それは名誉毀損には当たらない!

マンションの判例,役員関連

当事者

 広島市西区南観音……
   原  告       甲
   同訴訟代理人弁護士  * 川   *
 広島市西区南観音……
   被  告       乙 
   同訴訟代理人弁護士  * 口 * 一

主文

 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1 当事者の求めた裁判
 1 請求の趣旨
  (1) 被告は、原告に対し、700万円及びこれに対する平成12年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2) 訴訟費用は被告の負担とする。
  (3) 仮執行宣言
 2 請求の趣旨に対する答弁
   主文同旨
第2 当事者の主張
 1 請求原因
  (1) 原告及び被告は、いずれもマンションAの区分所有者で、同マンションの居住者であって、同マンションの管理組合であるA管理組合(以下「管理組合」という。)の組合員である。被告は、管理組合の平成11年4月29日の総会で理事に選任され、同年度の理事長となった者である。
  (2) 平成11年4月29日の管理組合総会においては、修繕積立金増額の決議がなされたが、それは管理組合の経費節約に最大限に努めるとの確約の下、それを条件として承認されたものであった。しかるに理事長となった被告は、経費節約のための重要施策である節電(廊下灯の減灯)について、一部のこれに反対する組合員の意向を受け、消極的な態度を見せるなど、節約に関する施策を推進する姿勢に欠けていた。そこで原告は、あらかじめ被告の了承を得た上で、同年7月29日の理事会に出席し、廊下灯の減灯を始めとする経費節約についての所信を述べようとした。ところが、被告は理事長として、原告の説明が始まってすぐこれを打ち切るよう要請し、原告に経費節約についての所信を述べさせなかった。
  (3) 原告は、このような被告の誤った行動や姿勢を批判し自己の見解を明らかにした書面を再三被告に送り、本件(経費節約に努めるとの問題)を風化させないため管理費については、平成11年9月から従前額に100円だけ上乗せした月額1万8,400円として、増額された管理費月額2万0,400円との差額2,000円を当面支払わないこととした。
  (4) また原告は、管理組合が発注して行ったAの排水管工事の不手際から、肩書住居のマンション室に水漏れが生じ、流し台の所の冷蔵庫下の床が腐っていたので、その修理を行うよう被告に申し出ていたが、被告はこれを放置していた。そのため、原告はやむなく、平成12年3月、有限会社〇にこの修復工事を依頼し、同月8日同社に4万8,825円を支払った。これは、原告が管理組合において支払うべき工事代金を立替払いしたものであるから、原告は同年2月分ないし4月分の管理費からこれを差引精算して、残額を支払った。
  (5) したがって、平成12年4月時点で、原告が滞納していた管理費は月額2,000円の8か月分でわずか1万6,000円にすぎず、それについても上記(3)のとおり正当な理由のあるものであり、また原告は、被告との話がつき次第それも支払う意向を表明していたのである。にもかかわらず被告は、管理組合の同月28日開催の第25回通常総会及び同年5月29日開催の臨時総会において、原告の管理費等の未収金対策に関する件を議案として提出して審議した。管理費の滞納額が僅少でしかも滞納について合理的理由があるのであるから、理事長たる被告としては、原告と話合いで解決する方法を選ぶのが民主主義の下において採るべき方途であるのに、被告はこの方法を採らずに、あえて上記のように管理組合総会において原告の管理費等の未収金対策を議案として提出して審議し、原告の人格を著しく傷つけ社会的名誉を毀損した。
  (6) 原告は、被告の上記行為により多大な精神的損害を受けたもので、これに対する慰籍料としては600万円が相当である。また、原告は、原告訴訟代理人に対し本訴の提起及び遂行を委任することを余儀なくされ、着手金として30万円を支払い、報酬として70万円を支払うことを約した。
  (7) よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づき700万円及びこれに対する不法行為後の平成12年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 2 請求原因に対する認否及び被告の主張
  (1) 請求原因(1)は認める。
  (2) 請求原因(2)のうち、平成11年4月29日の管理組合総会において修繕積立金増額の決議がなされたことは認めるが、その際には増額に伴い節約できるもの(たとえば節電)について検討することとされたのである。また、原告が同年7月29日の理事会に出席したことは認める。その余の事実は否認する。
  (3) 請求原因(3)の、原告が被告を批判する書面を再三被告に送り、本件を風化させないためと称して原告主張のとおり管理費を滞納したことは認める。
  (4) 請求原因(4)の第1、2文は不知。第3文の原告が工事代金を立替払いしたとして管理費からこれを差し引いたことは認め、この工事代金が管理組合において支払うべきものであるとの主張は争う。仮に管理組合が負担すべき費用があったとしても、それをもって原告が支払うべき管理費と相殺することは許されない(東京高裁平成9年10月15日判決・判例時報1643号150ページ)。
  (5) 請求原因(5)のうち、管理組合の第25回通常総会及び臨時総会において、原告の管理費等の未収金対策が議案として提出され審議されたことは認め、その余は争う。
 上記議案が提出され審議されたからといって、何ら原告の人格、名誉が毀損されたものではない。原告は、上記通常総会前、自ら原告訴訟代理人を代理人として、平成12年4月7日付け書面で、経費節減の件及び支払拒否問題を総会の場で公にする旨通知してきたのであり、これを受けて理事会は総会議案書に「管理費等の未収金対策の件」を議案として記載したのである。
 また、被告の管理費の一部滞納には正当な理由がなく、被告は管理組合の理事長として当然の職務行為を行ったもので、不法行為責任を負うことはない。
 さらに、原告の管理費の支払拒否問題は、管理組合の全組合員の利害に関わるものであるから、公共の利害に関する事実であり、この問題を管理組合総会において議案として提出し組合員に対して明らかにすることは、組合員の義務履行責任の意識を希薄化させないためにも必要で目的において公益性があるし、上記議案書に記載されたことはすべて真実であるから、被告の行為は違法性が阻却される。
  (6) 請求原因(6)は争う。

理由

1 請求原因(1)は当事者間に争いがない。
2 証拠(甲2ないし6,8ないし22、26、27、29、34、35、乙1、3、9、原告及び被告本人)によれば、以下の事実が認められる。
 (1) 平成11年4月29日の管理組合総会において、修繕積立金増額の決議がなされたが、その際原告の提案により、増額に伴い節約できるもの(たとえば節電)については検討することとされた。これを受けて、被告ら平成11年度の理事は、同年7月には廊下灯にタイムスイッチを設置する、エレベーター前灯に人感センサーを設置する等の措置を講じた。なお、その後同年10月には、管理組合員に対するアンケート調査の結果も踏まえて、エレベーター保守点検料や防災点検料を減額する契約変更を行うなどの経費節減対策をも講じている。しかし、廊下灯の減灯については、防犯上好ましくないとの組合員の意見が相当強かったこともあり、これを行わなかった(この点についても後にアンケート調査を実施している。)。原告は、上記の修繕積立金増額決議は飽くまで管理組合の経費節約に最大限に努めることを条件として承認されたものであるとして、理事会の姿勢に反発し、被告の了承の下、同年7月29日の管理組合理事会に出席して、廊下灯の減灯を含めた更なる経費節減措置を採るべきことを強く主張した。しかし、廊下灯の減灯措置に関しては出席した理事らの賛同を得られないまま、30分余り議論を続けたところで、原告は被告から理事会があるから退席するよう求められ、退席した。
 (2) 原告は、それ以後、被告が上記の理事会で原告との事前の約束に反して、経費節約についての所信を述べる時間を与えることなく原告を退席させたと主張し、経費節減に関する被告や理事らの姿勢を批判するとともに、自己の見解に沿って臨時総会を開く等の行動を採るよう求める書面を被告に再三送り付けた。また、経費節約に努めるとの問題を風化させないためとの理由で、管理費について平成11年9月分以降毎月増額分の一部2,000円を減額した1万8,400円しか支払わなかった。さらに、原告は、5、6年以上前に、管理組合が発注して行った排水管工事を原因として自己のマンション居室に水漏れが生じ床が腐ったので、その部分の修補工事を行い平成12年3月工事代金4万8,825円を管理組合のため立て替えて支払ったとして、一方的に同年2月分ないし4月分の管理費からそれを差し引いた。
 (3) 被告及び管理組合は、再三原告に滞納管理費を支払うよう求めたが、原告は、原告訴訟代理人を代理人として、平成12年4月7日付け書面で、同月中に開催される組合総会において、経費節約の件について主張、説明をし、それに対する組合員の反応の内容を見て被告の管理費支払催促に対応する旨通知してきた。
 (4) そこで被告ら理事は、これに対応して、平成12年4月28日開催の第25回通常総会議案書に議案として「管理費等の未収金対策に関する件」を掲げ、そこで原告が管理費を滞納するに至った経緯及びこれに対する管理組合の対応を説明するとともに、原告に総会の場において説明の発言を認める旨提案した。しかし、総会においては、原告が管理規約の閲覧、総会議事録の作成・閲覧等上記議案とは直接関係のない問題を持ち出して質疑を続けたため、上記議案の審議に入れないまま総会は終了した。
 (5) そこで、被告ら理事は、同年5月29日に臨時総会を開催して上記の議案を審議することとし、前記通常総会のときと同様臨時総会議案書に議案として「管理費等の未収金対策に関する件」を掲げ、そこで通常総会以降の管理費滞納問題に関しての原告とのやりとりの内容や、原告のその後の管理費の支払状況等を説明記載した。同日開催された臨時総会に原告は欠席したので、そのまま審議がなされ、管理組合から原告に対し未納の管理費の督促を続けることが決議された。
3 以上によれば、原告は、毎月2,000円の管理費の滞納については、経費節約問題に関する被告ら理事の姿勢に対する批判の意を明らかにし、自己の見解の正しさを訴える趣旨で、いわば自己の正当と信じる信念に基づきあえて管理費増額分の一部の支払を留保しているというのであり、またその余の滞納分は、原告において管理組合が支払うべきものと考える工事代金の立替分を管理費から差し引いたというのである。そして、第25回通常総会及び臨時総会議案書では、原告の管理費滞納経緯の説明の中で、原告のそのような主張も正確に記載されている。そうしてみると、原告の管理費の滞納は、原告自身正当な根拠ないし権利に基づくと考えあえて行っているものであるから、そのことを管理組合員に知ってもらって何ら不都合はないはずであり(現に原告が毎月の管理費のうち2,000円を支払わない旨表明した平成11年8月30日付書面(甲3)は多くの管理組合員に配布されていることがうかがえる(甲21、被告本人)。)、その問題が総会の議題とされれば、原告としては、まさに与えられたその場において自己の見解を訴え管理組合員の理解を得るよう努めればよいのである(それこそが原告の標榜する民主主義であろう。)。にもかかわらず、それが総会の議題とされたことによって人格が傷つけられ社会的名誉が毀損されたとの主張は矛盾しており、採用の余地はなく、名誉毀損の事実を認めることはできない。
4 また、原告の経費節約問題に関する主張の当否は別として、管理費の滞納自体は、管理組合として容易には受け入れ難い事態であることは明らかである(管理組合のため立て替えて支払った工事代金を差し引いたと主張する分については、工事の内容・性質からして、管理組合の責任で発生した損傷か所の修補工事か否か明らかでなく、管理組合が負担すべき工事代金とはにわかに判断し難いから、そのようなものを一方的に管理費から差し引くことは、管理組合として容易には認め難い。)。したがって、管理組合の理事長である被告及び理事らが、総会において原告の主張をも披瀝してもらった上でこの問題に対する対処方法を組合員に諮るべく、総会の議案に取り上げ提案したことは、管理組合理事として正当な職務行為といえる。よって、このことをもって原告の名誉を毀損する違法行為ということはできない。
5 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。
 H15/1/22 広島地方裁判所民事第3部
  裁判官  * 垣 * 正

           マン管センターデータベースより、引用

私見:理事会や総会で管理費等の滞納について議論することはよくあることだが、この時に実名で議論されても議事録に実名が記載することない。調停や裁判等の提起に至る時はさすがに実名記載もあり得るがそれ以外は今回のようなケースに繋がる。ただ、組合員が自ら正当性を主張する為にマンション内に名前入りの理事会批判のチラシを配布することがあるがこの場合は、個人情報やプライバシーをどこまで保護するか難しい。本件は、理事長の正当な業務として認められたが前提条件が変わってくると当然に判決も変わってくる。