誰がその不法行為を排除するの??
当事者
原 告 X1
上訴訟代理人弁護士 三 枝 基 行
被 告 Y1管理組合
上代表者理事長代行副理事長 Y2
上訴訟代理人弁護士 河 崎 光 成
同 千 賀 修 一
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金65万円及びこれに対する昭和54年5月13日から完済まで、年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1(一) 別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、通称「○○○○○センタービル」といい、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)の適用を受ける建物である。
(二) 原告は、本件建物の区分所有者であり、被告は、本件建物の全区分所有者及び賃借人のうちの希望者を構成員として本件建物の維持・管理を行う目的で設立された民法上の組合で、区分所有法17条に規定する本件建物の管理者である。
2 本件建物の区分所有者である訴外A(以下「訴外人」という。)は、その所有者に係る専有部分(220号室)に接する本件建物の共用部分である北側外壁に対し、直径15ないし20センチメートルの開口工事をした。
3 被告は、区分所有法18条1項により、共用部分を保存する義務を負担しており、また、その組合規程でも、事業の一つとして「共用施設の保守・修理」を行うことを規定しているから、共用部分についてその原状を維持するだけでなく、原状に変更が生じた場合には、その復旧もしなければならない。したがって、区分所有者又は第三者が共用部分を侵害しながらみずからその復旧をしないでいるときには、被告は、本件建物の管理者として、当然それらの者に対して訴訟を提起し、その侵害を排除して復旧をさせる義務を負担している。
4(一) ところが、被告は、訴外人が前記のように開口工事をして共用部分を侵害しながらみずからその復旧をしないでいるにもかかわらず、訴外人に対して訴訟を提起してその復旧をさせる義務を怠り、これを漫然放置していたので、原告は、やむなく、区分所有法13条1項ただし書に基づき、訴外人に対し、前記開口部分の復旧工事をすることを求めて訴訟(当庁昭和49年(ワ)第7132号)を提起した。
(二) 上訴訟は、第一審では請求棄却となったが、控訴審では請求が認容され、上告審でもその結論が維持されて上告棄却となった。
5(一) 原告は、訴外人に対する上訴訟追行のため、訴外弁護士三枝基行を代理人に選任してその訴訟委任をし、同人に対し、その手数料として合計金50万円を支払ったほか、さらに、成功報酬として金10万円を支払うことを約した。
(二) また、上訴訟に使用するため、訴外B株式会社に対して、復旧工事用図面及び見積書の作成を依頼し、その費用等として合計金5万円を支払った。
6 原告が上のように支払い、又は支払を約した合計金65万円は、被告が本件建物の管理者としての前記義務を履行して訴外人に対して前記開口部分の復旧工事を行うことを求めて訴訟を提起していたならば、当然要した費用である。そして、区分所有法14条は、管理に要する費用につき各共有者がその持分に応じて負担すべきことを定めているが、この費用負担は、管理行為の個々につきその都度徴収するのではなく、一定期間における費用の見積に基づき、一定額を毎月徴収するようにしているのが一般であり、被告もそのようにして管理費を徴収しているのであるから、上訴訟に要した費用は、この管理費の中から被告が支出すべきものである。したがって、被告は、自らの義務の履行を怠ったことによって上支出を免れ、原告の損失で法律上の原因なくして利益を受けたというべきである。
7 よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、金65万円及び本件訴状送達の日の翌日である昭和54年5月13日から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1の(一)、(二)の事実は認める。
2 同2の事実は知らない。
3 同3のうち、被告が区分所有法18条1項により共用部分を保存する義務を負担していること及び組合規程に原告主張の規定が存することは認めるが、その余の主張は争う。
区分所有法18条1項にいう「共用部分の保存」及び組合規程にいう「共用施設の保守・修理」とは、破損又は老朽化した共用部分を復旧することをいうのであり、区分所有者又は第三者が共用部分を侵害しながら自らその復旧をしないでいるときに、訴訟を提起してその侵害を排除する権限までは管理者に与えられていない。管理者は、共用部分の管理をする権限を区分所有者から与えられているにすぎず、共用部分の所有者ではないから、共用部分が侵害されたときに、訴訟を提起してその侵害を排除することは、共用部分の所有者である区分所有者がその権限を有するのである。
4 同4の(一)の事実は否認する。
前記のとおり、訴外人に対して訴訟を提起してその侵害を排除することは、共用部分の所有者である区分所有者の権限であって、被告にはその権限がなく、したがって、その義務もない。
同4の(二)の事実は知らない。
5 同5の(一)、(二)の事実は知らない。
6 同6のうち、区分所有法14条に原告主張の規定が存すること及び管理費の一般的徴収方法が原告主張のとおりであり、被告もそのようにしていることは認めるが、その余の主張は争う。
仮に原告に不当利得返還請求権があるとしても、利益を受けたのは、被告ではなく、他の区分所有者らである。被告は、区分所有者のために単に共用部分を維持・管理する責任を有するにすぎず、区分所有法18条2項に規定する代理というのも、区分所有者の共有物維持・管理に関してする法律行為及び事実行為についてのものであって、区分所有者の有する債務を代理して支払う責任を有するものではない。
また、原告の訴外人に対する訴訟の確定判決によると、原告は半分勝訴したにすぎず、訴訟費用も2分の1負担させられているから、仮に原告の要した費用を被告が不当利得として返還する責任があるとしても、その額はたかだか2分の1にすぎないというべきである。
第三 証拠《略》
理由
【理由】 一 請求の原因1の(一)、(二)の事実、同3のうち、被告が区分所有法18条1項により共用部分を保存する義務を負担していること及び組合規程に原告主張の規定が存すること並びに同6のうち、区分所有法14条に原告主張の規定が存すること及び管理費の一般的徴収方法が原告主張のとおりであり、被告もそのようにしていることは、いずれも当事者間に争いがない。 二 《証拠略》を総合すると、請求の原因2の事実、同4の(一)の事実のうち、原告が区分所有法13条1項ただし書に基づき訴外人に対して開口部分の復旧工事を行うことを求めて訴訟を提起したこと、同4の(二)の事実及び同5の(一)、(二)の事実をそれぞれ認めることができる。 三 そこで、被告が本件建物の管理者として訴外人に対して訴訟を提起し、その侵害を排除すべき義務を負担しているか否か、したがって、また、原告が訴外人に対して訴訟を提起して費用の支出をしたことによって、被告が利得したことになるのか否かについて検討する。 たしかに、管理者は共用部分を保存する義務を負担している(区分所有法18条1項)が、その職務にあたる管理者の地位は、あくまで各区分所有者の代理人と定められているにすぎず(区分所有法18条2項)、しかも、特に共用部分の保存行為については、区分所有者が各自これをすることができるものとされている(区分所有法13条1項ただし書)のであるから、区分所有法18条1項の規定は、共用部分の保存に必要な行為をその都度各区分所有者がみずから行わなければならない煩しさを避けるとともに、管理者が共用部分の管理を行う上で通常予想される保存行為については、管理者に予め代理権を付与しておくことが、管理者による管理行為を円滑に行わせ、かつ、区分所有者全員の共同の利益をはかるのに資する結果となるとの趣旨に出たものと解される。したがって、区分所有法18条1項によって管理者がその義務を負担している共用部分の保存とは、共用部分の損壊・滅失を防ぎ、その原状を維持するために、損壊・滅失箇所の修繕をし、又はそのための修繕契約を締結するといった日常的な事実的行為又は法律的行為のことをいうのであって、区分所有者又は第三者が共用部分を侵害しながら復旧をしないでこれを放置しているときに、それらの者に対し、訴訟を提起してその侵害を排除することは、各区分所有者の権限に属し、管理者には、管理者としての立場で上行為をする権限はないというべきである。そして、原告主張の組合規程の定めも、以上に述べた区分所有法18条1項の規定の趣旨と同旨のものと解すべきである。 さらに、共用部分を侵害している区分所有者又は第三者に対して訴訟を提起するための弁護士報酬等の費用が共用部分の保存に要する費用にあたるとしても、区分所有法14条は、管理に要する費用は各共有者がその持分に応じて負担すべきものと定めているから、原告が上費用を全額支出したことによって利益を受けたのは、上分担義務を負っている他の区分所有者らであるというべきである。そして、被告が原告主張のような方法で各共有者から管理費を徴収していることは当事者間に争いがないが、上管理費は、前記のような区分所有法18条1項の予定している管理者が保存行為をするための費用として徴収されているのであるから、区分所有者が共用部分への侵害を排除するために訴訟を提起して費用を支出したとしても、集会決議又は規約の定めがない限り、上管理費の中からそれを支出することは許されないというべきである。 以上のとおり、被告は、本件建物の管理者として、訴外人に対して訴訟を提起してその侵害を排除すべき義務を負担しているわけではなく、また、被告が各区分所有者から徴収している管理費を、原告の訴外人に対する訴訟に要した費用の支出に充てることは原則として許されないから、原告が上費用を支出したことによって、被告は何らの利得もしていないというべきである。 四 よって、原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。 昭和55年07月07日 東京地裁(裁判長裁判官 伊藤 博 裁判官 宮﨑公男 原 優) |
マンション管理センターデータベースより、引用
私見:大変失礼な話しだが、この判決には合点がいかない面もある。確かに不当利得返還請求の中で利益を得たのは管理組合ではなく各区分所有者であるので管理組合に返還請求するのは筋違いだと思う。しかし、共用部に無断で穴をあける行為は、不法行為であり、共用部を管理している管理組合が停止請求や排除請求、原状回復を行うのが当然のような気がする。管理組合の業務が「共用部分の損壊・滅失を防ぎ、その原状を維持するために、損壊・滅失箇所の修繕をし、又はそのための修繕契約を締結するといった日常的な事実的行為又は法律的行為のことをいう」に限定するのは如何なものかと思う。また、各区分所有者が単独で排除や原状回復の請求、訴訟を提起するということは現実的でないように思うのは私だけであろうか。上級審に行けば判断が分かれることもあるような気がする。