建て替え決議の無効主張は難しい!!
判決 平成13年10月31日 神戸地裁伊丹支部 平成9年(ワ)第375号 総
会決議無効確認請求事件(甲事件) 平成10年(ワ)第206号 所有権移転登記
手続等請求事件(乙事件)
主 文
1 甲事件原告らの請求をいずれも棄却する。
2(1) 甲事件原告・乙事件被告A(以下「甲事件原告A」という。)は,乙事件原告に対し,同原告から541万6131円の支払を受けるのと引き換えに,別紙物件目録(1)記載の不動産について,平成10年2月25日売買を原因とする所有権移転登記手続をし,かつ,同目録(1)記載の建物専有部分を明け渡せ。
(2) 同目録(1)記載の不動産について同日成立した売買契約に基づく乙事件原告の甲事件原告Aに対する代金債務は金541万6131円であることを確認する。
3(1) 甲事件原告・乙事件被告B(以下「甲事件原告B」という。)は,乙事件原告に対し,別紙物件目録(2)記載の建物専有部分を明け渡せ。
(2) 甲事件原告Bは,乙事件原告に対し,同目録(2)記載の不動産について,平成10年2月19日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(3) 同目録(2)記載の不動産について同日成立した売買契約に基づく乙事件原告の甲事件原告Bに対する代金債務は金541万6131円であることを確認する。
4 訴訟費用は甲事件原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 甲事件
甲事件原告らと甲事件被告との間において,同被告の平成9年11月2日臨時総会における別紙記載の建替え決議が無効であることを確認する。
2 乙事件
主文第2,3項同旨
第2 事案の概要
1 争いのない事実等
(1)ア(ア) 甲事件原告Aは,別紙物件目録(1)及び(2)の「1棟の建物の表示」欄記載の建物(以下「本件マンション」という。)において,同目録(1)記載の区分所有権及び敷地利用権(以下「本件物件1)」という。)を有し,同目録記載の建物(専有部分)を占有している区分所有者である。
(イ) 甲事件原告Bは,本件マンションにおいて,上記目録(2)記載の区分所有権及び敷地利用権(以下「本件物件(2)」という。)を有し,同目録記載の建物(専有部分)を占有している区分所有者である。
イ 甲事件被告は,建物の区分所有等に関する法律(以下「法」又は「区分所有法」という。)に基づき,本件マンションの区分所有者を構成員として平成7年5月21日に設立された管理組合であり,甲事件原告らもその組合員である。
ウ 乙事件原告は,住宅を必要とする勤労者に対し住宅の積立分譲等の方法により居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し,もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として地方住宅供給公社法に基づき設立された特殊法人である。
(2) 本件マンションは,昭和49年6月に建築された鉄骨造陸屋根5階建,全戸数131戸,1専有部分の平均床面積約42平方メートルのマンションであるが,平成7年1月17日の阪神・淡路大震災に被災し,被害を受けた。
(3)ア 平成9年11月2日,本件マンションの区分所有者集会が開催され,法62条2項所定の①再建建物の設計の概要,②建物の取壊し及び再建建物の建築に要する費用の概算額,③同費用の分担に関する事項,④再建建物の区分所有権の帰属に関する事項を盛り込んだ建替え議案が上程された。本件マンションにおいては,専有部分の床面積の広狭にかかわらず,各区分所有者の議決権は住戸1戸につ
き1個と定められているところ,上記議案は区分所有者及び議決権の各5分の4以上の多数(賛成114名,反対3名,棄権4名,転出者5名)で成立した(以下「本件決議」という。)。
イ 甲事件原告らは,いずれも,本件決議に賛成しなかった。
(4) 前記集会の招集者の代理人弁護士は,法63条1項に基づき,甲事件原告Aに対しては平成9年11月7日到達の書面により,同Bに対しては同月6日到達の書面により,それぞれ本件決議の内容による建替えに参加するか否かを回答するよう催告したが,同原告らは,いずれも催告を受けた日から2か月以内に参加するとの回答をしなかったため,法63条2項及び3項により,建替えに参加しない者
として確定した。(以上につき,当事者間に争いがない。)
(5) 本件決議後,乙事件原告は,法63条4項前段に基づき,本件決議に賛成した区分所有者及び前記(4)同様の催告を受けて建替えに参加する旨の回答をした区分所有者の全員の合意により,建替えに参加しない者に対し区分所有権及び敷地利用権を時価で売り渡すべきことを請求することができる者(買受指定者)として指定された。(丙5の1ないし120)
(6) 乙事件原告は,法63条4項に基づき,甲事件原告Aに対しては平成10年2月25日到達の書面により,同Bに対しては同月19日到達の書面により,それぞれ,その有する区分所有権及び敷地利用権を時価(いずれも541万6131円)で売り渡すよう意思表示をした。
(7) なお,本件物件(2)には,神戸地方法務局宝塚出張所平成3年11月11日受付第19891号の抵当権設定登記がなされている。(以上につき,当事者間に争いがない。)
2 本件は,甲事件原告らが甲事件被告との間で本件決議の無効確認を請求する(甲事件)のに対し,乙事件原告が甲事件原告らに対し,法63条4項の売渡請求をしたことに基づき,各専有部分の明渡し,区分所有権等の移転登記手続(甲事件原告Bについて引換給付判決を求めていないのは,売買の目的物について抵当権の登記があるときは,買受人は滌除を行うことができ,その手続が終わるまでは代金の支払を拒むことができる(民法577条本文)から,同原告については同時履行の抗弁権を有しないと解されることに基づく。)及び売渡代金の確定を求める(乙事件)事案である。
3 争点
(1) 本件決議の有効性
ア 過分性の要件について
(甲事件被告・乙事件原告の主張)
株式会社長谷工コミュニティが作成した本件マンションの補修(復旧)工事費用の見積書(乙6)によれば,その工事費用の総額は6億8418万円とされている。上記見積書は,建築についての中立公正な第三者機関である社団法人建築研究振興協会による建物調査報告書(乙5)に示された適正・妥当な補修(復旧)方針に忠実に基づき,作成されたものであり,本件訴訟において甲事件原告らからの弾劾にさらされることを前提としていることなどからもその信用性は高いというべきであるから,上記金額をもって本件マンションの「効用を維持し,又は回復するのに」必要な費用と認めるのが相当である。仮に,厳密に上記金額と認定できないとしても,少なくとも概ね6ないし7億円と認定できることは明らかである。他方,本件マンションの被災前建物価額についての鑑定評価額は,5億0986万円である(乙4)ところ,日本不動産鑑定協会カウンセラー部会作成の「区分所有法第61条による1/2滅失判定手法について」というマニュアル(乙11)により,被災建物価格=(被災前建物価格-復旧費用)×(1-震災修正率)という算式に従って本件マンションの被災建物価額を算定すると,本件マンションの被災建物価格は0円(復旧費用が被災前建物価格を遙かに超えているため,震災修正
率を乗ずるまでもない。)となるから,本件マンションの「建物の価額」は0円であると解される。そうすると,「建物の価額」が0円に過ぎない本件マンションに対し6億8418万円もの多額の費用をかけて補修(復旧)を行うことは,いかに「その他の事情」について併せて考慮しても,合理性を有するものとは到底考えられないから,費用の過分性の要件を充足することは明らかであるというべきであ
る。 なお,「建物がその効用を維持し,又は回復するのに」要する費用については,当該建物の建築当時の効用を維持し,又は回復するのに要する費用が一応の基準になるが,具体的なケースに応じてどの程度の,どのような仕様の補修を選ぶかについては,上記基準から大きく逸脱しない限り,多数の区分所有者らの主観的判断が可及的に尊重されると解すべきである。また,過分性の要件を充たしてい
ないことを理由として建替え決議の有効性が争われる具体的な訴訟の場面においては,建替え決議に賛成しない区分所有者によって,建替え決議が上記要件に明白に反してなされたという特段の事情が存在したとの立証がなされない限りは,上記要件は充たされたと判断されるべきである。
(甲事件原告らの主張)
本件マンションは補修が可能であり,その費用は1戸当たり約200万円であって,法62条1項の建替え決議の前提条件である「建物がその効用を維持し,又は回復するのに過分の費用を要する」を充たしていない。 甲事件被告・乙事件原告は,株式会社長谷工コミュニティ作成の見積書(乙6)に基づき,本件マンションの工事費用の総額が6億8418万円である旨主張するが,上記見積書は,その作成経過や内容からして信用できない建物調査報告書(乙5)に依拠し,補修に多額の費用がかかるため建替えしかないことを立証するという目的のため,意図的に過大な見積をしたものである。ビケンテック株式会社作成の見積書(甲18,19)は,株式会社長谷工コミュニティ作成の見積書(乙6)をベースにしつつ,それぞれの単価や数量を是正し,必要十分にして最小限度の範囲で見積もった過分性の判断資料として極めて妥当な見積であり,それらを併せた総計約2億7800万円を131戸で割った1戸当たり約220万円の負担は,到底過分性のないことを示している。この程度で元のように住めるならば,建替え費用の約20億円や建物鑑定額の約5億1000万円との比較を持ち出すまでもなく,過分性はないと判断される。 なお,過分性の要件は多数の横暴により少数者の所有権が害されることのないように設けられたものであるから,過分性とはあくまで建物の客観的状態を表す基準であると考えるべきであり,区分所有者らの主観とは関わりのない概念であるが,仮に,主観的意思の多数を忖度するとしても,それは正しい見積書に基づき理性的に判断されたような場合に限定され,本件のように,決議時には見積書もなく,決議後数か月後に調査見積がされたというケースには妥当しない。また,過分性は,少数者の所有権を奪う必要要件であるから,権利を奪う方がその要件の充足を立証しなければならないのは理の当然であるが,仮に,過分性がないことの立証責任が決議の無効を主張する側にあるとしても,前記ビケンテック株式会社作成の見積書は過分性がないことを立証している。
イ 錯誤について
(甲事件原告らの主張)
本件決議は,各区分所有者が,甲事件被告の誤った説明により,補修費用が1戸当たり588万円かかること,及び,本件マンションがA・B・Cの3棟の連担棟であって,A・B・C各棟ごとに補修又は建替えの選択が可能であるのに,一括して補修又は建替えの選択をしなければならないものと誤信して,表決という形で意思表示したものであり,真意に基づかない無効のものである。
(甲事件被告・乙事件原告の主張)
補修費用が1戸当たり588万円かかるというのは,被害調査の依頼をしていたニチモ株式会社から示された見積り(取り急ぎまとめられたものであり,概算での最高金額であるとの留保が付されていた。)によるものであるが,同見積りはその後の複数の建築会社による見積り金額(554万円,522万円,497万円)と比べても大きな乖離はないから,本件決議当時,各区分所有者が復旧費用として1戸当たり588万円程度の費用負担が生じると認識していたとしても,決して的外れの認識を抱いていたことにはならない。また,区分所有法上,復興(建替え・復旧)の単位は1棟の区分所有建物であるから,連担棟のマンションにおいてもその全体として1棟と評価される限り一体的に復興の決議がなされるべきであり,個々の部位(棟)ごとの決議は許されないところ,本件マンションは,法律上,A・B・Cの3棟を併せて1棟のマンションであるから,復興に関する決議も本件マンション全体として一体的に行われるべきである。 仮に,本件マンションの各区分所有者に何らかの錯誤があったとしても,それは動機の錯誤にとどまるものであるところ,本件決議において賛成表決をした者が甲事件原告らが主張するような事実を意思表示の内容として表示した事実はないから,法律行為の要素とはならない。また,上記賛成者らは,現在においても何ら錯誤があったと思っておらず,それに基づく無効を主張する意思もないところ,第三者である甲事件原告らが錯誤無効を主張することは許されない。さらに,一部の表決が無効であったとしても,それによって直ちに決議が無効となるわけではなく,個々の表決が無効となった結果,決議成立に必要な多数の賛成を欠くに至った場合に,初めて決議は無効となるものであるところ,本件決議において,個々の区分所有者がどのような錯誤に陥っていたかは明らかでなく,錯誤に陥っていた者の人数も不明である。 したがって,事実面から見ても法律面から見ても甲事件原告らの主張は失当である。
ウ 再建建物の区分所有権の帰属に関する衡平性について
(甲事件原告らの主張)
本件決議の内容である再建建物の区分所有権の帰属に関する事項は,取得する専有部分につき,希望・協議・抽選と定められ,形式的には平等公平であるが,取得対象である専有部分は,原則として現在の持分割合により帰属すべきところ,今よりも最も広い部屋と最も狭い部屋の差が拡大するものであり,実質的な衡平性を欠き,法62条3項に違反する無効の決議である。
(甲事件被告・乙事件原告の主張)
再建建物における区分所有権の帰属について従前建物の専有部分と一致させなければならない必要性は存せず,むしろ一致しない方が通例であるから,従前に比べて専有部分の面積の差が拡大したことをもって衡平性に欠けるとはいえない。確かに,建替え決議が法62条3項の定める衡平性に欠ける場合には無効となるが,同条項の趣旨からすれば,決議が無効になるのは,建替え費用の分担に関する事項及び再建建物の区分所有権の帰属に関する事項について,特定の区分所有者にのみ不利益な全体の衡平性を欠く決議によって多数決により特定の区分所有者の建替えへの参加の機会を事実上奪ってしまうような,ごく例外的な場合に限られるべきである。本件決議は,資金力のない区分所有者にも平等に建替えへの参加の機会を保障するために従前建物よりも小さな専有部分を設けたものであり,実質的にも区分所有権者間の衡平にかない法62条3項を設けた趣旨によりよく合致している上,本件決議までに何度も区分所有者に対するアンケートを実施して本件マンション住民の意思を十分に反映したものになっている。 したがって,本件決議中の再建建物における区分所有権の帰属に関する事項の部分が衡平性を欠き,法62条3項に違反するものであるとは到底いえない。
(2) 法63条4項に基づく売渡請求権を行使した場合の区分所有権及び敷地利
用権の時価
(乙事件原告の主張)
法63条4項における時価とは,売渡請求権を行使した当時における区分所有権及び敷地利用権の客観的取引価格であり,再建建物の敷地とすることを予定した土地の更地価格から現存建物の取壊しに要する費用を控除した額である。 本件マンションの敷地全体の更地価格は1平方メートル当たり25万4997円(敷地面積は3073・51平方メートル),現存建物の取壊しに要する費用(2億0900万円)のうち建替え参加の区分所有者の自己負担分は5分の1相当額である4180万円であるから,甲事件原告らの敷地権割合(いずれも10000分の73)に応じた「時価」は,いずれも541万6131円((254,997×3073.51-41,800,000)×73÷10000≒5,416,131)となる。
(甲事件原告らの主張)
法63条4項には「区分所有権及び敷地利用権を時価で」と定められているにもかかわらず,敷地利用権のみしか評価せず,かつ,現存建物の取壊し費用を差し引くのは,明らかに明文規定に反する。区分所有権は敷地利用権と独立に評価されるべきであるし,また,建物の取壊しは,売渡請求権者が所有権を取得した後に自らの必要のために行うものであるから,自ら費用を負担するのが当然である。
法63条4項における時価とは,区分所有権の価格と敷地利用権の価格との合計額である。
甲事件原告らの区分所有権の価格はいずれも372万1978円(本件マンションの時価5億0986万円に持分10000分の73を乗じたもの),敷地利用権の価格はいずれも594万5704円(敷地価格8億1448万円に持分10000分の73を乗じたもの)であるから,その「時価」は,いずれも966万7682円(3,721,978+5,945,704=9,667,682)となる。
第3 当裁判所の判断
1 前記争いのない事実等に,当裁判所に顕著な事実,証拠(甲42,乙12,18,検甲1~21,証人C,同D,甲事件原告Aのほか,適宜括弧内に掲げたもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件マンションの状況等
本件マンションは,昭和49年6月11日に建築された鉄骨造陸屋根5階建,全戸数131戸,延床面積7689.77平方メートル,1専有部分の平均床面積約42平方メートル,上部構造鉄骨造ラーメン及びブレース構造,基礎構造杭基礎のマンションである。本件マンションは,エキスパンションジョイントによりA棟,B棟及びC棟に区切られており,建物形状は各棟ともに一文字型をした片廊下タイプとなっている。エントランス及びエレベーターはB棟にのみ設けられている。(甲1,2,乙5)
本件マンションは,平成7年1月17日の阪神・淡路大震災に被災し,被害を受けた。宝塚市による応急被災度判定は一部損壊であった。
(2) 本件決議に至る経緯
ア 阪神・淡路大震災当時,本件マンションには管理組合がなく,自治会が事実上その機能を代替していたが,同自治会は,本件マンションの建築をしたニチモ株式会社(以下「ニチモ」という。)に被害調査(建物が補修可能か建て替えるべきかの判断をするための調査。なお,震災直後にも,余震による二次災害の防止及び軽減を目的とする調査(第1次調査)が行われているため,これが第2次調査
となる。)を依頼した。ニチモは,株式会社キンキ総合設計とともに本件マンションの立入調査を行い,平成7年4月24日付けで「地震被災建物の被災度区分判定調査」(乙1)及び「地震被災建物の復旧の概要と概算[案]」(乙2)を作成した。これによれば,本件マンションの被災度(軽微,小破,中破,大破,倒壊の5区分)は,A棟及びC棟が中破,B棟が小破とされ,修繕工事の概算見積り案として,様々な条件つきで総額7億7000万円(1戸当たり588万円)が提示されていた。その内訳は以下のとおりである。
(ア) 仮設工事 5320万円
(イ) 鉄骨工事 9170万円
(ウ) ALC工事 1億7120万円
(エ) 外装工事 5370万円
(オ) 内装工事 1億6950万円
(カ) 建具工事 1300万円
(キ) 電気設備工事 3210万円
(ク) 給排水設備工事 8080万円
(ケ) 外構工事 440万円
(コ) 諸経費 1億0040万円
イ 同年5月21日,前記自治会の臨時集会が招集され,復興に備えて,本件マンションの区分所有者を構成員とする管理組合(甲事件被告)が設立され,それと同時に前記ニチモの調査結果が報告された。同結果を踏まえ,宝塚市に前記判定(一部損壊)を訂正するよう申し入れたところ,被災度判定は半壊となった。さらに,甲事件被告においては,同年9月ころ,本件マンションにつき,より詳細な
第3次調査を行うべきか検討されたが,調査費用(約1000万円)の捻出が困難であることなどから,同調査の実施は否決された。
ウ 甲事件被告は,同年7月から10月ころにかけて,日向建設株式会社,株式会社長谷工コーポレーション(以下「長谷工コーポレーション」という。),株式会社新井組及びニチモに対し,補修と建替えの場合についての各概算費用の算定を依頼し,上記会社らは,これに応じて大まかな説明を行った。これによれば,建替え費用は,予想される補助金を控除して,14億円から19億円程度であり,補修費用は,小規模補修で1戸当たり150万円から200万円程度,大規模補修では600万円程度ということであった。(甲31,32)
エ 同年10月29日,臨時管理組合集会が開催され,本件マンションの復旧方法を建替え(再建)方式とする旨の議案が提出された。同議案は,賛成84名(議長一任11名を含む。),反対18名,棄権28名の結果で可決された。(甲33)
オ 同年12月17日,臨時管理組合集会が開催され,建替え業者には長谷工コーポレーションを選定することが議決された。その後,甲事件被告及び長谷工コーポレーションは,アンケート実施,資金計画,市会議員への説明会,乙事件原告との折衝など建替えに向けての準備を行うとともに,前記非賛成者の一部に対して個別に説明を行うなどした(甲事件被告は,組合員全員の合意を得て建替えを行
う方針であった。)。
カ 平成9年1月26日,臨時管理組合集会が開催され,建替え事業に対する決議が,議決権125名に対し,賛成111名(88・8パーセント),反対5名,棄権9名(後日,議決権126名,賛成112名,反対5名,棄権9名に修正)で可決された。(甲34ないし36)
キ その後も,甲事件被告は,住民集会を開くなどして建替えに反対する者との話し合いを続けた。平成9年6月29日には,甲事件原告Aの希望で,日本マンション学会関西支部構造技術委員会の委員である京都大学工学部E講師の講習が行われ,その中で本件マンションの補修に関する説明がなされたこともあった。しかし,補助金や公庫融資等についての震災特例の期限が迫ってきたため,甲事件被告は,従前の方針を変更して区分所有法所定の多数決による建替えを目指すこととし,同年7月ころから,理事会や住民集会を頻繁に開いて,建替え決議のための準備を進めた。(甲4,40,41)
(3) 本件決議の成立
平成9年11月2日,本件マンションの区分所有者集会が開催され,別紙記載のとおり,①再建建物の設計の概要,②建物の取壊し及び再建建物の建築に要する費用の概算額,③同費用の分担に関する事項,④再建建物の区分所有権の帰属に関する事項の4項目で示す内容により本件マンションの建替えを行う件に関する議案が審議された。甲事件被告代表者から,これまでの経過報告が行われ,本件マンションは経年劣化に伴う補修費だけでも約2億2000万円ほどかかり,これに加えて震災による補修費も7億7000万円ほどかかる旨の説明があり,質疑応答がなされた後,上記議案に対する賛否について決議が求められた。その結果,全区分所有者数131名のうち,賛成114名,反対3名,棄権4名,転出者5名(棄権扱い)で本件決議が成立した。甲事件原告らは,いずれも,本件決議に反対し
た。(甲3の3)
(4) 本件決議成立後の経過
ア 甲事件被告代表者の代理人弁護士は,法63条1項に基づき,甲事件原告Aに対しては平成9年11月7日到達の書面により,同Bに対しては同月6日到達の書面により,それぞれ本件決議の内容による建替えに参加するか否かを回答するよう催告したが,同原告らは,いずれも催告を受けた日から2か月以内に参加するとの回答をしなかったため,同条2項及び3項により,建替えに参加しない者と
して確定した。
イ 甲事件原告らは,同年12月11日,本件訴訟(甲事件)を提起した。(当裁判所に顕著である。)
ウ 平成10年1月,乙事件原告は,本件決議に賛成した区分所有者及び前記ア同様の催告を受けて建替えに参加する旨の回答をした区分所有者の全員の合意により,法63条4項前段に基づく買受指定者として指定された。
エ その後,本件決議を支持する区分所有者らによって構成される宝塚第3コーポラス再建組合(以下「再建組合」という。)が発足した。
オ 再建組合は,株式会社谷澤総合鑑定所に本件マンションの被災前建物価格の鑑定評価を依頼し,同鑑定所は,平成10年2月9日付けで鑑定評価書(乙4)を提出した。これによれば,本件マンションの正常価格は5億0986万円と鑑定評価された。
カ(ア) また,再建組合は,本件決議が過分性の要件を充たしていることについてより客観性・信頼性の高い資料を得るため,社団法人建築研究振興協会(以下「振興協会」という。)に本件マンションの調査を依頼した。
(イ) 振興協会は,平成10年3月30日から4月2日の間,株式会社東京ソイルリサーチ(乙26,27)の協力を得ながら,本件マンションの現地調査を行った。同調査は,本件マンションは震災により主要構造部材である戸境鉛直ブレースに座屈及び破断等の被害を受けていることが推定されたことから,部分的に仕上げ材を取り除き,より詳細な構造体の被害状況を把握することと,給排水設備における劣化状況を把握することにより,今後の復旧計画を策定するための必要な資料を作成することを目的としていた。
(ウ) 同年6月8日付けで調査結果が報告された。「宝塚第3コーポラス建物調査報告書」(乙5。以下「本件調査報告書」という。)によれば,本件マンションの状況は以下のとおりであった。
a 鉄骨接合部調査
既存図面と現況とで大きく異なる点は特に見られなかった。
b 溶接部の超音波探傷検査
調査した12か所の梁・上下フランジ突合せ溶接部24か所のうち5か所においてきずエコーを検出し,そのうち2か所が不合格であった。
c 外観ひび割れ損傷調査
A棟~C棟において最も多く見られた損傷は,目地に沿ったひび割れや戸境のALC板内の押出しによる仕上げ材の損傷であった。また,この他にB棟には,柱の仕上げ部分の縦及び斜めひび割れやALC板内の水平ひび割れが見られるなど,3棟のうちで最も外装材の被害が大きかった。
d 主要構造部材の被害状況
調査した15か所のうち構造部材に被害のあった階は,A棟1階~3階,B棟1階,C棟1階~4階であり,主な被害は,梁間方向梁端部ガセットプレートの座屈亀裂,鉛直ブレースの座屈,鉛直ブレースの破断,鉛直ブレース中央部ガセットプレートの座屈及び座屈亀裂であった。C棟はすべての部屋において構造部材に被害を受けている可能性があり,階別に見た場合,A棟~C棟の1階全室において被害を受けている可能性がある。なお,被害を受けた部材(座屈・破断・亀裂の生じた部材)は,塑性化している状態にあるため材質が変質しており,構造部材としての十分な機能を果たすことのできない状態である。よって,部材の取替えを行うことが必要である。
e 給排水設備劣化調査
調査を行った配管の管端部は発錆し,その錆によるスケール付着が見られた。給水管(揚水管)では配管外面が腐食し著しい減肉部分が見られ,配管強度の低下が懸念される状態であり,エルボの樹脂コーティング継手部ではコーティング塗膜が膨れ(ブリスター現象),エルボ部(鉄部)に腐食が見られた。したがって,配管材としての強度低下及び給水管としての機能劣化が進行しているため,早急に劣化対策を講じる必要がある。給水立管・屋内給水管,屋内雑排水・汚水管,敷地内排水桝は継続使用が可能であるが,入水槽は現状地下埋設方式となっていて十分な維持管理ができない状態となっているため,現行法規に合わせて地上設置型にすることが必要であり,屋上の高架水槽4基は現状使用不可能な状態で早期に解体・撤去が必要である。
(エ) 前記調査結果に基づき,振興協会は,以下の旧状復旧案を提示した。 ただし,上記調査はあくまで調査可能な箇所における抜取り調査であり,今回調査しなかった箇所においても構造部材に被害を受けている箇所が少なからずあると考えられるから,旧状復旧を行う際には,内装材を取り除いた上での全数調査を行い,被害状況の把握及び取替部材の把握を行うことが必要であるとされた。
a 旧状復旧工程
① 住民全員を他の場所に移住させる
② 現状の内装仕上げ及び戸境壁ALC板を撤去する
③ 構造部材の調査
④ 部材を取り替えるための防火養生(溶接対策)
⑤ 部材の取替え作業
⑥ 内装仕上げ等の復旧
b 工事対象範囲
① 内装仕上げ撤去対象住戸(110戸)
② キッチン・畳等の住設材の撤去(保管・再据付け)
③ アスベスト撤去(4350平方メートル)
④ 内装仕上げ及び戸境壁ALC板撤去
⑤ ブレース・ガセットプレート取替部分(76戸)
⑥ 内装材の復旧
⑦ 外装ALC板シール打替え(8260メートルの10パーセント
程度)
⑧ 補修後の塗装(補修箇所の部分塗装)(6137平方メートルの
20パーセント程度)
⑨ エレベーター2基新規取替え(経年劣化が進んでいるため)
⑩ 外構部分(駐車場の土間補修,建物廻りのコンクリート土間補
修,工事に関わる植栽の撤去復旧)
⑪ 給排水設備改修工事
キ(ア) その後,再建組合は,株式会社長谷工コミュニティ(以下「長谷工コミュニティ」という。)に本件マンションの補修工事費用の見積りを依頼した。長谷工コミュニティは,マンションの改修工事等を主たる業務とする会社である。(乙13,18)
(イ) 長谷工コミュニティは,本件調査報告書において示された旧状復旧案に基づき,平成10年5月22日付けで見積書(乙6。以下「本件見積書」という。)を作成した。これによれば,本件マンションの補修費用は総額6億8418万円(消費税3258万円を含む。)であり,その内訳は以下のとおり(ただし,1万円以下の端数は調整)であった。
a 共通仮設工事 3060万円
b 直接仮設工事 1736万2400円
c アスベスト除去工事 9262万5950円
d 戸境壁鉄骨筋交補修工事 1億5233万5000円
e 内装復旧工事 1億8860万円
f 外壁ALC板補修工事 2120万2600円
g 給排水設備改修工事 1340万円
h エレベーター取替工事 5260万円
i その他工事 390万円
j 現場管理費 2500万円
k 工事保険 600万円
l 諸経費 3000万円
m 構造部材調査(振興協会) 1800万円
(ウ) 乙事件原告は,本件見積書の信頼性を確かめるため,株式会社鴻池組及び株式会社新井組に対し,本件見積書の金額欄を白地にしたものを交付した上,上記各社の見積金額を提出してもらうよう依頼した。その結果は,以下のとおり,その内訳とも本件見積書の金額(括弧内に記載)と大差ないものであった。
a 共通仮設工事
① 鴻池組(乙7) 2960万円
② 新井組(乙8) 3009万円
(本件見積書 3060万円)
b 直接仮設工事
① 鴻池組 1637万1600円
② 新井組 1816万8000円
(本件見積書 1736万2400円)
c アスベスト除去工事
① 鴻池組 8686万4150円
② 新井組 1億0018万9630円
(本件見積書 9262万5950円)
d 戸境壁鉄骨筋交補修工事
① 鴻池組 1億4491万1000円
② 新井組 1億6089万2000円
(本件見積書 1億5233万5000円)
e 内装復旧工事
① 鴻池組 1億8136万8000円
② 新井組 1億9577万4000円
(本件見積書 1億8860万円)
f 外壁ALC板補修工事
① 鴻池組 1987万2550円
② 新井組 2660万3000円
(本件見積書 2120万2600円)
g 給排水設備改修工事
① 鴻池組 1340万円
② 新井組 1340万円
(本件見積書 1340万円)
h エレベーター取替工事
① 鴻池組 5000万円
② 新井組 5270万円
(本件見積書 5260万円)
i その他工事
① 鴻池組 372万円
② 新井組 425万円
(本件見積書 390万円)
j 現場管理費
① 鴻池組 2280万円
② 新井組 2900万円
(本件見積書 2500万円)
k 工事保険
① 鴻池組 580万円
② 新井組 650万円
(本件見積書 600万円)
l 諸経費
① 鴻池組 2729万2700円
② 新井組 3580万円
(本件見積書 3000万円)
m 構造部材調査(振興協会)
① 鴻池組 1800万円
② 新井組 1800万円
(本件見積書 1800万円)
n 消費税
① 鴻池組 3100万円
② 新井組 3456万5000円
(本件見積書 3258万円)
税込合計
① 鴻池組 6億5100万円
② 新井組 7億2586万5000円
(本件見積書 6億8418万円)
ク(ア) 他方,甲事件原告らは,ビケンテック株式会社(以下「ビケンテック」という。)に本件マンションの補修工事費用の見積りを依頼した。ビケンテックは,大阪市に本社がある資本金8000万円の株式会社であり,主として塗装・防水工事を行っている。(甲44の1・2)
(イ) 当時ビケンテックの京都支店部長であったCは,本件調査報告書,本件見積書,前記鴻池組及び新井組作成の各見積書を検討した上,平成11年3月31日に本件マンションを訪れて目視による調査を行い,同年4月19日付けでビケンテック作成の見積書(甲18)を提出した。その結果は,以下のとおりである。なお,Cは,被災マンションにつき補修による復興を正当と考える「被災地クラブ」の賛助会員である。(甲22,30)
a 共通仮設工事 1100万円
(本件見積書 3060万円)
b 直接仮設工事 1200万円
(本件見積書 1736万2400円)
c アスベスト除去工事 316万円
(本件見積書 9262万5950円)
d 戸境壁鉄骨筋交補修工事 5592万円
(本件見積書 1億5233万5000円)
e 内装復旧工事 1億1120万円
(本件見積書 1億8860万円)
f 外壁ALC板補修工事 1100万円
(本件見積書 2120万2600円)
g 給排水設備改修工事 1340万円
(本件見積書 1340万円)
h エレベーター取替工事 60万円
(本件見積書 5260万円)
i その他工事 90万円
(本件見積書 390万円)
j 現場管理費 1200万円
(本件見積書 2500万円)
k 工事保険 200万円
(本件見積書 600万円)
l 諸経費 900万円
(本件見積書 3000万円)
m 構造部材調査(振興協会) 1800万円
(本件見積書 1800万円)
n 消費税 1300万円
(本件見積書 3258万円)
税込合計 2億7300万円
(本件見積書 6億8418万円)
(ウ) その後,ビケンテックは,平成12年3月7日付けで本件マンションのアスベスト除去工事に関する見積書(甲19。以下,甲18と併せて「ビケンテック見積書」という。)を追加提出した。これによれば,上記工事の見積金額は493万円とされていた。Cは,平成11年10月にビケンテックを退社していたが,その作成に関与した。(甲22)
2 争点に対する判断
(1) 争点1(本件決議の有効性)について
ア 過分性の要件について
(ア) 法62条1項は,「建物がその効用を維持し,又は回復するのに過分の費用を要するに至ったとき」に建替えの決議をすることができる旨定めているが,これは,建物が建物としての社会的経済的効用を果たすためには,社会通念上要求される一定の性能を保持していなければならず,建物が老朽,損傷,一部の滅失その他の事由により損なわれた場合には,その効用を維持し,又は回復するために費用を要することになるところ,その費用が,建物の価額その他の事情に照らし,相当の範囲内であれば,補修をして建物の使用を継続すべきであるが,その範囲を超えて過分の費用を要する場合には,建替えをして,その敷地の利用価値を回復するのが合理的であるからである。そして,建物にどの程度の効用を期待するかは,相対的な価値判断の問題であり,まず第一次的に区分所有者が判断すべきものであるから,建物の効用を維持し,又は回復するのにどの程度の補修工事をするか,どの程度の費用を投じるかについての大多数の区分所有者の主観的判断は,それが不合理といえない限り,これを十分尊重すべきものである。 なお,甲事件被告・乙事件原告は,建替え決議に賛成しない区分所有者によって建替え決議が過分性の要件に明白に反してなされたという特段の事情が存在したとの立証がなされない限りは,上記要件は充たされたと判断されるべきである旨主張するが,法62条1項の形式や趣旨に照らせば,過分性の要件の不存在についての立証責任を建替え決議の有効性を争う側に負担させるべきとまでは解されず,上記主張はにわかに採用できない。
(イ) 前記1(4)カの認定事実によれば,本件決議当時,本件マンションには,①梁・上下フランジ突合せ溶接部の一部に損傷があり,②目地に沿ったひび割れや戸境のALC板内の押出しによる仕上げ材の損傷が多く,特にB棟では,柱の仕上げ部分の縦及び斜めひび割れやALC板内の水平ひび割れが見られるなど,3棟のうちで最も外装材の被害が大きく,③A棟1階~3階,B棟1階,C棟1階~
4階の主要構造部材に,梁間方向梁端部ガセットプレートの座屈亀裂,鉛直ブレースの座屈,鉛直ブレースの破断,鉛直ブレース中央部ガセットプレートの座屈及び座屈亀裂等の被害があった上,④配管材としての強度低下及び給水管としての機能劣化に対する対策を早急に講じ,入水槽(現状地下埋設方式)を地上設置型とし,屋上の高架水槽4基(現状使用不可能)を早期に解体・撤去する必要があったのであるから,本件マンションについて効用の減退が生じていたことは明らかであり,その効用を維持し,又は回復するためには,本件調査報告書に示された旧状復旧案(前記1(4)カ(エ))のとおり,補修工事を行う必要があったと認められる。
(ウ) そして,本件見積書によれば,本件マンションの補修工事費用は6億8418万円とされている(前記1(4)キ(イ))。同見積書は,マンションの改修工事等を主たる業務とする長谷工コミュニティによって,本件調査報告書において示された旧状復旧案に基づいて作成されたものであり,株式会社鴻池組及び株式会社新井組の提出した見積金額とも大差ないものであった(前記1(4)キ)ことなどに照らし,十分信頼できると認められる。なお,本件見積書は本件決議以後に作成されたものであり,それ以前に各区分所有者が本件見積書と同程度に具体的な補修内容や費用を把握していたと認めるに足りる証拠はないが,本件決議に至る経緯(前記1(2))に加え,本件訴訟において甲事件被告が補修工事費用の証拠として本件見積書を提出していることを併せ考慮すれば,同見積書程度の工事は必要であると認めているものと解される。
(エ) これに対し,甲事件原告らは,ビケンテック見積書に基づき,本件マンションの補修費用は約2億7800万円(1戸当たり約200万円)に過ぎない旨主張する。 しかしながら,ビケンテック見積書は,被災マンションにつき補修による復興を正当と考える「被災地クラブ」の賛助会員であるCが,本件訴訟提起後に甲事件原告らから依頼されて,目視による調査(正式な調査回数は1回)を行っただけで作成したものである上,ビケンテックは塗装・防水工事を中心に行う会社に過ぎず,C自身,アスベスト除去工事に関する極めて曖昧な証言内容等に照らしても,被災マンションの大規模補修工事に必要な知識や経験等が必ずしも豊富とはいい難いことなどからすれば,その信頼性には疑問を感じざるを得ない。 また,甲事件原告らは,「旧状復旧を行う際には,内装材を取り除いた上での全数調査を行い,被害状況の把握及び取替部材の把握を行うことが必要」(前記1(4)カ(エ))との方針に基づいて110戸の調査等を行うことにつき,同じ階ではいわゆる妻側の方が被害が大きいという原則等を考慮すれば73戸を超える調査は無駄であるとか,アスベスト除去工事を4350平方メートルも行う必要はなく550平方メートルで足りるとか,エレベーター取替工事は不要であるなどと主張し,ビケンテック見積書も同旨の考えに基づいて作成されている。しかし,前記(ア)で判示したとおり,どの程度の補修工事をするか,どの程度の費用を投じるかについての大多数の区分所有者の主観的判断は,それが不合理といえない限り,十分尊重すべきものであるところ,本件において,全数調査を行うべきか否か,アスベスト被害への対策をどの範囲で講じるか,エレベーターの取替えを行うかなどについての区分所有者らの判断について,特に不合理な点は見当たらない(なお,本件全証拠によっても,「同じ階ではいわゆる妻側の方が被害が大きいという原則」が正しいとは認められない。)から,その判断は十分尊重されるべきである。 さらに,甲事件原告らは,夙川第3コーポラスとの比較において本件
見積書の不当性を縷々主張するが,上記マンションの補修レベルがどの程度のものであったのかは不明であり,本件マンションと異なりアスベスト除去工事も行われていないことなどからも,補修費用の数値を単純に比較することは無意味というべきである。 結局,本件マンションの効用を維持し,又は回復するための費用は約2億7800万円に過ぎないとの甲事件原告らの主張は採用できない。
(オ) そうすると,本件見積書による補修工事費用6億8418万円が,本件マンションの効用を維持し,又は回復するための費用と認められる。 これを前提として本件マンションの被災建物価額を算定すると,復旧費用が被災前建物価格(5億0986万円)(前記1(4)オ)を遙かに超えているため,震災修正率を乗ずるまでもなく,本件マンションの被災建物価格は零となる(乙11)。
(カ) 以上によれば,本件マンションは,建物の価額その他の事情に照らし,建物の効用を維持し,又は回復するのに過分の費用を要するに至ったというべきである。
イ 錯誤について
甲事件原告らは,本件決議における表決に要素の錯誤があったから,決議も無効である旨主張するが,具体的に誰が錯誤に陥っていたのかについては全く主張立証がないから,無効とすべき表決の数は判然とせず,本件決議が無効となるか否かも不明である。その点はさておくとしても,要素の錯誤による意思表示の無効を表意者自身が主張する意思のない場合は,原則として第三者がこの意思表示の
無効を主張することはできないところ,甲事件原告らは,本件決議において賛成の表決をした者ら自身が錯誤無効を主張する意思がないにもかかわらず,同人らの意思表示の無効を主張しているものであるから,結局,甲事件原告らの主張は,表決に要素の錯誤があったか否かについて判断するまでもなく,それ自体失当である。
ウ 再建建物の区分所有権の帰属に関する衡平性について
甲事件原告らは,本件決議の内容である再建建物の区分所有権の帰属に関し,今よりも最も広い部屋と最も狭い部屋の差が拡大するものであり,実質的な衡平性を欠く旨主張する。しかしながら,一般的に,建替えが行われる場合,新旧の建物の各専有部分の床面積割合は同一でないのが普通であるから,従前に比べて専有部分の面積の差が拡大したからといって,直ちに衡平性に欠けるとはいえない。また,法62条3項の趣旨は,衡平を確保することによって,建替えに参加することを欲する者に参加の機会を確保しようとすることにあるところ,区分所有者間には現に資金格差が存在する以上,従前建物より小さな専有部分を取得する選択肢を設けることにより,資金的に余裕のない者にも建替えに参加する機会が確保されるのであるから,本件決議の内容が実質的な衡平性を欠くものとは到底解されない。甲事件原告らの主張は採用できない。
(2) 争点2(法63条4項に基づく売渡請求権を行使した場合の区分所有権及び敷地利用権の時価)について
ア 法63条4項における時価とは,現存建物について建替え決議がなされていることを前提として,売渡請求権を行使した当時における区分所有権と敷地利用権とを一体として評価した客観的取引価格を指すものと解されるところ,その評価は,建替えが完成した場合における再建建物及び敷地利用権の価額とそれに要する経費との差額として算定することができるが,その額はまた,経済的にみれば,
再建建物の敷地とすることを予定した土地の更地価格と現存建物の取壊しに要する費用との差額に合致すると考えられる。したがって,法63条4項における時価は,再建建物の敷地とすることを予定した土地の更地価格から現存建物の取壊しに要する費用を控除した額により算定すべきである。
イ これに対し,甲事件原告らは,法63条4項には「区分所有権及び敷地利用権を時価で」と定められているにもかかわらず,敷地利用権のみしか評価せず,かつ,現存建物の取壊し費用を差し引くのは,明らかに明文規定に反するとして,法63条4項における時価とは,区分所有権の価格と敷地利用権の価格との合計額である旨主張する。 しかしながら,建替え決議により建て替えられることを前提とする以上,区分所有建物の経済的価値は失われているか著しく低下しており,建物の維持,存続がかえって敷地の有効利用を阻害しているのが通常であって,このような場合,区分所有権と敷地利用権とを一体として評価した上,建物自体の対価を零と評価するのはやむを得ないというべきであり(「区分所有権及び敷地利用権」のうち「区分所有権」を無視して「敷地利用権」のみを考慮に入れているとの批判は当たらない。),建替えに要する経費として建物の取壊し費用を控除するのも当然である。甲事件原告らが本件において具体的に主張する「時価」は,本件マンションの時価と敷地の更地価格の合計額に基づいて算定したものであるが,これでは敷地利用権の価額が敷地の更地価格に等しいものとなってしまい,不合理である。結局,甲事件原告らの主張は採用できない。
ウ 乙事件原告は,甲事件原告らの各区分所有権及び敷地利用権の時価を,以下のとおりの手法で算定している。
(ア) 社団法人日本不動産研究所が評価した本件マンションの敷地全体の平成9年11月1日時点の更地価格は7億5300万円であり(丙3),これを同土地の登記簿上の面積である3073・51平方メートルで除して得た1平方メートル当たりの単価は24万4996円である。
(イ) 株式会社谷澤総合鑑定所が評価した同時点の更地価格は8億1448万円であり(丙4),1平方メートル当たりの単価は26万4999円である。
(ウ) 前記2社の各鑑定評価の平均値をとると,1平方メートル当たりの単価は25万4997円となる。
(エ) 本件マンションの取壊しに要する費用は2億0900万円(消費税を含む。)であると予定されている(乙事件原告が長谷工コミュニティと交渉を行った結果,合意した。)ところ,同費用のうち5分の4相当額については「優良建築物等整備事業制度」による公的補助の対象となることが見込まれていたため,自己負担分建替え参加の区分所有者の自己負担分である4180万円をもって控除額
とする。
(オ) 以上を前提に,甲事件原告らの敷地権割合(いずれも10000分の73)に応じた「時価」は,いずれも541万6131円((254,997×3073.51-41,800,000)×73÷10000≒5,416,131)となる。
エ 前記各鑑定評価額については甲事件原告らも争っておらず,鑑定内容に不適切なところも見当たらないから,その評価額は相当なものということができ,控除すべき取壊し費用(自己負担分)についても特に問題はない。したがって,甲事件原告らの各区分所有権及び敷地利用権の時価は,いずれも乙事件原告主張のとおりの金額であると認められる。
第4 結論
以上によれば,甲事件原告らの甲事件被告に対する請求は,いずれも理由がなく,乙事件原告の甲事件原告らに対する請求は,いずれも理由がある。なお,乙事件原告の甲事件原告Bに対する建物専有部分明渡請求に関する仮執行宣言については,相当でないのでこれを付さないこととする。
神戸地方裁判所伊丹支部
裁判官 木 太 伸 広
私見:私も再建か補修か敷地売却かで紛糾したマンションの顧問を1年間務めたがそれぞれの立場にも正当性があり、難しい判断を迫られる場面が幾度もあった。最終的に自治体からの解体費助成が敷地売却派に有利に働きその方向で決着がついた。本件マンションでは、建て替え派と補修派の争いであるが争点1の中で錯誤に陥った区分所有者が主張すべきを甲事件の原告が主張しているのは確かに当事者として適格でないといったところか。全体像を理解するには難しいといえる。