのコーキング切れは,新しく発生したものではなく,調査が行われるかなり前からあったとみられるものであり,エキ
スパンションジョイント廻りからの漏水も平成6年6月ころには発生していたこと,施工の際のコーキングの開き間隔が大きかったことが切れを誘発していると推定されること及びコーキング施工の際溶液を打ち接いだ場合に生じやすい横の切れが生じていることが認められるから,エキスパンションジョイント廻りのコーキング切れは,これらの施工の瑕疵によるものと認められる。
(イ) そして,上記のとおり,施工の際のコーキングの打ち方が原因となって,通常より早いコーキング切れを生じさせたことについて,被告Kには,施工上の過失が認められるから,不法行為責任に基づき,その補修費用を賠償すべきである。
 しかしながら,被告Iには,コーキングの打設状況の詳細まで工事監理業務として検査すべき義務があったとまでは認め難く,被告Iには,コーキング切れについてまで過失は認められないから,不法行為責任を問うことはできないというべきである。
 なお,原告らはサッシ廻りクラックからの漏水の点も主張するが,N鑑定によれば,同クラックはB棟東面のクラックであることが認められるので,この点は,前記(1)シで既に判断の対象になっている。
(ウ) よって,被告Kは,不法行為責任に基づき,エキスパンションジョイント廻りのコーキング切れの補修費用について賠
償する義務があるが,被告Iは,同補修費用について賠償する義務があるとはいえない。
オ A・B棟屋上防水不良及びA棟903号室押入天井の漏水について(N鑑定A-13,14)
(ア) N鑑定及び弁論の全趣旨によれば,A棟屋上の防水シートが捲れていること,防水シートそのものが破損し,平成12年の調査時には破損してからかなりの月日が経過していること,防水立ち上がり金物と外壁タイルとの境界部やドレイン廻りにコーキング切れがあり,このことが原因となってA棟903号室押入天井より漏水が生じたことが認められる。
 そして,N鑑定及び弁論の全趣旨によれば,防水シートに関する施工に関しては,民間の建築請負契約において一般的に使用されている「建築工事共通仕様書」において定められた,笠木部分に至る立ち上がり部の処置が十分に行われていなかったことが認められ,建築工事共通仕様書記載の措置を採ることは本件建物建築当時の技術水準であったといえるから,防水シートの捲れ上がり及び破損は,仮に,被告らの主張する平成11年の台風の影響があったとしても,その措置が十分でなかったことが原因になっているものというべきであり,施工による瑕疵と認められる。
 なお,上記認定のとおり,防水シートの破損は,平成12年の調査時よりかなり前に発生しているものであるから,防水シートの捲れ上がりや破損が平成11年の台風により発生したと認めることもできない。
(イ) そして,防水シート捲れ上がり及び破損の瑕疵は,上記のとおり,「建築工事共通仕様書」記載のとおりの施工がされていなかった被告Kの過失によって発生したというべきであるから,被告Kは,これらの瑕疵について不法行為責任を免れない。
もっとも,防水シートの笠木部分の立ち上がりの処置などは,工事監理の際に詳細な検査を要する部位とまではいえないから,被告Iの工事監理に注意義務違反があるとまでは認められない。
 次に,原告らは,B棟屋上にも防水不良の箇所があると主張するが,同主張を認めるに足りる証拠はない。
(ウ) よって,被告Kは,不法行為責任に基づいて,A棟屋上の防水不良に関する補修費用を賠償する責任があるが,被告Iに同補修費用を賠償する責任があるとはいえない。
カ A棟9階エレベーターホールのテレビ配線集中口から水が出ることについて(N鑑定A-15)
 N鑑定によれば,A棟9階エレベーターホールに設置されているテレビ中継ボックスには,雨水がテレビ用の打ち込み電気配管を伝って漏水し,錆水が溜まる状態であったこと及び雨水の浸入箇所としては,中継ボックスより上部に位置する外壁部,塔屋のテレビジョンケーブル取り込み箇所又は天井内でジョイントが設けられている箇所が想定されるが,そのいずれであるかは不明であることが認められる。
 そうすると,この漏水箇所が特定できないので,漏水箇所発生の原因が特定できず,そこに被告らの不法行為上の責任を認めるための過失や被告Kの瑕疵担保責任を認めるための故意又は重過失があったことを認めることはできない。
 よって,被告らに,A棟9階エレベーターホールのテレビ配線集中口から水が出ることに関する補修費用について賠償義務があると認めることはできない。
キ 屋内立配管に漏れがあること,パイプスペース内の配管が垂直でないこと及び立配管接続部の隙間について(N鑑定
B-1,2,4)
(ア) N鑑定によれば,本件建物住戸内の排水管には,塩化ビニール管及び耐火材被覆した2層管が使用されており,これらの管は鋼管に比べ膨張係数が大きいため,冬期において外気温が低いときに浴槽や台所の温度の高い排水を流すたびに伸縮を繰り返し,その伸縮を吸収するための伸縮継手を使用する必要があったのに,設計において,この伸縮に対する配慮がなされておらず,また,この配慮がなされずに施工されたため,継手部分に亀裂が生じたり,その亀裂からの漏水が起こったり,接続部に隙間が発生していることが認められる。そして,N鑑定によれば,塩化ビニール管や上記2層管の膨張係数が大きいことは,本件建物が建築された当時においても周知の事実であり,また,建築基準法36条,同法施行令129条の2の5第3項5号の排水配管設備の安全上及び衛生上の構造方法を定めた建設省告示昭和50年1597号の解説書によれば,配管の伸縮により損傷が生じるおそれがある場合は伸縮継手又は可とう継手を用いる等有効な処置を行うよう明記されているから,これら伸縮に対する措置を採ることを設計図面で明記しなかったことは,設計の瑕疵に当たる。
  また,設計において伸縮に対する措置を指示されていなかったとしても,上記認定事実によれば,施工者は,配管に伸縮が生じることを当然に予見すべきであり,証拠(甲3)によれば,本件請負契約約款13条1項により,図面・仕様書の表示が明確でないとき,図面と仕様書とが交互符合しないとき,または図面・仕様書に誤謬あるいは脱漏があるとき並びに図面・仕様書または監理者の指示について,施工者がこれによって施工することが適当でないと認めたときは,施工者は,直ちに書面をもって監理者に通知する義務があったことが認められるから,被告Kが被告Iに対する通知や確認をせず(弁論の全趣旨)に,伸縮に対する配慮を欠いた施工を漫然と行ったことは,施工の瑕疵にも該当するというべきである。
 なお,被告らは,排水管の漏れや亀裂が生じたことは,経年劣化によるものであるとか,パイプスペース内は直射日光による温度変化が少なく,前記解説書に明記されている場合には当たらないなどと主張するが,経年変化としての排水管の伸縮による亀裂・漏水が生じることに対する対策が採られていないこと自体が瑕疵なのであり,その瑕疵が年月を経て顕在化するものであることをもって,それが瑕疵に該当しないということにはならないし,パイプスペース内の排水管であっても,前記認定のとおり,冬期に温度の高い排水が流れる度に伸縮を繰り返す状況にあるのであるから,前記解説書における
「配管の伸縮により損傷が生じるおそれがある場合」に該当することは明らかである。
(イ) そうすると,排水管の伸縮対策を講ずべきことは周知の事実であり,また,建設省告示にも規定されていたことであって,被告Iには,設計上の法令適合義務(建築士法18条2項)ないしは誠実義務(同条1項)に違反した過失があり,被告Kもこの瑕疵を生じさせたことについて前記過失があったというべきであって,設計及び施工がともに不法行為を構成すると認められる。
(ウ) よって,被告I及び被告Kは,不法行為責任に基づき,排水管の亀裂や隙間の補修費用並びにそれらの将来の発生及びそれらによる漏れを防止するための補修費用を賠償する責任がある。
ク 全居室のユニットバス不良について(N鑑定B-8)
(ア) N鑑定によれば,本件建物の202号室のユニットバス内の照明器具の取付位置がずれて,傾いていること,301号室及び406号室のユニットバス内の化粧キャビネットの取付位置がずれていること,302号室の同証明器具のビスが浮いていることが認められ,これらは施工に瑕疵があるものと認められる。また,N鑑定によれば,302号室のユニットバスには補強材のある部分と無い部分があるが,その取付方法が施工不良になるか否かは明らかでないことが認められる。
(イ) そうすると,補強材の取付方法に関しては瑕疵があると認めることはできず,ユニットバス内の証明器具や化粧キャビネットの取付位置がずれていたとしても,それだけでは使用に差し支えがあるとはいえない(そのことを認めるに足りる証拠はない。)ので,その補修をすることを余儀なくされているとはいえず,したがって,不法行為上の損害が発生しているとは認められないし,証明器具のビスが浮いていたり,傾いている部分も,その補修は容易であって(N鑑定),その損害の程度は軽微であるから,不法行為上の違法性があるとはいえず,被告Kに不法行為責任は認められない。また,上記瑕疵は
本件請負契約約款23条3項の「建築設備の機器・室内装飾・家具などの瑕疵」に該当するから,本訴において被告Kに瑕疵担保責任を問うことはできない。そして,被告Iに,この点に関する設計上又は工事監理上の過失があることを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) よって,原告らの,本件建物各居室のユニットバス内の器具取付の瑕疵に関する補修費用の請求は理由がない。
ケ A棟全館の漏電について(N鑑定B-10)
(ア) N鑑定によれば,A棟1階屋外にある共用分電盤の絶縁抵抗値は,電気設備に関する技術基準を定める省令(通産省)の基準値を大きく下回る値を示しており,漏電が生じていると認められる。そして,証拠(甲15)によれば,本件建物竣工後1年半足らずしか経過していない平成3年8月から停電事故が起きていることが認められるから,漏電の原因は,経年による電気器具等の劣化によるものでなく,竣工当初からの事情によるものと認められる。
 そして,N鑑定によれば,本件建物が海岸線から直線で250メートル以内にあるため海塩粒子が飛来することによる影響を受け易く,また,開放廊下等は,雨水がかかるおそれがあることから,屋外や開放廊下等の照明器具等の電気器具については,防湿型又は防水型を使用するのが通常であるところ,本件建物の屋外や開放廊下等の照明器具,コンセント及びスイッチ等に防湿型や防水型の器具は用いられておらず,これは設計においてそのような指示がなされていなかったことによるものであることが認められる。
 ところで,N鑑定によれば,漏電の原因としては,上記防湿型又は防水型の器具が用いられていないことによるもののほか,配管の施工不良による可能性も考えられるが,本件建物に配管の施工不良があったことは未だ発見されていないことが認められる。そうすると,本件建物に配管の施工不良による瑕疵があったと認定することはできず,上記防湿型又は防水型の器具を用いることを指示しなかった設計上の瑕疵が本件建物の漏電の原因になっているものと認めるのが相当である。
(イ) そして,上記認定事実によれば,上記瑕疵は,建築士としての誠実義務(建築士法18条1項)に反する被告Iの設計
上の過失によって生じたというべきである。
  また,設計において防湿型又は防水型の器具を用いることが指示されていなかったとしても,上記認定事実によれば,
施工者は,屋外や開放廊下等の証明器具,コンセント及びスイッチ等に防湿型や防水型の器具を用いなかったならば漏
電の発生することを当然に予見すべきであるから,前記キ(ア)で認定したところによれば,被告Kが被告Iに対する通知や確
認をせずに,漫然と屋内型の器具による施工を行った(弁論の全趣旨)ことは,被告Kの過失による施工の瑕疵に該当す
るというべきである。
(ウ) よって,被告I及び被告Kは,不法行為責任に基づき,屋外や開放廊下等の照明器具,コンセント及びスイッチ等を防
湿型又は防水型の器具に取り替える費用を賠償する責任がある。
コ 各室のコンセント裏の錆について(N鑑定B-11)
(ア) 証拠(甲15,N鑑定)によれば,本件建物の各居室内の納戸にある北側コンクリート外壁に打ち込まれたコンセントボ
ックスの一部を調査したところ,裏側が錆びているものがあり,これは,断熱材の打ち込みが行われ断熱処理されている北
側コンクリート外壁に打ち込まれたコンセントボックスが,ヒートブリッジとなり,冬期に室内外の温度差でボックス内部に結
露を生じて,それが錆となったものであること及びこのことにより漏電事故の発生する可能性があることが認められる。そし
て,N鑑定によれば,結露が生じるような場所にコンセントボックスを設置する場合は,錆や漏電を防ぐために,断熱対策を
行う必要があるが,設計上,上記コンセントボックスに断熱対策を行うことは指示されておらず,また,そのような施工もなさ
れていないこと及び上記コンセントボックス内部に結露が生じたのは,その場所が納戸であるため,換気がなされない完全
に密閉された部屋であり,その中で人が生活することは本来予定されていない場所であったが,それにもかかわらず居室
内で生活が行われ,人体から水蒸気が発生したために生じたものであることが認められる。
  そうすると,上記コンセントボックスの裏側に錆が生じたのは,納戸の使用方法を誤ったためであって,設計上断熱対策を行うことが指示されていなかったことや,施工において断熱対策を行わなかったことが設計又は施工の瑕疵に当たるとまでは言い難い。
(イ) また,仮に上記コンセントボックスの裏側に錆が生じたことが瑕疵に当たるとしても,同瑕疵は,本件請負契約約款23条3項の「建築設備の機器・室内装飾・家具などの瑕疵」に該当するものであるから,本訴において被告Kに瑕疵担保責任を問うことはできない。そして,証拠(甲9)によれば,上記コンセントボックスの存する部屋は設計図上「納戸」と明記されていることからすると,設計者,施工業者及び工事管理者には,同部屋で生活が行われることを予見すべき義務はないから,設計・工事監理や施工に不法行為法上の過失があったとまでは認定できないというべきであり,被告Iや同Kに不法行為責任を問うことはできない。
(ウ) よって,原告らのコンセント裏の錆に関する補修費用の請求は理由がない。
サ A棟廊下各階の自動火災報知器について(N鑑定B-12)
(ア) 証拠(甲15,N鑑定)によれば,風雨の吹き込む外廊下に防雨対策のない屋内仕様の一般型火災報知総合盤が設置されていて,これに錆が発生していること,これを放置すれば,漏水による腐食により機能しなくなるおそれがあること,このような場所に設置する火災報知総合盤については屋外型を設置するのが通常であること,しかしながら,設計上,屋外型を設置するとの指示がなされていなかったことが認められる。
(イ) そうすると,上記認定事実によれば,上記屋内仕様の火災報知総合盤が設置されていることは,建築士としての誠実義務(建築士法18条1項)に反する被告Iの設計上の過失によって生じた瑕疵というべきである。
  また,設計において屋外型を設置することが指示されていなかったとしても,上記認定事実によれば,施工業者は,外廊下に設置する火災報知総合盤に屋外型を設置しなかったならば,漏水による腐食により機能しなくなるおそれがあることを当然に予見すべきであるから,前記キ(ア)で認定したところによれば,被告Kが被告Iに対する通知や確認をせず(弁論の全趣旨)に,漫然と屋内仕様の一般型火災報知総合盤を設置したことは,被告Kの過失による施工の瑕疵に該当するというべきである。
(ウ) よって,被告I及び被告Kは,不法行為責任に基づき,火災報知総合盤を屋外型に取り替えるとともに,はく落としを行う費用を賠償する責任がある。
シ 受水槽屋外ポンプについて(N鑑定B-15)
(ア) N鑑定によれば,受水槽の屋外ポンプのモーターは,設計図では屋外仕様とされているのに,施工段階で屋内用の防滴型が用いられていることが認められ,施工に瑕疵があるものといえる。
(イ) しかしながら,この受水槽屋外ポンプの瑕疵は,本件請負契約約款23条3項の「建築設備の機器・室内装飾・家具などの瑕疵」に該当するから,本訴において,被告Kの瑕疵担保責任を問うことはできない。
 また,N鑑定によれば,上記ポンプは直接の雨がかかりにくい階段の下に設置されており,上記ポンプに発生しているさびや汚れは,上記モーターを屋内用の防滴型にしたことによって発生したものではなく,経年変化によって生じたものであることが認められ,上記モーターを屋内用の防滴型にしたことによって何らかの不具合が生じていることを認めるに足りる証拠もない。そうすると,前記ケ認定事実によれば,開放廊下等の電気器具については防湿型でも対応できることが認められるから,直接の雨がかかりにくい場所に設置されている上記ポンプについても防滴型で対応が可能であると推認でき,
現に,防滴型にしたことによる不具合も発生していないので,原告らが上記モーターを屋外型に取り替えるか,屋外カバーを設けることを余儀なくされているとは認められず,原告らに不法行為上の損害は発生していないから,被告Kや被告Iが原告らに対して不法行為責任を負うものとはいえない。
(ウ) よって,原告らの受水槽屋外ポンプのモーター取替費用ないしは屋外カバー取付費用の請求は理由がない。
ス A棟1階エントランスホールの天井及び床について(N鑑定C-3)
(ア) N鑑定によれば,A棟1階エントランスホールの床は,南側東面にある開口部から北側奥に向かって床が低くなっており,逆勾配に施工されていること及び同エントランスホールは,建具によって閉鎖される構造にはなっているが,強風時には建具があっても雨が吹き込んだり,エントランスホールに隣接している階段から2階開放廊下に吹き込んだ雨水が伝って流れ込む構造となっており,このような場所においては,建物内に水が溜まらないような勾配を設けることが建物に求められる通常の基本的機能の1つであるが,上記のとおり逆勾配となっていることから,エントランスホール奥に水が溜まる構造
となっていることが認められる。そうすると,エントランスホール奥に水が溜まるような逆勾配が生じていることは,施工の瑕疵に当たるといえる。
 なお,エントランスホール天井中心部の下がりについては,N鑑定においてその原因となる瑕疵は確認されておらず,甲第15号証でもって何らかの瑕疵が原因であると認定するには十分でなく,他にそれが何らかの瑕疵が原因であると認定するに足りる証拠もない。
(イ) そして,建物内部に水が溜まらないように勾配をつけることは,建築工事を施工する際の基本的な注意義務であるというべきであるから,被告Kには,上記逆勾配の瑕疵発生について過失があるというべきである。
 また,上記認定のとおり,この瑕疵は施工の基本的な注意義務を怠ったものであるし,かつ,この瑕疵の存在は一見して明らかなものであるから,被告Iにも,誠実義務(建築士法18条1項)に反する工事監理上の過失があるといえる。 
(ウ) よって,被告K及び被告Iは,不法行為責任に基づき,A棟1階エントランスホール床の逆勾配によって生じている排水不良を改善するための補修費用を賠償する責任があるが,同天井中心部下がりの補修費用について賠償する義務を負うとはいえない。
セ A棟メイン階段外壁のタイル部コーキングについて(N鑑定C-5)
(ア) N鑑定によれば,N鑑定人が平成12年に調査したところ,A棟北側階段外壁においては,吹き付けタイルの上からホーロー鋼板張りがコーキングされているが,そのタイルとコーキングとの間に一部はがれがあるところが数か所発見されたこと,しかしながら,同一部はがれがあったとしても,直ちにホーロー鋼板張りが落下する可能性が低いことが認められる。
 ところで,前記前提事実及び証拠(甲15,N鑑定)によれば,上記一部はがれは,本件建物竣工から約7年が経過した平成9年4月ころには既に発生していたことが認められるが,前記エ認定のとおり,コーキングは,もともと劣化をおこし易い素材でできており,その耐用年数も7,8年ないし10年程度とされていることからすると,上記一部はがれは,耐用年数の到来が近づいてきたことにより発生し始めた可能性もあり,直ちにコーキングの一部はがれが施工の瑕疵によるものと認めることは困難である。
(イ) また,仮に,コーキングに施工の瑕疵があったとしても,上記認定事実によれば,その瑕疵によって,構造上や機能上の不具合が現実に生じているとまでは認められず,上記コーキングのはく離が一般に建物の構造上の安全性に関わるとはいえないことや,上記コーキングの性質・耐用年数に鑑みると,施工に故意又は重過失があったとはいえず,被告Kの瑕疵担保責任を認めることはできない。
次に,上記コーキングの耐用年数に照らすと,コーキングされた部分については,耐用年数到来とともに,メンテナンスをすることが予定されているというべきところ,前記認定のとおり,前記一部はがれのあるホーロー鋼板張りは直ちに落下する可能性は低いから,少なくとも上記メンテナンスをする時期までは同鋼板張りが落下しないものと認定するのが相当である。そうすると,メンテナンスをする時期までに,原告らが前記コーキングの一部はがれに関する補修をすることを余儀なくされているとまでは認められないから,原告らに不法行為上の損害は発生しておらず,被告Kや被告Iの不法行為責任を
認めることはできない。
(ウ) よって,いずれにしても,原告らのA棟北側階段外壁部のコーキングはく離に関する補修費用の請求は理由がない。
ソ A棟屋上及び外階段の手摺りについて(N鑑定C-6,D-6)
(ア) N鑑定によれば,A棟外階段の手摺りの高さは,設計図では1.1メートルとされているところ,施工段階で段部の手摺り高さ0.85メートル前後に低くされており,一部には手摺り高さが0.7メートルとなっていること,A棟屋上には手すりが設置されていないことが認められる。
 ところで,建築基準法施行令126条では,「屋上広場又は2階以上の階にあるバルコニーその他これに類するものの周囲には,安全上必要な高さが1.1メートル以上の手すり壁,さく又は金網を設けなければならない。」と規定されている。同規定は,不特定多数の者に対する安全を確保するための規定であるから,不特定多数の者の出入りが予定されていない本件建物の屋上(N鑑定)は,同規定にいう「屋上広場」には該当しないものと解すべきであるが,証拠(甲13,N鑑定)によれば,本件建物の外階段は,1階から9階の各開放廊下とつながっており,各階の居住者その他不特定多数の者の往
来が予定されている上,踊り場はバルコニー状に張り出していることが認められ,その安全性確保の観点からバルコニー同様に手摺り高さを規制する必要性のある場所に当たるので,同規定にいう「2階以上の階にあるバルコニーその他これに類するもの」に該当するというべきである。
 したがって,A棟外階段の手摺りを施工段階でこれを低くし,同手摺り高さが1.1メートル未満となったことは,施工の瑕疵に当たるというべきである。
(イ) そして,この瑕疵は,設計図と明らかに相違し,かつ法令の解釈を誤って法令違反となる施工をしたことによって生じたものであるから,被告Kには過失が認められる。
  また,この瑕疵は,設計図と異なり,法令違反となる施工によるものであって,かつ,この瑕疵の存在は一見して明らかなものであるから,被告Iにも,注意喚起義務(建築士法18条4項)及び誠実義務(同条1項)に反する工事監理上の過失があるといえる。
(ウ) よって,被告K及び被告Iは,不法行為責任に基づき手摺り改修費用を賠償する義務を負う。
タ A棟Aタイプ各室の木製建具について(N鑑定C-7)
(ア) N鑑定によれば,フローリング床が施工されている50室のうち,21室に木製建具の隙間が,11室に木製建具の開閉不良が存することが認められ,これらの建具不良は,使用による劣化というよりも,飼木を発泡スチロールで受けていたり,くさび型の飼木を固定していた接着剤が効かなくなって動いたりしたことにより敷居に不陸を生じたことなどが原因であって,当初の施工に起因するものであると認められるから,施工に瑕疵があるといえる。
(イ) そして,飼木を発泡スチロールで受けたり,使用に耐えられないような飼木の接着方法を用いたことなどは,被告Kの施工上の過失に当たるというべきであるから,被告Kは,居室の建具不良について不法行為責任を負うというべきである。
 もっとも,このような内装の仕様に関する事項については,設計図書との齟齬が問題となるものではなく,また内装の施工状況を全て監視することが一般的に工事監理業務の内容になっているとは言い難いので,この点に関して被告Iの誠実義務違反を認めることもできず,被告Iは,同瑕疵について不法行為責任を負うとはいえない。
(ウ) よって,被告Kは,不法行為責任に基づいて,居室木製建具不良の補修費用を賠償する義務があるが,被告Iには,同補修費用の賠償義務があるとはいえない。
チ A棟B,Cタイプ各室のユニット吊戸棚について(N鑑定C-8)
(ア) N鑑定によれば,吊戸棚のある50室の居室のうち12室に吊戸棚の下がりがあるが,これは,吊戸棚の固定が十分なされていないことにより生じたものであることが認められる。したがって,下がりがある吊戸棚には,施工の瑕疵があるといえる。
(イ) しかし,この瑕疵は,本件請負契約約款23条3項の「建築設備の機器・室内装飾・家具などの瑕疵」に該当するから,本訴において,被告Kにこの瑕疵に関する瑕疵担保責任を問うことはできない。
 また,N鑑定によれば,下がりのある吊戸棚について落下の危険性はなく,その下がりの程度もそれほど大きなものでないため,使用上の支障はない(鑑定書(1回目)の写真参照)ことが認められるから,原告らが吊戸棚の下がりを補修するこ
とを余儀なくされているとはいえず,原告らに不法行為上の損害は発生していないから,被告K及び被告Iに不法行為責任を問うことはできない。
(ウ) よって,原告らの吊戸棚の補修費用の請求は理由がない。
ツ 駐車場のアスファルト舗装について(N鑑定C-10)
(ア) N鑑定によれば,本件土地のうち,駐車場として使用されているアスファルトに不陸が生じている(隆起が存し,ひび割れが生じている。)こと,及び,その場所は,車の往来が頻繁であるとか,大型車両が停車する場所であるなどの事情もない場所であり,不陸がいずれも駐車場の端の方に生じていることからすると,これは,路盤の転圧不足による強度不足によって起こったものと認められる。
  なお,被告Iは,不陸の原因として,地震の可能性を主張するが,このような不陸を生じさせるほどの地震があったことを認めるに足りる証拠はない。
  よって,上記不陸は,施工の瑕疵によって生じたものと認められる。
(イ) そして,転圧不足が将来不陸を生じさせるおそれのあることは被告Kにおいて予見すべきことであり,端の方といえども正確に圧力をかけて舗装すべき注意義務を負っていたというべきであるから,被告Kは,アスファルトの不陸について不法行為責任を負うというべきである。
 もっとも,この瑕疵は,設計図書との整合性が問題となる事項ではなく,また,誠実義務として被告Iにはアスファルトの転圧状況を監視している義務まであるとはいえないから,被告Iは,この瑕疵について不法行為責任を負うとはいえない。
(ウ) よって,被告Kは,不法行為責任に基づいて,駐車場アスファルト舗装不陸部分の補修費用を賠償する義務があるが,被告Iには同補修費用を賠償する義務があるとはいえない。
3 損害について(争点(3))
(1) 損害の算定方法及び算定時期
 ア 不法行為責任に基づく損害賠償額について
建物に瑕疵を生じさせたことによって負う不法行為に基づく損害賠償責任は,当該瑕疵によって生じた損害を賠償するものであるから,その損害額は,原則として当該瑕疵の補修費用相当額であるが,その補修費用相当額が当該瑕疵によって生じた建物の価値減損額を上回る場合には,その価値減損額をもって損害額とすることになる。そして,前記1(4)ウ認定のとおり,平成6年に不法行為が成立しているので,損害額は平成6年を基準として算定されることになる。
よって,被告K及び被告Iが,不法行為責任に基づいて負う本件建物の瑕疵に関する損害賠償の額は,原則として平成6年当時の補修費用額となり,これが本件建物の価値減損額を上回る場合は,その価値減損額をもって賠償額と認定されることになる。
イ ひび割れ補修に関する仕上塗装工事相当費用額について
 原告らは,本件建物が賃貸マンションであり,補修跡が見えるようでは賃貸マンションとしての価値がなくなるので,見栄えが悪くならないようその仕上げも考慮して補修費用を算出する必要があるとして,ひび割れの直接補修費用(樹脂注入費用とこれに必然的に伴う足場架設費,跡片付費,モルタル塗費等)とともに,タイル吹付け費用やウレタン塗床,アクリルリシン吹付け費用等の仕上塗装費用額を損害として請求しているが,前記2(1)認定事実,証拠(甲9,13,U鑑定,T鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,本件建物は,もともと,ひび割れがほとんど入らないように配慮して設計・施工されたグレードの高い建物ではなく,後にひび割れが入った場合には瑕疵担保責任の一環として補修する(その場合に仕上塗装することは予定されていない。)ことが予定されて建築された建物であって,現に,A棟1階ピロティ梁のひび割れについては,被告Kによって一部補修が行われたが,その際,仕上塗装はされていなかったことが認められる。また,ひび割れの補修は,それが雨漏りなど建物の使用上支障が生じるなど,急を要する場合以外は,メンテナンスとしての外壁の塗装工事等と併せて行われるのが通常であると考えられるところ,弁論の全趣旨によれば,本件建物については平成6年当時,メンテナンスとしての外壁の塗装工事等が未だ実施されていなかったことが認められるから,本件建物のひび割れ補修は,その後に実施されるメンテナンスとしての塗装工事等と併せて行われるものといえるので,本件建物に生じているひび割れについて補修の必要性が認められるとしても,その補修費用として,仕上塗装工事に相当する費用が別途損害として生じるものとは認められない。
ウ T鑑定を採用する場合の現場管理費,特別現場管理費,一般管理費について
原告らは,ひび割れを補修するのにかかる費用として,T鑑定における積算によるひび割れ補修工事費のほか,現場管理費,特別現場管理費,一般管理費及び消費税を請求しているが,T鑑定人に対する鑑定事項との関係においてT鑑定を吟味すれば,T鑑定によるひび割れの補修工事費は,当然に現場管理費や一般管理費をも含んだ額として積算されたものと認められる上,種類の異なる小規模の複数工事を行うことを前提として現場管理費の率を決定し,別途特別現場管理費を計上しているN鑑定とは積算の対象や方法が異なるから,T鑑定において積算されているひび割れ補修工事費に,別途現場管理費,特別現場管理費及び一般管理費を損害として計上するのは相当でない。
(2) 本件建物のひび割れ等の瑕疵に関する賠償額について
 ア A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの平行ひび割れ
T鑑定によれば,A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの平行ひび割れの補修費用額は,ひび割れへのエポキシ樹脂注入費用37万9456円(北側共用廊下分34万7424円と南側バルコニー分3万2032円の合計額),樹脂注入後のモルタル補修費用5397円(北側共用廊下の床モルタル補修費用1万2220円のうちの平行ひび割れに対する補修費用相当分)及び整理清掃跡片付けの費用(以下「跡片付費用」という。)16万1029円(北側共用廊下の跡片付費用34万3530円のうちの平行ひび割れ分相当額15万1724円及び南側バルコニーの跡片付費用24万5520円のうちの平行ひび割れ分相当額9305円の合計額)の合計額54万5882円であると認められる。
なお,原告らがA棟北側共用廊下の補強費用として請求している炭素繊維補強費用は,前記2(1)認定のとおり,廊下補
強の必要性が認められないため,A棟北側共用廊下と南側バルコニーの補修費用として請求しているウレタン塗床及びア
クリルリシン吹き付け費用は,本件建物外表部の塗装工事に類する費用であって,前記(1)イ認定のとおり,仕上塗装工事
費用相当分がひび割れ補修に伴う損害としては認められないため,これらの補強費用及び補修費用に関する原告らの請求は理由がない。
よって,被告Kが不法行為責任に基づいて賠償すべきA棟北側共用廊下及び南側バルコニーの平行ひび割れの補修費用相当額(消費税別)は,54万5882円である。
イ A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの直交ひび割れ
T鑑定によれば,A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの直交ひび割れの補修費用額は,ひび割れへのエポキシ樹脂注入費用125万2328円(北側共用廊下分43万9208円と南側バルコニー分81万3120円の合計額),樹脂注入後のモルタル補修費用6823円(北側共用廊下の床モルタル補修費用1万2220円のうちの直交ひび割れに対する補修費用相当分)及び跡片付費用42万8021円(北側共用廊下の跡片付費用34万3530円のうちの直交ひび割れ分相当額19万1806円及び南側バルコニーの跡片付費用24万5520円のうちの直交ひび割れ分相当額23万6215円の合計額)の合計額168万7172円であると認められる。
なお,原告らが請求しているウレタン塗床及びアクリルリシン吹き付け費用分が,ひび割れ補修に伴う損害として認められないことは,アで判示したとおりである。
よって,被告Iが不法行為責任に基づいて賠償すべきA棟北側共用廊下及び南側バルコニーの直交ひび割れの補修費用相当額(消費税別)は,168万7172円である。
ウ A棟1階駐車場ピロティ梁のひび割れ
U鑑定及びT鑑定によれば,A棟1階駐車場ピロティ梁のひび割れ補修費用額は,53万0892円(エポキシ樹脂注入費用12万7512円,外部棚足場費用16万5240円,養生費用7万7760円,跡片付費用16万0380円の合計額)であることが認められる。
なお,原告らは,U鑑定及びT鑑定で計測されているひび割れ20.7メートル分だけでなく,梁底,梁内側にもひび割れが存すると主張し,他に31.1メートル分のひび割れ補修費用を請求しているが,U鑑定及びT鑑定で計測されたひび割れのほかに,梁底等に補修を要する幅0.2㎜以上のひび割れが存することを認めるに足りる証拠はない。
また,原告らの請求する吹付けタイル代は,仕上塗装工事費用であるから,前記(1)イ認定のとおり,これをひび割れ補修に伴う損害として認めることはできない。
よって,被告Kが不法行為責任に基づき賠償すべきA棟1階駐車場ピロティ梁のひび割れの補修費用相当額(消費税別)は,53万0892円である。
エ A棟1階駐車場ピロティ壁のひび割れ
証拠(甲35)によれば,A棟1階駐車場ピロティ壁には,幅0.2㎜以上のひび割れが総計16.46メートル存することが認め
られる。そして,T鑑定によれば,幅0.2㎜以上のひび割れにエポキシ樹脂を注入する場合の1メートル当たりの単価は61
60円(平成6年度)であることが認められるから,16.46メートル分のひび割れを補修するには10万1393円を要すると認
められる。なお,跡片付費用は,前記1階駐車場ピロティ梁の跡片付費用として前記ウにおいて計上したので,同一箇所
の壁のひび割れ補修の際に別途計上する必要はないし,吹付けタイル代を認めることができないのは,前記ウと同様であ
る。
よって,被告Kが不法行為責任に基づいて賠償すべきA棟1階駐車場ピロティ壁のひび割れの補修費用相当額(消費税
別)は,10万1393円である。
オ A棟居室床スラブのひび割れ及び床スラブのたわみ
 T鑑定によれば,A棟居室全室の床スラブのひび割れを補修するには,1470万2520円(エポキシ樹脂注入費用,内部
足場架設費用,養生費用,跡片付費用の合計額)を要すると認められる。そして,T鑑定によれば,A棟居室床スラブのひ
び割れのうち,壁際に沿って発生している応力ひび割れと認められるひび割れは,床及び天井の全ひび割れのうちの4分
の1程度と認められる(鑑定資料3の資料1Pないし5P参照)ので,応力ひび割れのみの補修費用は367万5630円と認め
るのが相当である。
ところで,原告らは,他に,A棟居室床の補強費用として,炭素繊維補強費6383万8620円及び耐火モルタル塗費用23
07万4200円をも請求しているが,前記2(1)オ認定のとおり,A棟の居室床スラブに関して補強費用相当額の損害まで発
生しているとは認められないので,これらの費用に関する請求は理由がない。
また,ひび割れを実際に補修する場合には,内装のはぎ取り撤去費や内装復元費用がひび割れ補修費用とともに損害と
して生じ,その額は,弁論の全趣旨によれば,1863万7508円(原告らの主張するA棟居室床及び天井の仕上げはぎ取
り撤去費並びに床及び天井の内装復元費用の合計額)であると認められるが,一方で,前記(1)ア判示のとおり,ひび割れ
の補修費用額が,当該ひび割れが生じていることによる本件建物の価値減損額を上回る場合には,ひび割れが生じてい
ることによる損害は,当該価値減損額内に止まるものと解すべきところ,前記2(1)オ認定のとおり,ひび割れは耐久性に影
響を与えるものであるから,A棟居室床スラブのひび割れを補修しなかった場合は,本件建物の耐用年数を縮小させる可
能性がある。そうすると,A棟居室床スラブのひび割れが生じていることによる本件建物の価値減損額は,同ひび割れ補
修しなかった場合の本件建物の耐用年数縮小の可能性・程度を金銭的に評価したものになるが,本件建物の請負代金
額,本件建物全体に占めるA棟居室の割合,本件建物の耐用年数に,上記ひび割れが内装材に覆われた建物の内部に
発生していて,雨水侵入のおそれのある外壁や空気に直接触れる打ちっぱなし仕上のコンクリート面に比べると,建物の
耐久性低下の速度がかなり遅くなるものと考えられることを考慮すれば,A棟居室床スラブのひび割れが生じていることに
よる本件建物の耐用年数縮小の可能性・程度を金銭的に評価した価値減損額は,前記認定のひび割れ補修費用額に内
装はぎ取り撤去費や内装復元費用を加えた額よりも低額になるものと認めるのが相当である。
したがって,A棟居室床スラブのひび割れが生じていることによる損害額は,上記価値減損額となるが,内装はぎ取りや内
装復元を要しないコンクリート面に耐久性に影響を与えるひび割れが発生した場合は,通常これを補修していることに鑑
みれば,上記価値減損額は少なくともひび割れ充てん補修費用額程度であると認めるのが相当であり,上記ひび割れが生じていることによる本件建物の価値減損額がこれを上回ることを認めるに足りる証拠はない。
よって,被告Kが不法行為責任に基づいて賠償すべきA棟居室床スラブのひび割れに関する損害額は,ひび割れ充てん補修費用相当額(消費税別)1470万2520円,被告Iが不法行為責任に基づき賠償すべきA棟居室床スラブの応力ひび割れに関する損害額は,同じくひび割れ充てん補修費用相当額(消費税別)367万5630円である。
カ A棟居室内の戸境壁のひび割れ
証拠(甲35)によれば,A棟205号室の戸境壁等居室内の壁に生じている幅0.2㎜以上のひび割れの長さは,延べ7.69メートルであることが認められる。そうすると,前記2(1)カ(ア)認定のとおり,A棟2階から8階の居室42戸についてはいずれも205号室と同程度のひび割れが発生しているものと推認できるので,同42戸全体の室内壁に生じている幅0.2㎜以上のひび割れの延べ長さは約322.98メートルであると認められる。そして,エポキシ樹脂の注入費は1メートル当たり6160円であるから,322.98メートル分のひび割れを補修するには,198万9556円を要すると認められる。なお,跡片付費用は,前記A棟居室床スラブの跡片付費用として前記オにおいて計上したので,同一箇所の壁のひび割れ補修の際に別途計上する必要はない。
 ところで,このひび割れを実際に補修する場合には,A棟居室床スラブの場合と同様,内装のはぎ取り撤去費や内装復元費用等がひび割れ補修費用とともに損害として生じ,その額は,弁論の全趣旨によれば,1696万4766円(原告らの主張するA棟居室壁の仕上げはぎ取り撤去費用及び内装復元費用並びに断熱材打ち込み費及びユニットバス取付工事費の合計額の8分の7の金額)であると認められるが,前記オで判示したところと同様の理由により,A棟2階から8階の居室壁にひび割れが生じていることによる本件建物の耐用年数縮小の可能性・程度を金銭的に評価した価値減損額は,上記認定のひび割れ補修費用額に内装はぎ取り撤去費や内装復元費用等を加えた額よりも低額になるものと認められ,かつ,上記価値減損額は少なくともひび割れ充てん補修費用額程度であると認めるのが相当である。
 もっとも,前記2(1)カ認定事実及び証拠(甲35,U鑑定,T鑑定)によれば,A棟9階居室壁のひび割れは,長いひび割れであるとともに数も多く,また,ひび割れ幅が大きく,コンクリートの表裏がつながっている状態になっていることが認められるので,防音等壁としての機能に対する影響や見栄えなどの観点から,放置したままでは当該居室を賃貸物件として使用することが困難であるといえるし,そのひび割れの程度に照らせば,A棟9階居室壁にひび割れが生じていることによる本件建物の耐用年数縮小の可能性・程度を金銭的に評価した価値減損額は,後記認定のひび割れ充てん補修費用額
に内装はぎ取り撤去費や内装復元費用等を加えた額よりも低額になると認めることはできないというべきである。
 そうすると,A棟9階居室壁のひび割れについては,実際にユニットバスを移動させて,内装をはぎ取り,ひび割れを補修した後,断熱材を打ち込んで内装を復元したり,ユニットバスを取り付ける費用の額が損害額になるところ,弁論の全趣旨によれば,上記内装のはぎ取り撤去費や内装復元費用等の額は242万3538円(原告らの主張するA棟居室壁の仕上げはぎ取り撤去費用及び内装復元費用並びに断熱材打ち込み費及びユニットバス取付工事費の合計額の8分の1の金額)であると認められる。
 また,証拠(甲35)によれば,A棟9階の905号室以外の5室の室内壁に生じている幅0.2㎜以上のひび割れの長さは延べ31.62メートルであることが認められる。そうすると,前記2(1)カ(ア)認定のとおり,905号室については,他の9階の居室と同程度のひび割れが発生しているものと推認できるので,9階居室全体の室内壁に生じている幅0.2㎜以上のひび割れの延べ長さは約37.94メートルであると認められる。そうすると,エポキシ樹脂の注入費は1メートル当たり6160円である
から,37.94メートル分のひび割れを補修するには,23万3710円を要すると認められる。なお,跡片付費用を別途計上する必要がないことは,前記判示のとおりである。
 以上によれば,A棟9階居室壁のひび割れが生じていることによる損害額は,265万7248円となる。
 よって,被告Kが不法行為責任に基づいて賠償すべきA棟居室戸境壁のひび割れに関する損害額は,2階から8階のひび割れ充てん費用相当額(消費税別)198万9556円及び9階のひび割れ補修費用額(消費税別)265万7248円の合計464万6804円である。
キ A棟外壁(廊下手摺り)のひび割れ
証拠(甲35)によれば,A棟北側共用廊下の手摺りには,幅0.2㎜以上のひび割れが1フロアーにおいて約18.75メートル存することが認められる。そして,このひび割れは,前記2(1)キで判示したとおり,ひび割れ誘発目地を設けなかったなどの乾燥収縮対策を行っていないことによるものであるから,各フロアーにおいて乾燥収縮を原因とする幅0.2㎜以上のひび割れがほぼ同様に発生しているものと推定され,2階から9階の各フロアーの上記手摺りには補修を要する幅0.2㎜以上のひび割れが総計150メートル存するものと認められる。
 そして,エポキシ樹脂の注入費用は1メートル当たり6160円であるから,A棟の北側共用廊下手摺りのひび割れに対するエポキシ樹脂注入費用は92万4000円となる。また,北側共用廊下の廊下手摺りの外面に樹脂注入を行うためには,足場を組む必要があるが,T鑑定及び弁論の全趣旨によれば,その費用は138万8145円であると認められる。
 なお,原告らの請求する吹付けタイル費用は,建物外表部の仕上塗装工事に類する費用であるから,前記(1)イで判示したとおり,ひび割れ補修に伴う損害としては認められない。
 よって,被告Iが不法行為責任に基づいて賠償すべきA棟外壁手摺りのひび割れの補修費用相当額(消費税別)は,231万2145円である。
ク A棟屋上の塔屋庇の鉄筋露出
証拠(N鑑定,U鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,鉄筋露出部分の補修は,局部的なものであれば鉄筋の裏側まではつり,軽量エポキシ樹脂モルタルを充てんする方法により補修すること,A棟屋上塔屋庇の鉄筋露出部分のはつり面積等は,約0.09平方メートルであること及びA棟屋上塔屋庇の鉄筋露出を補修するには,周辺斫費用692円,下地活性剤塗費用134円,防錆処理剤塗費用188円,軽量エポキシ樹脂モルタル費1万9440円の合計2万0454円を要することが認められる。
そして,原告らの請求する吹付けタイル費用が認められないことは,前記キで判示したところと同様である。
よって,被告Kが不法行為責任に基づいて賠償すべきA棟屋上塔屋庇の補修費用相当額(消費税別)は2万0454円である。
ケ B棟居室床スラブのひび割れ
証拠(甲35)によれば,B棟居室床のひび割れは,総計約44.76メートルであることが認められる。そして,これらは,前記2(1)コ認定のとおり補修を要するひび割れではあるが,補強の必要性は認められないので,原告らのB棟居室床に関する
炭素繊維補強費用,耐火モルタル塗費用の請求は理由がない。
また,前記オで判示したのと同様の理由により,居室床スラブのひび割れによる損害額は,ひび割れの充てん補修費用額程度であると認められる。そうすると,エポキシ樹脂の注入費は1メートル当たり6160円であるから,エポキシ樹脂注入費は27万5721円となる。また,弁論の全趣旨によれば,跡片付費用は7万7220円であると認められる。
なお,原告らは,内部足場架設費も請求しているが,床スラブの補修で足場を組む必要はないから,同費用はひび割れ充てん補修費用額に含まれない。
よって,被告Kが不法行為責任に基づいて賠償すべきB棟居室床スラブのひび割れに関する損害額は,ひび割れ充てん補修費用相当額(消費税別)35万2941円である。
コ B棟居室内の壁のひび割れ
証拠(甲35)によれば,B棟の居室(308号室及び309号室)内の壁には,幅0.2㎜以上のひび割れが総計約4.26メートル存することが認められる。そして,前記2(1)サ認定事実及び証拠(甲35)で認められるこれらのひび割れの程度に照らせば,これらのひび割れによる損害額は,前記カにおいて,A棟2階から8階の居室内の壁のひび割れについて判示したのと同様の理由により,ひび割れ充てん補修費用額程度であると認められる。そして,エポキシ樹脂の注入費は1メートル当たり6160円であるから,B棟居室内壁のひび割れ充てん補修費用額は2万6241円であると認められる。
なお,跡片付費用は,B棟居室床の跡片付費用として前記ケにおいて計上したので,同一箇所の壁のひび割れ補修の際に別途計上する必要はない。
よって,被告Kが不法行為責任に基づいて賠償すべきB棟居室内壁のひび割れに関する損害額は,ひび割れ充てん補修費用相当額(消費税別)2万6241円である。
サ B棟外壁東面及び南面のひび割れ
証拠(甲35)によれば,B棟外壁の東面及び南面には,幅0.2㎜以上のひび割れが総計約41.27メートル存することが認められる。そして,前記エ認定事実,T鑑定及び弁論の全趣旨によれば,B棟外壁のひび割れ補修費用額は,59万5275円(エポキシ樹脂注入費25万4223円(1メートル当たり6160円)及び外部足場架設費34万1052円の合計額)であると認められる。
吹付けタイル費用が認められないことは,前記キで判示したとおりである。
よって,被告Kが不法行為責任に基づいて賠償すべきB棟外壁のひび割れの補修費用相当額(消費税別)は,59万5275円である。

そうすると,本件建物のひび割れ等の瑕疵に関する被告K又は被告Iの不法行為と相当因果関係の認められる損害額は,前記アないしサによって認定した補修費用相当額又はひび割れ充てん費用相当の損害額の合計額に消費税分の5パーセントを付加した金額となり,総額2679万7805円である。そして,このうち,被告Kと被告Iは連帯して385万9411円を,これとは別に,被告Kは1873万9111円を,被告Iは419万9283円を賠償する責任があると認められる。
(3) 本件建物の設備関係の瑕疵に関する補修費用について
ア 前記2(2)において認定した,被告K又は被告Iのいずれか又は双方が不法行為責任を負う各瑕疵を補修するための直接工事費は,N鑑定によれば,下記のとおり合計1999万2533円であると認められ,このうち,被告Kと被告Iが連帯して負担すべき金額は,(イ),(ウ),(カ),(キ),(ク),(ケ),(コ)の合計額である1580万9879円,これとは別に,被告Kが負担すべき金額は,(エ),(オ),(サ),(シ)の合計額である278万5934円,被告Iが負担すべき金額は,(ア)の139万6720円であると認
められる。
(ア) B棟2階及び3階の片持梁(キャンティレバー)の補強費用額並びにB棟2階事務室ドア及び1階店舗ドアの補修費用
額(N鑑定A-1,2,3)
 139万6720円
(イ) A棟各室のバルコニー手摺りの補修費用額(N鑑定A-4ロ)
 221万9685円
(ウ) B棟2階事務室床の鉄筋露出に関する補修費用額(N鑑定A-10)
        9万2115円
(エ) A・B棟接合部エキスパンションジョイント廻りのコーキング切れ補修費用額(N鑑定A-11)
5万4115円
(オ) A棟屋上の防水不良に関する補修費用額(N鑑定A-13,14)
 149万6748円
(カ) 排水管の亀裂や隙間の補修費用額及びそれらの将来の発生等防止のための補修費用額(N鑑定B-1,2,4)
  1070万7912円
(キ) A棟屋外・開放廊下等の照明器具,コンセント及びスイッチ等の取り替え費用額(N鑑定B-10)
 139万3150円
(ク) A棟廊下各階の火災報知総合盤の取り替え及び錆落とし費用額(N鑑定B-12)
52万7940円
(ケ) A棟1階エントランスホール床の排水不良改善補修費用額(N鑑定C-3)
5万6423円(N鑑定書(2回目)のC-3建築工事費から,天井関係の天井ボード撤去費用2万2052円及び内外装費用1
2万4685円を控除して算出した5万5317円に運搬諸経費2%を加算した額。)
(コ) A棟外階段の手摺り改修費用額(N鑑定C-6,D-6)
81万2654円
(サ) A棟Aタイプ各室の木製建具不良の補修費用額(N鑑定C-7)
 58万9980円
(シ) 駐車場のアスファルト舗装不陸部分の補修費用額(N鑑定C-10)
64万5091円
(ス) 小計
1999万2533円
イ 次に,N鑑定によれば,総合仮設費900万4830円及び建設廃棄物処分費等33万3338円を要することが認められる。なお,この点について付言するに,N鑑定においては,上記認定の補修工事の他に,テレビ配線集中口への漏水の補修(N鑑定A-15),ユニットバス内の器具取付の瑕疵に関する補修(N鑑定B-8),各室のコンセント裏の錆に関する補修(N鑑定B-11),受水槽屋外ポンプのモーター取り替えないしは屋外カバー取付補修(N鑑定B-15),吊戸棚の補修(N鑑定C-8)を同時に行うものとして,総合仮設費及び建設廃棄物処分費等を積算しているが,N鑑定書(2回目)に記載の総合仮設費及び建設廃棄物処分費等の内容に照らせば,これらの工事を行わなかったとしても,他の補修工事だけでほぼ同等の総合仮設費及び建設廃棄物処分費等を要するものと認められるから,総合仮設費及び建設廃棄物処分費等の額を,N鑑定によるそれらの額と同じであると認めた。
ウ また,N鑑定によれば,現場管理費は純工事費(直接工事費と総合仮設費の合計額)の10.57パーセントであり,さらに,本件建物の設備関係の瑕疵に関する補修工事では,小規模工事による現場管理費の割増分(特別現場管理費)が現場管理費の30パーセントを要するものと認められる。そうすると,被告K又は被告Iが不法行為責任を負う設備関係の瑕疵すべてについての工事を一度に行う場合,純工事費に現場管理費,特別現場管理費及び建設廃棄物処分費等を加えた工事原価は,純工事費が2899万7363円(直接工事費1999万2533円+総合仮設費900万4830円)であるから,現場管理費がその10.57パーセントの306万5021円,特別現場管理費がさらにその30パーセントである91万9506円となり,建設廃棄物処分費等が33万3338円であるから,併せて3331万5228円となる。
エ さらに,N鑑定によれば,上記ウの純工事費,現場管理費,特別現場管理費及び建設廃棄物処分費等の合計額である工事原価にその額の10.46パーセントを乗じた一般管理費等を加えた額が工事価格となるから,被告K又は被告Iが不法行為責任を負う設備関係の瑕疵の補修工事全体の工事価格は3680万円となり,これに5パーセントの消費税を加えた3864万円が全体の工事費となる。
オ そして,この工事費3864万円を,被告Kと被告Iが連帯して,あるいはそれぞれ単独で負担すべき前記直接工事費の負担割合に応じて按分すると,被告Kと被告Iが連帯して負担すべき額は3055万6094円(3864万円×1580万9879円/1999万2533円),これとは別に,被告Kが負担すべき額は538万4435円(3864万円×278万5934円/1999万2533円),被告Iが負担すべき額は269万9471円(3864万円×139万6720円/1999万2533円)となる。
(4) 瑕疵に関する損害額
 以上によれば,瑕疵に関する損害額は合計6543万7805円となり,このうち,被告Kと被告Iが連帯して3441万5505円を,これとは別に,被告Kが2412万3546円を,被告Iが689万8754円をそれぞれ賠償すべきことになる。
(5) 営業損害について
 原告らは,本件建物に原告ら主張の瑕疵が多数あることによって,本件建物完成当時は満室であった賃貸住居の入居率が低下し,家賃収入が減少した旨主張し,甲第115号証(原告Eの陳述書)中には同主張に沿う部分が存する。また,証拠(甲54,乙イ1,乙ロ3)によれば,確かに,完成当時は満室であった本件建物の入居率は,平成6年には一桁の空室数を出しており,その後増減を経ながら平成13年5月には38室の空室を出すに至っていることが認められる。しかしながら,賃貸建物の入居率は,当該建物の立地,間取,築年数,管理状態等物件の特性のほか,家賃額の設定,営業活動の
有無・程度と,市場の需要など,様々な要因に基づいて個別に決せられ,入居率は各物件毎にかなりの差があるものであって,市場の平均入居率をもって本件建物に瑕疵がない場合の推定入居率を推定することはできない。また,本件建物は,完成当時新築物件としてXが入居者を募集した際には満室になった物件だった(乙ロ3)としても,その後経済状態が悪化したのみならず,本件建物自体の築年数も増え,原告らは,被告Gとの総合メンテナンス契約を締結せず,平成6年にはXによる管理も終了させる(原告E)など建物管理が不十分であって,家賃設定も周囲の相場よりも高かった可能性がある(乙ロ3,被告G代表者)から,甲第115号証の上記部分を直ちに信用することはできず,他に,本件建物の入居率の減少と,本訴おいて被告K及び被告Iに責任を問える瑕疵との間に相当因果関係が存することを認めるに足りる証拠はない。
(6) 調査費用について
証拠(甲101の1ないし3,115)によれば,原告らは,本件訴訟遂行のため,一級建築士事務所や建設会社に依頼して本件建物の瑕疵の有無等を調査してもらい,合計343万9940円を支払ったことが認められる。そして,本件建物の規模,前記認定の瑕疵の数,内容及び程度並びにその判定の難易性等に照らすと,このうち,被告K又は被告Iが不法行為責任を負うべき瑕疵との関係では,金100万円が相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。そして,前記(4)判示の瑕疵に関する損害額に対する被告らの賠償すべき損害額の割合に照らすと,このうち,被告Kと被告Iが連帯して52万5927円を,これとは別に,被告Kが36万8648円を,被告Iが10万5425円を,それぞれ賠償する責任がある。
(7) 引越費用について
 前記(5)認定のとおり,本件建物の入居率の減少が本訴で被告K及び被告Iが責任を負うべき瑕疵によるものとまでは認められない以上,賃貸収入が減少したことによって,借入金の返済が不能となって抵当権を実行され,原告らが本件建物の所有権を失った(甲115)としても,それによって生じた引越費用について,前記認定の被告K又は被告Iが責任を負うべき瑕疵と相当因果関係があるとはいえない。
(8) 慰謝料について
前記前提事実及び証拠(原告E,甲14,30,115)によれば,原告らは,将来の生活設計のために,相続によって取得した固定資産を家賃収入のあるものに換えるべく本件土地及び本件建物を購入し,その数年後に本件建物のB棟2階事務
所スペースに居住し始めたものであるところ,本件建物に前記2認定の瑕疵が判明したことにより,大きな打撃を受け,賃借人からの苦情に対応したり,被告Kに対して補修の交渉・依頼を行ったり,最終的には本件訴訟を提訴しなければならなかったものであり,その間に多大な精神的苦痛を受けたものと認められる(なお,前記のとおり,本件建物の瑕疵と原告らの主張する営業損害との間に相当因果関係は認められないし,本件建物を競売によって失ったことについても,本件建物の瑕疵との間に相当因果関係は認められないから,これらの事由を理由とする精神的苦痛については,本件建物の瑕疵との間に相当因果関係が認められない。)。
そして,前記認定の本件建物の瑕疵の量・内容・程度・損害額等に鑑みると,原告らの被った精神的苦痛は,原告Eにつき金60万円,原告Fにつき金20万円をもって慰謝するのが相当であり,前記(6)と同様に算出すると,原告Eの慰謝料60万円のうち,被告Kと被告Iが連帯して31万5556円を,これとは別に,被告Kが22万1189円を,被告Iが6万3255円を,原告Fの慰謝料20万円については,被告Kと被告Iが連帯して10万5185円を,これとは別に,被告Kが7万3730円を,被告Iが2万1085円を,それぞれ賠償する責任がある。
(9) 損益相殺について
被告Iは,競売による本件土地及び本件建物の売却価格9010万円につき損益相殺を主張するが,この点は被告Iの不法行為によって原告らが利益を受けたものではないから,被告Iの損益相殺の主張は失当である。
(10) 弁護士費用について
  証拠(甲102ないし107)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,本件訴訟の遂行を原告ら訴訟代理人弁護士に委任し,相当額の費用,報酬を既に支払い,また,その支払を約したことが認められる。
そして,認容額,本件訴訟の経過・難易度等に照らすならば,被告K又は被告Iの不法行為と相当因果関係が認められる弁護士費用の額は,670万円と認めるのが相当であり,前記(6)と同様に算出すると,このうち,被告Kと被告Iが連帯して352万3710円を,これとは別に,被告Kが246万9945円を,被告Iが70万6345円を,それぞれ賠償する責任がある。
(11) 損害合計額
以上によれば,原告らに生じた損害額合計は7393万7805円となり,このうち,被告Kと被告Iが連帯して3888万5883円を,これとは別に,被告Kが2725万7058円を,被告Iが779万4864円を,それぞれ賠償する責任があることになる。
4 結論
(8)の慰謝料を除く上記3の損害額については,本件建物の持分割合に応じて各原告らに生じているものと認められる。
よって,不法行為責任に基づき,被告Kと被告Iは連帯して,原告Eに対し金2916万4412円,原告Fに対し金972万1471円,被告Kは,原告Eに対し金2044万2793円,原告Fに対し金681万4265円,被告Iは,原告Eに対し金584万6148円,原告Fに対し金194万8716円及びこれらに対する不法行為成立後である平成6年7月1日から支払済みまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので,主文1項ないし3項の限度で原告らの本訴請求を認容し,その余は理由がないのでこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法64条1項,65条1項,61条を,被告Iに対する仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用し,被告Kに対する仮執行宣言については,本訴請求権が仮差押されていて(甲63,64),いずれにしても執行することができないから,これを付さないこととする。

大分地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官  一志泰滋
裁判官  細 野 なおみ
裁判官和田はる子は,差し支えのため署名押印することができない。

                   COURTS IN JAPANより、引用

私見:本件は、賃貸マンションで例であるが当然に分譲マンションでもいえることで単なる施工不良ではなく不法行為が認められた画期的判決。不法行為が認められたということは20年の除斥期間が適用され不法行為によって被害を受けた被害者にとっては有利に働く。